助けなくていいよ、勇者様
唐突にはじまって唐突に終わる。
ノリと勢いで書いたため、展開が急です。
誤字・脱字、設定のミスにはご了承下さい。
魔王の凶刃が、私に向かってくる。
「ソフィア‼︎」
勇者様の、声がする。
やっと、贖える日が来たんだと、そう思った。
* * * * *
「ありがとうございます、勇者様!」
「助けてくれて、ありがとう!」
たくさんの人が、一人の青年を囲んで溢れんばかりの感謝を表している。
その青年もまた、一人一人に向き合って話す。
それは、とても理想的な風景だ。
どこまでも、造り物めいてる程に。
輪の中の一人の子供が、私の方へやって来る。
「聖女様も!ほら、こっちに来て!」
私もまた、引っ張られるままに勇者様の方へ行く。
「聖女様も、本当にありがとうございました」
「貴女様がいなければ、今頃どうなっていたのか…」
それに気づいた人々が、私にも感謝を口にする。
「そんな…。私の力など微々たるものです。すべては、仲間たちがいたおかげですから」
そう言う私に、勇者様がカラカラと笑う。
「ソフィアは謙遜しすぎだよ。ソフィアがいなければ、出来なかったことだってたくさんある。感謝くらい、素直に受け取っておけばいい」
「そうなのです。ソフィアはもっと自分に自信を持つべきです。私くらい」
「いや、お前は持ちすぎなんだよ。もっと自重しろ」
輪に近づいてきた、魔法使いと斧使いも口々に言う。
「み、皆様がそこまで言うのなら…」
笑顔が広がる。
数えきれないほどの、私の嘘と罪も知らずに。
ねぇ、違うの。
私は誰かに感謝されていいような人間じゃない。
ずっとずっと、許されない罪を重ねてる。
今までも、今この瞬間も、これからも。
この世界には、魔王という人類に仇なすものがおり、それの対になるように、圧倒的な力を持つ勇者と言われる者がいる。
魔王という大災害が現れると、それに伴い勇者が現れ、魔王を倒す。
そうして、世界は回ってきた。
これは、世に伝わっている有名な話。
でも、事実とは基本絵物語とは、かけ離れているものだ。
勇者に関しても、例外ではない。
もちろん、魔王と勇者のシステムは、絶対だ。
しかし、勇者が人類の希望となり、魔王を倒すというのは、絶対的な法則ではない。
勇者も、勇者が救おうとしているのも、人だ。
人が過ちを犯さないはずがない。
ある時は、人を救いたいと願わない勇者が、魔王の蹂躙を見て見ぬふりをした。
ある時は、人々が勇者を裏切り、怒りと憎しみに駆られた勇者が、人類に刃を向けた。
人類は、あまりにも勇者という不確定のものに寄りかかるすぎている。
このままでは、いつ人類が滅びてしまうかわからない。
だから、人々は考えた。
どうしたら、勇者は自分たちを救ってくれるのか。
どうしたら、自分たちの安全が保証されるのか。
ならば―――
その不確定を、絶対にしてしまえばいい。
勇者が、絶対に裏切らないように。
勇者が、絶対に魔王を倒すように。
勇者が、絶対に人類を救うように。
勇者であるとわかった瞬間から、その身も心も魂も、すべてを縛って。
そして、その役目を聖女という名のものに与えた。
常日頃から、勇者に人類を救うよう魔法をかけて、裏切らないよう、監視するために。
私が聖女に選ばれたのも、何も治癒魔法や聖魔法が出来たからではない。
それなら、私より優れている人なんて、山ほどいる。
ただ、私が封印魔法や精神干渉系を得意としていただけだからだ。
聖女は、決して綺麗な存在ではない。
魔王など笑えないほどに汚れ、人々の咎を背負い続けている。
「勇者様、今大丈夫ですか」
魔法使いと斧使いが寝静まったあとを見計らって、勇者様に声をかける。
「うん、大丈夫だよ。いつでもどうぞ、ソフィア」
勇者様は、笑ってる。
ちゃんと、私のことを大切な仲間として扱ってくれる。
憎むことも、怒ることも、何もかもを許されてないから。
でも、本当は何を思っているんだろう。
誰かの盾となるのは、怖いだろうな。
誰かの痛みを代わりに受けるのは、苦しいだろうな。
勇者だからと、すべてを救えと言われるのは、つらいだろうな。
きっと、私のこと、殺したいくらい憎いだろうな。
でも、今日も無視して勇者様を縛る。
それが自分の役目だから、なんて言い訳をして。
名だたる精神魔法の使い手たちが作り上げたこの鎖に、綻びがないか、一つ一つ確かめる。
「…もう大丈夫です。ありがとうございました」
「うん。ソフィアも、おやすみ」
謝ることができたなら、どんなによかっただろうか。
きっと、勇者様は笑って許しの言葉を言うだろう。
だって、そう振る舞うことしかできないから。
私が、そうさせているから。
ぎゅっと、目を瞑る。
暗い微睡みは、私の罪を少しだけ隠してくれているようで、心地よい。
そうしてまた、きっと明日も私は罪を重ねるのだろう。
* * * * *
ずっと前から、決めていたことがある。
私が勇者様にしていることは、紛れもなく悪だ。
しかし、そうしなければ助けられなかったかもしれないものもある。
私は、それを否定することができない。
それらは私のものじゃなくて、私が勝手に捨てていいと言っていいものじゃないから。
―――でも、一つだけ、この身だけは、私が自由にしていいものだ。
だから、決めていた。
もしも、もしもこの身に何かがあったなら。
私に、私だけのために勇者様が手を伸ばしたなら。
こうしようと。
「ソフィア‼︎」
魔王の刃が届かんとする私に、勇者様が、手を伸ばす。
ああ、遂にこのときが来たんだ。
心のどこかで、ずっと待ち望んでいたときが。
ねえ、勇者様。
私がこんなこと望むのは、筋違いだけど。
それでもね、貴方には、笑ってほしかったんだ。
ううん、笑うだけじゃなくてもいい。
時には怒って、悲しんで、憎んで。
全部、貴方のままでいてほしかった。
誰のためでもなく、貴方のためだけに生きてほしかった。
だから―――
伸びてきた手を振り払う。
勇者様の、驚いた顔が視界の端に映った。
それがなんだか可笑しくて、少しだけ笑ってしまう。
そして、ありったけの力を集める。
私は聖女だけど、基本的に聖魔法は使わない。
なぜなら、聖魔法は勇者を縛る魔法を解いてしまうから。
でも、今だけは―――
「助けなくていいよ、勇者様」
どうか、貴方が心の底から救いたいと、そう思ったものだけを救えますように。
ぱちん、と鎖が切れる音がした。
ここからは作者ではなく読者目線ですが。
このあと勇者様が聖女様の本当の優しさに触れて、後悔する悲恋的展開もよし。
あるいは聖女様が奇跡的に助かるご都合的なハッピーエンドでもいいな。
物語的には前者ですが、キャラの幸せを願う身としては、後者が良いです。