第一話 醜いあざ
ある日、私の婚約者でありテイト公爵家の跡継ぎ息子であるヒューバートは、私へこう言いました。
「お前よりライラのほうがいいな。よし、そうしよう。アンカーソン家と婚約できればそれでいいだろうし、お前との婚約は破棄する」
目の前でそんなことを言われた日には、理解できませんよね。
しかもここは、王立寄宿学校の食堂です。周囲にいた貴族の子弟たちが、それを聞いて耳を疑うかのような顔をしてこちらを見ています。下手にヒューバートが王立寄宿学校でも有数の美形で、女子から圧倒的な人気を誇るせいもあるでしょう。
「聞こえなかったか? もうお前はいいよ、メリッサ。ライラを連れてこい、今すぐに」
「あの、ヒューバート? いきなり何?」
「前から我慢してたんだ。でももう限界だ、今すぐ俺の前から消えてくれ」
「ちょっと待って。何が限界なの? 私、何か悪いことをした?」
ヒューバートの言うように、確かに私とヒューバートの婚約は家同士で決めたことです。財産の関係で我がアンカーソン伯爵家と婚姻を結び、テイト公爵家後継者とアンカーソン伯爵家の財産が分与される人間が一緒になりさえすればいい、というものなのですが——。
私の問いに、ヒューバートは吐き捨てるように答えました。
「お前、自分の顔の醜さも分からないのか? こっちは見るたびにげんなりしてたんだ、お前のその顔のあざがどれだけ人を不快にさせるか。人の気も知らないで、お前は勝手に楽しそうにしてたけどな!」
どくん、と私の心臓が強く脈打ちます。
こんなに大勢の人がいる前で、それを言われるとは思ってもみませんでした。
私の顔には、大きなあざがあります。額から右目を通って頬にかけるほど、初めて会う人は全員が全員そのあざに目を奪われるような、まるで戦場で敵に斬りつけられたかと思えるようなものです。
それは私が子供のころ、馬車に轢かれそうになった妹のライラをかばってついた傷が残ってしまったものです。あざはいくら化粧をしても隠せないほど色濃く、大きいせいで私は引っ込み思案になり、嫁の貰い手もないとさえ父母にあからさまに嘆かれて、それで財産のための道具としてアンカーソン伯爵家の娘なら誰でもいいテイト公爵家へ行く話が決まった——それが、誰でもよくはなかった。
「ライラならそんな醜い傷はないし、お前よりずっと可愛らしい。いくら財産目当ての結婚だからって、好きでもない女と一緒になれるか」
ヒューバートは冷たく言い放ちます。
「失せろ。その顔が治ってから出直してこい」
ヒューバートに、犬でもあしらうかのように手で払われます。
騒然としてた周囲も、やがてくすくす笑いが聞こえるようになりました。
「やっぱり。誰も結婚したくないわよね」
「ヒューバート様もかわいそうだったもの、あんな顔となんて」
「妹のライラはもっと可愛いものね」
声はどんどん大きくなります。
私は耐えきれず、食堂から精一杯の早足で逃げていきました。