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第十四話 好きでもない女と結婚しようと思うのですか?

 あくる週、本当にジーベルン子爵が私を訪ねてやってきました。使用人たちに大量の本を持たせて、店に運び入れさせます。


「あー……エミー、先日はすまなかった。謝罪する」


 本を背に、ジーベルン子爵は頭をかきながらそう言いました。その顔はどこかしょんぼりしていて、前に会ったときのふてぶてしさが鳴りを潜めて気弱げです。


 私は許す許さないということが言える立場ではありません。ジーベルン子爵へ当たり障りのないことを言うしかないのです。


「気にしておりません、と言えば嘘になりますけど、閣下がお気になさるほどのことではありませんわ」

「いや、そういうわけにはいかない。お前はワグノリス王国の出身だから知らないだろうが」

「その話はバルクォーツ女侯爵から聞きました。あなたが求婚してくるであろうことも、聞かされています」


 私は先手を打ちました。長々同じことを話していても、私が疲れるだけです。


 ジーベルン子爵は「そ、そうか」と納得して、あからさまに照れながら話を切り出します。


「なら、話は早い。従兄弟殿の手回しのよさに甘えて、単刀直入に言おう。エミー・ウィズダム、俺はお前に結婚を申し込む。受けてくれるだろうか」


 その言葉の図々しさとは裏腹に、だんだん声が小さくなっていきます。前に会ったとき、ジーベルン子爵はもっと俺様な明るい性格かと思っていましたが、それは興味のある分野でだけ発揮されるもので、いつもはこんな感じで奥手な方なんだろうな、と窺えます。


 私は——ちょっと、意地悪な質問をすることにしました。


「好きでもない女と結婚しようと思うのですか?」


 それを聞いたジーベルン子爵は、必死になって首を横に振りました。


「エミー、それは違う。俺はお前のことが嫌いじゃない。もっとお前のことが知りたい、もっとたくさん話がしたい。俺がそう思う人間は滅多にいないんだ、それにお前だって俺のことを知らずにそう言っているだろう?」


 確かに、それはもっともな話です。私はジーベルン子爵についてそれほど知っているわけではありません、私の中のジーベルン子爵像は、ステレオタイプな貴族らしさやバルクォーツ女侯爵から聞いた話がほとんどです。


 私はこの方のことを、何も知らないも同然です。ワグノリス王国の文学が好きな青年貴族、少しだけ変わっている、そんなことしか知らないのです。


 それなのに、私のことを嫌っているとレッテルを貼るのは、おかしいと言えばおかしいでしょう。


 でも。


「お座りください。話をしましょう、少しずつでも」

「ああ、そうだな。とりあえず、求婚については頭の片隅にでも置いておいてくれ」

「分かりました。じゃあ閣下は」

「アレクシスでいい。親しい人間はアレクと呼ぶ、それでかまわない」


 ならば、と私はジーベルン子爵のことをアレクと呼ぶことにしました。


 アレクに、私は真っ先に聞かなければならないことを、本当は全然聞きたくなんてなかったけど、問いかけます。


「アレク様は、私のことが醜いと思われないのですか?」


 顔に大きなあざのある娘を醜いと思わないのか。


 その問いの答えは、あっさりと返されました。


「醜いとは思わない。確かに驚いたが、別にそれだけで……お前はとても整った顔立ちをしているし、すぐに気にならなくなった。俺は……今までの人生で、女を比べて品定めするようなことをしてこなかったからよく分からないが、お前はお前で可愛らしい、と思う」


 何とも不器用な、率直な意見です。気難しい性分の彼にしては頑張った、そう思います。


 一方の私は、初めて投げかけられた言葉に動揺していました。


「と、整った顔、なんて初めて言われました。嘘を言わないでください、私の顔のどこがそう見えるのですか」

「いや、もう一度言うが、あざは初めこそ驚くがそれだけだし、じっとお前の顔を見ていたらそう思ったんだ。今まで誰も気付かなかったんだな」


 私はしどろもどろで、もはやアレクの顔を見ていられません。たとえそれがお世辞だったとしても、そんなことを——顔を褒められるなんて、あの事故以来一度もなかった。妹をかばって顔に傷を負って、大きなあざを残してから、誰も私の顔について触れなくなったのです。


 自分でさえも、まじまじと鏡で顔を眺めることなんてありませんでした。年々育つにつれあざは少しずつ大きくなっていって、それが嫌で直視しないように癖づいていたのです。見てくれもそうですが、周囲の反応から、私のあざのある顔はあまりにも醜いのだとずっと思っていました。


 その私の顔を、アレクはじっと見て、それどころかあざを無視して私の顔のつくりを見抜きました。本当にあざのことは気にしていないのか、ヒューバートだって最初はそう言っていた、と疑いましたが、この方の性格だと無駄な嘘は吐きそうにありません。あざのことを気にしていたら、たとえ私が傷ついてもちゃんとそう言いそうです。


 アレクは慣れてきたのか、ちょっと気の大きなことを口にします。


「こう言っては何だが、それでよかった。お前のよさに気付かれていれば、お前は他の男に取られてここにいなかったかもしれない」


 頬を赤く染めて、ちょっと俯きながら、アレクはそう言いました。


 私だってそうです。そんなことを生まれて初めて言われて、照れないわけがありません。二人揃って、目を合わせられないくらい恥ずかしくなって、少しの間沈黙します。


 椅子に座った私たちは、お互い何となく気まずい雰囲気をどうにかしようとして、アレクのほうが先に動きました。


「エミー、もっと話してくれ。俺はお前のことが知りたいんだ、何でもいいから聞きたい。大丈夫、ここで話したことは秘密にするから」


 私はその言葉を信じたわけではありません。

 ですが、結婚を考えるなら話しておかなければフェアではない、そう思って話しはじめました。

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