第十話 ジーベルン子爵アレクシス
一週間後、私は古都エンリシュにいました。
古都というだけあって、町中は古い建物ばかりです。石造りの尖塔があちこちにあって、空中回廊と橋桁で埋め尽くされています。基本的に広場や市場は建物の中にあって、涼しく日差しを避ける工夫がなされているようです。
私は手紙と、ラッセル・ブロードの本三冊に翻訳ノートの写しを持って、聞いていた住所に向かいます。あちこち回廊をぐるぐる巡って、ようやく辿り着いた高級住宅街の一角の屋敷に入ります。門扉をノックすると、話が通っていたらしくすぐに招き入れられました。
あっさりと屋敷の使用人に案内され、私は階段を昇って三階の部屋に通されます。なぜ応接間のありそうな一階ではないのだろう、と私は不思議に思っていましたが、その謎はすぐに解けます。
三階の部屋の扉を開けると——その中には、上は見上げなければならないほどずっと先まで、下は一階どころか地下まで繋がる吹き抜けの螺旋大回廊があったのです。その壁にはずらりと、本が詰まっています。
「すごい……まるで図書館みたい」
思わず感嘆してしまうほど、広いのです。私が呆然としていると、声がかけられました。
「お前がカタリナの寄越した使いの者か」
そう言ってやってきたのは、黒髪の青年です。私より年上で、あのバルクォーツ女侯爵の従兄弟なのだとはっきり分かるほど、凛々しい顔立ちをしています。貴族というより図書館の職員、という服装ですが、その胸に光る貴族の証であるいくつかの勲章を見れば、その身分は一目瞭然です。
間違いありません。この方がジーベルン子爵、アレクシス・ジーベルンでしょう。
「挨拶が遅れました。お初にお目にかかります、ジーベルン閣下。私、エミー・ウィズダムと申します。バルクォーツ女侯爵閣下の使いとしてまいりました」
「ああ、聞いている。用件は?」
「まずはこのお手紙を」
私はバルクォーツ女侯爵から預かった手紙を差し出します。面白くなさそうにジーベルン子爵は受け取り、こう言いました。
「返事は読んだあとで渡す。他には?」
「はい、この本を土産に、と。それから、こちら私が翻訳した部分の写しです」
ジーベルン子爵の片方の眉が上がりました。どうやら、興味を引かれたようです。
私はラッセル・ブロードの短編集三冊と、翻訳ノートの写しをジーベルン子爵へ渡しました。ジーベルン子爵は「おお」と声を漏らし、すぐに短編集の一冊を開きます。
「これは、読んだことのないやつだ。奥付を見るに最近発行の本なのだな、よく手に入ったものだ」
「はい、私の伝手でワグノリス王国から手に入れました。まだ翻訳本は出ていませんので、私が勝手ながら翻訳し……途中までですが、写しを」
「うむ、準備がいいな! 何だ、こんなに素晴らしい土産をもらって、もてなさないわけにはいくまい! おい、誰かいるか! 急いで茶を!」
ジーベルン子爵はうきうきした足取りで、廊下にいる使用人へ指示を出していました。現金な人です。