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蛇足

作者: 夏目 柚子

 三人の男が川の岸辺で休憩をしている。一人は川の水を汲んでいて、もう一人は砂利の上に乾いた薪をセットして火を起こそうとしている。あとの一人は森へ入っていって薪となる乾いた枝を探しに行った。森へ入った一人は危険な生き物と遭遇した時のために、山刀を持って行った。


「よお、おめぇの息子さんのほうはどうだね? あんな器量よしの娘っこをもらってよぉ、おめでたいことじゃねえか」


 火打ち石をカン、カンと打ち鳴らしながら男は仲間に尋ねた。しかし返事がない。男が振り向いてみると、後ろに男の姿はなかった。


 トイレにでも行ったのかと思ったが、用なら川に足せばいい。今更、恥ずかしがって下を隠すような仲でもない。それに思えば、歩き去っていく足音もしなかったようだ。だがそれは火を起こすのに夢中になっていて聞いていなかっただけかもしれない。それでも何か嫌な予感がした。


「おうい、どこにいる?」


 男は呼びかけた。


「おうい、どこにいるんだよぅ?」


 男はさらに大きな声で呼びかけた。




 仲間の呼びかけが聞こえて、森に入っていた男は急いで森から川の岸辺へと戻ってきた。ところが仲間のいるところに戻ってみても誰もいない。戻る場所を間違えたわけではない。まだ火を起こしていない薪が積み上げられているし、岸辺には倒れた水筒が二つ落ちている。してみると、二人はどこかに行ってしまったわけだ。


 二人して仕事をすっぽかしてどこかへ行ったのだろうか? 先ほど、仲間が「おうい、どこにいるんだよぅ?」と呼ぶ声が聞こえた。もしかしたら、何かよくないものが現れたのかもしれない。危険を知らせるために男を呼んだものの、現れた何かに追い立てられて二人はどこかへ逃げて行ったのかもしれない。


 男はあたりを見回した。すると、川に流されていく水筒を見つけた。もしかしたら誰かひとり、川に流されたのかもしれない。男は川に近寄っていった。


 川の水面によく目を凝らすと、一か所から泡がプク、プクと断続的に出ている。何かあるのだ。水が濁っていて、中はよく見通せない。だが泡が出ているということは誰かが溺れていて、しかしまだ息があるということかもしれない。


 男はなんのためらいもなく水の中へ入り込んだ。男は水へ引っ張り込まれるようにもぐりこみ、激しい水しぶきを上げた。それっきり、水面には何もあがってこなかった。





 パウロは父の家の居間で父と向かい合って座っていた。父は押し黙ったまま、手を膝の上で組んでうつむいている。思えばパウロはここ一年近く、父と会話を交わしてはいなかった。それというのもパウロは今やこの家に住んでいないのだ。それに加えて父もパウロも口数の少ないほうであることも関係している。


 早くハンターが来てくれればいいのに、と思う。今回彼がこの家に来たのはハンターに自分の見聞きしたことを話すためであり、それさえ終われば少なくともこの家からは出られる。この気づまりな雰囲気の家の中に身を置くことは、できることなら一秒だってさけたかった。


 家のドアをノックする音がした。父が腰をあげ、玄関を開けに行った。パウロもそれについていった。


「よくぞ参られましたな」


 来客は背中に剣をかついでいる。やはりハンターだ。だがパウロの予想していたハンター像と目の前にいる人物のそれはだいぶかけ離れていた。まずハンターは女性であった。さらにいえば、その女性は女性というよりは十七、八の娘と言って差し支えないほどに若く見える。


 もう一つ目を引いたのは、ハンターの頭にこぶのように小さく生えた二本の角である。それは鬼人族の証。鬼人族と言えば、通常の人をはるかに上回る膂力を持ち、クマを投げ飛ばすことも容易だとか。なるほど、道理で若くしてハンターになれたわけである。


「長い旅路で疲れましたでしょう。どうぞこちらへ。ただいまお茶と菓子をお出しします」

「ありがとうございます」


 ハンターと父とパウロは居間へと戻った。父は母に「お客様にお茶と菓子をお出ししてくれ」と言った。


 ハンターが入口に近いほうの椅子に腰かけ、父とパウロはその反対側の椅子に隣り合って座った。パウロはその時、父の表情を横目でちらと盗み見た。父はうまく隠しているつもりなのかもしれないが、その顔には今来た娘ハンターへの不信がありありと浮かんでいた。


「では今回のご依頼のことでお話を聞かせてもらえますか?」

「ええ、つい先日のことですが森へ出かけていた三人の男が行方不明になりましてね。三日前の昼に出かけたのですが、深夜になっても帰ってこなかったので翌日、村の若いの十人ほどに捜索させたのです。今隣に座っているせがれもその一人だったのですが。ですがその捜索の最中にも二人が命を落としまして。ですがその代わり、相手の正体を突き止めることだけはできまして」

「その正体とはなんなんですか?」

「蛇です。なんでもとてもでかいやつだとか。そいつを発見したときのことはせがれが知っておりますので話させます。パウロ」


 パウロは父の呼びかけにうなずいた。


「ぼくたちは二日前に森へ入りました。二、三人でグループになって森を手分けして捜索しました。ぼくのいたグループは森の一番西を捜していました。ぼくらは入ったところからまっすぐ進んで、それから折り返しました。その直後くらいに東のすぐそばから悲鳴が聞こえてきました。それでぼくらのグループは急いで東に向かいました」


 パウロはそのあとに見たものを思い出して怖気を感じた。あれほど非現実的で、恐ろしいものにはこれまで会ったことがなかった。


「ぼくが見たのは、頭の大きさが牛の体くらいあって体が丸太みたいに太い巨大な蛇でした。そいつの口から人の足がはみ出していました。それはサミュエルズでした。サミュエルズは膝のあたりまで飲み込まれていましたが、ぼくらが来てまもなく全身が飲み込まれてしまいました。ぼくは持ってきていた山刀を抜きました。そのときならまだ、蛇を殺して腹を切り裂いてトムを助け出せると思っていましたから。ほかの人も山刀を抜いていたから、たぶん同じ気持ちだったと思います」


 そこでぼくは一旦話を中断した。


「おい、話を続けないか。こんな大事な話をしているときに黙り込むやつがあるか」


 パウロの父は言った。


「いいんです。あの、無理に話さなくても。あとで具合がよくなってからでも」

「いや、大丈夫です。ぼくはやつがものすごい勢いで噛みついてくるものと思っていました。もしぼくがかまれたら相打ちになってでも頭を串刺しにするつもりだったし、仲間がかまれたら喉を切り裂くつもりでした。

 ところがやつはぼくらに噛みついてはきませんでした。代わりに毒を吐きました。そう多くはなかったので、全員が浴びることはありませんでした。しかしフィンは毒を全身にもろに浴びてしまいました。毒を浴びたフィンは悲鳴を上げて、痛い痛いと叫んでました。あとでフィンの体を調べてわかったのですが、あの毒には体を壊死させる効果があるんです。それからフィンはけいれんを起こしました。それでフィンは助けだす間もなくその場で死にました。全身に浴びれば致命傷ですが、少しかかっただけでも大変なことになります」


 パウロは左腕の袖をまくった。左腕には包帯がまかれていた。パウロは包帯を解いた。腕の真ん中あたりにある毒に侵されどす黒く変色した部位があらわになった。


「ひどい……」


「壊死しているからなのかそれほどひどい傷ではないからなのか知りませんが、今はもうあまり痛みません。壊死してないといいんですが」


 パウロは左腕を下した。


「蛇は毒液を吐いた後、すぐに逃げ出しました。その場で殺せればよかったのですが、あのまま戦いになっていたらもっと死んでいたかもしれませんし、あれでよかったのかもしれません。それでも二人が死んだのは悲しい出来事でした」


 少女は黙り込んでしまった。話の凄惨さに圧倒されてしまったのだ。


「ぼくから話せることは以上です」


 父がぼくの話を引き継いで話はじめた。


「あなたのそばにせがれをつけさせます。どうか使ってやってください。わからないことがあればわたしかせがれに尋ねてください。狩猟には多少時間がかかっても構いません。用意してほしいものがあればわたしに言ってくれれば、できるものは用意しましょう。これで、よろしいでしょうか?」

「はい」

「では、よろしくお願いします」

「はい。早速ですけど、森に案内してもらえますか?」


 パウロは立ち上がると、案内しますと言って家を出た。ハンターはそれについていった。


「そういえば、名前聞いてませんでしたね」


 パウロは言った。


「あ、名前言うの忘れてました。リザって言います」

「リザさんですね、ぼくはパウロって言います。で、父はポールです」

「パウロさんですね、よろしくおねがいします」

「よろしくお願いします」


 パウロたちは森についた。


「ここが森の入口になります。森の中は特に道などもなく、話に出た蛇だけでなくクマとかそういうものも出るので気を付けてください」

「はい。じゃあ行きましょうか」


 リザは先に立って森の中へ入っていった。パウロも後ろからついていった。リザは迷うことなくずんずんと前へ進んでいった。その間、特に何かに出会うこともなく川のある岸辺に出た。


「ここで森が終わるんですね」

「そうですね」

「蛇はどこに現れたんでしたっけ?」

「蛇は、もう少し西に行ったところで見た気がします」

「具体的な場所とかは?」

「それはわかりません。森の中はどこもかしこも木ばっかりで全部似たような風景にしか見えません。方位磁針を頼りに森を抜けることはできても、森の特定の場所に行くのは無理です」

「そうですか……」


 パウロは少しためらうようなそぶりを見せてから切り出した。


「ところで、どうやってあの蛇を探すつもりなんですか?」

「はぇ?」

「いや、森はだいぶ広いので一人であの蛇を探し出すのはかなり大変だと思ったので。何かおびき寄せる方法とかあるんですか?」

「あぁ、えっと。たしかに、思ったより広い森だったかもですねー……」

「よければ人を呼ぶこともできますよ」

「でも、あんな不幸があったばかりなのに。悪いです」

「でも一人で探すわけにはいかないでしょう? たった二人で森の中をうろうろしても一週間かけても見つかるかどうか」

「じゃあ、おねがいします」

「わかりました。じゃあいったん戻りますか」


 パウロとリザは引き返した。


「あの」

「何? なんですか?」

「どうやってあの蛇を倒すつもりなんですか?」

「え、この剣で首を切り、ます」

「罠とかつかわないんですか?」

「なんですか、わたしの仕事に口を出すつもりですか?」

「いや、そういうつもりはないんですが、何か考えとかあるのかなって」

「考えなんてないですよ。そもそも会ったこともないんだし、何したらいいのかなんてわかりません」

「ってことは何も考えてないんですか?」

「悪いですか? 大体、なんでそんなこと聞いてくるんですか? わたしが全部やるんだからあなたには関係ないでしょ」

「それはそうかもしれないですが、でも計画くらいはちゃんと立てないと」

「じゃあ、あなたが考えればいいじゃないですか!」

「なんでですか!」

「頭いいんでしょ、パウロさんは。ハンターに指図するくらいなんだから。ほら、なんか言ってみなよ、このインテリぶったもやし野郎!」

「なに? ああいや、そんな作戦を全部考えろなんて言われても困ります」

「それならあれはどうするの、これはどうするのなんて失礼な質問しないでください。不愉快です!」

「不愉快ですって、こっちだって心配だったんですよ。いきなり森へ行くって言いだして、そのほかは何も指示してこないから、何を考えてるんだろうと思ったら何も考えてないし。それでよく狩猟ができますね」


 パウロは少し黙りこんでから続けた。


「もしかして、新人ですか、リザさん?」


 リザの顔いろがみるみるうちに赤くなった。


「そんなことあなたには関係ありません!」

「ああ、新人なんだ。そうですよね、ぼくの話聞いてた時なんかも気分悪そうにしてましたもんね。あなたはまだそういうことに慣れてないんだ」

「慣れるなんて、あんなひどい話を聞いて平気でいられるわけないでしょ」

「それは別にいいんです。問題なのはぼくらがハンターズギルドに助けを求めて送られてきたのが、新人一人だけってことです。彼らは一体何を考えているんだ」

「しょうがないじゃないですか。わたしはただ指示通りに来ただけで」

「指示だかなんだか知らないけど、この仕事が危険なことだっていうのはハンターのあなたが一番よくわかってるはずです。それでよく、作戦もなしに突っ込んでいこうと考えられましたね。大方、このままぼくが何も言わなかったら一週間近くも森をうろうろしていた挙句、あの蛇に不意をつかれて二人もろともやつのおなかの中に入っていたことでしょうね」

「なにそれ、わたしのことをバカにしてんの?」

「なんなら本当にハンターかどうかさえ疑わしくなってきましたね。本当はポンコツ村出身のポン娘がハンターを騙っているとしてもおかしくないですね。少なくともあんたの今の立ち振るまいは、ポンコツにしか見えません」

「なめた口ききやがって、ぶん殴ってやろうか?」

「脅し文句だけは一流みたいですね。やってみろよ、ポン娘」

「この」


 リザはこぶしを振り上げた。


「だけど忘れるなよ、こんなことしている間にも蛇がお前のそばに近づいてきてるかもしれないんだぞ。蛇がこの森に潜んでいることを忘れるなよ」


 リザは振り上げていたこぶしをとめた。そしてあたりをキョロキョロと見回した。しかし周りに蛇の姿はなかった。あるのは森の木々と砂利、そして静かに流れ続ける濁った川だけだ。


「森から帰ったら絶対ぶん殴るから」

「それはいいけど」

「いいの? 約束だかんね」

「いやよくないけど、川だよ、川。」

「川?」

「あそこ、変な影みたいなのが見えない?」

「蛇が川にいるわけないでしょ」

「入れるよ、知らないのか。それどころか蛇は水の中を泳げるし水の中に身を潜めていることだってあるんだ。ああそうか知らないよな、本物のハンターじゃないんだもんな」

「わたしはハンターだ!」

「はいはい」

「あそこになんかいるっていうんなら、確かめてみようよ」

「好きにすれば」

「もしいなかったら一発ぶん殴る」

「なんでだよ」

「お前、むかつくから」


 リザは石を一つ拾い上げた。そして三歩その場から下がった。パウロも後ろに下がった。リザは石を川の中に放り投げた。ぼちゃんと音がして石が川の中に消えた。


「何も出てこないじゃん。はい一発ぶん殴るぅー」

「ふざけんな」

「だっていないじゃん」

「殴るうんぬんはそっちが勝手に言ってるだけだろ」


 リザはもう一個石を拾い上げて川に向けて放り投げた。


「ほら、いない」


 激しい水しぶきを飛び散らしながら巨大な蛇の頭が出現した。蛇は人一人丸のみにできるほど大きくを口を開けていた。蛇は大口をばくんと閉じて石を飲み込んだ。それから頭を砂利の上におろした。


 パウロはそれを茫然と見つめていた。あのときの恐怖がパウロの脳裏によみがえってきていた。隣にいるリザもぽかんとしてその巨大蛇を見ていた。


「に、逃げないと」

「逃げる?」

 そこでリザはようやく我に返ったようだった。


「何言ってんの、ここで終わらせるから」


 そういえばそうだった。そもそもリザがここに来たのはこいつを斬り殺すためだ。もしリザが本物のハンターならばだが。あるいは巨大蛇を討伐するには少しばかり実力不足の新人でなければ。


 リザはパウロが気づかないうちにもう剣を抜いている。素人のパウロの目にその構えは堂に入っているように見える。


 リザが上段の構えをとり、剣を振り下ろした。ぶうん! という風切り音が離れていても聞こえてきた。パウロは剣からそんな音がするのを初めて聞いた。


 蛇は頭をわずかに右に動かしてそれをよけた。リザは砂利の上に剣を振り下ろすことになった。剣が地面に突き刺さった。蛇は首をわずかに縮め、ぐっと力をためるようなしぐさをした。そして目にもとまらぬ速さで首を突き出してきた。


 リザは蛇の頭を目でとらえていた。とっさに剣から右手を離し、こぶしを握り締めた。そのこぶしを裏拳の要領で振り回して蛇の頭めがけて打ち込んだ。こぶしは蛇の横面をとらえた。蛇は頭を大きく横にそらし、地面に落ちた。しかしその直後素早い動きで川の中へ消えていった。


「逃がすか」

「やめろ、追うな!」

「指図すんな!」

「追うなって言ってるんだ、勝ち目がない」


 リザは動きをとめた。川の水面にかすかに見える大きな影が川下へと移動していった。リザはそれを見送った。


「あーあ逃がした。あんたのせいだ」

「でも水の中に入っていたら大変なことになってたかもしれない。水は濁ってるから蛇がどこにいるのかわからなくなってどっちみち見失ってた。それに水の中じゃ人間の動きは遅くなるが、あの蛇は水の中でも速く動ける。さっきの動きは見ていたはずだ」

「偉そうに。自分じゃ何もしないくせに」

「それは認めます。ぼくじゃ何もできなかったでしょう」


 リザは意外そうな表情でパウロの顔を見た。


「急にどうしたの?」

「さっきはハンターじゃないだろなんて言ってすみませんでした」


 パウロはその場にひざまずいて土下座した。


「数々の無礼な発言は到底許されるものだとは思ってません。機嫌を損ねて帰ってしまっても当然だと思います。でもそれはぼくの配慮が足りなかったからでこの村の人々に罪はありません。あなたの実力が本物であることは先ほどの立ち回りを見てわかりました。ぼくのことは殴ってもらっても構わないので、どうかあの蛇だけは倒してくれないでしょうか。さっきのことは謝りますから」

「……急に態度変わりすぎて気持ち悪いんだけど」

「普段はあんなこと言わないんです。ただちょっと最近は嫌なことが続いていたし、変なことを言ったりしてしまったのかもしれません」

「へえ。そんなの知らないけど」

「さっきはすいませんでした」

「もういいよ」

「すいませんでした」

「いやだからいいって。ちゃんと謝ってくれたし、もういいからさ」

「ぼくの気持ちが収まりません」

「じゃあ、頭下げて」

「頭?」

「もっと下げるの。砂利の上につくくらいに」

 

 パウロは言う通り、額を砂利につけた。リザはパウロのそばまで歩いていくと、片足を持ち上げた。その足でパウロの頭を軽く踏みつけた。


「はいこれで帳消し。頭踏まれたし髪汚れたし、十分な罰でしょ」

「え?」

「ほら、もう行くよ」

 

 リザは踵を返して森の中へ向かって歩いて行った。


 パウロは頭を上げた。それから自分がリザを案内しなければならないことを思い出し、慌ててリザを追いかけていった。



     〇



 森を出てから、リザはパウロに尋ねた。


「パウロ君ならこのあとどうするの?」

「え?」

「参考までに尋ねるだけ。確かにわたしはハンターだけど、まだ経験は浅いし、でも一人で行くしかなかったからいざってときは地元の人に知恵を借りろとも言われてるし」

「ああ、そういうことなら。それなら羊をおとりに使うのがいいかもしれません」

「羊?」

「牛でもなんでもいいんですが、うちの村には羊が多いので。重要なのは蛇が羊を食べることで、蛇は食事をしたあとしばらくはろくに動くことができなくなります。蛇はエサを丸のみにしてそのあとしばらくは消化のためにおとなしくしているからです。腹の中に羊一頭まるまる入っていれば当然のことです。もちろんそれでも逃げることはできますが」

「食わせて、そのあとはどうするの? さっきみたいに川に逃げられたら追いかけられない」

「大丈夫です。もりにひもをくくりつけて、やつの体に刺し込めばいいんです。そうすればひもを手掛かりにどこまでも追っていけます。もりにはかえしがついているので、蛇を引っ張ることもできますし」

「それで弱ったところをわたしが狩ればいいんだね」

「そうです。もりを命中させるのに何度か練習が必要かもしれませんが、最悪外したところでまた同じことをすればいいだけです」

「でも、すごいね。なんかうちの先輩みたい。そういう作戦立てられるの。わたし、そういうのからっきしだめだからさ」

「友達の狩人に前に似たような狩りの仕方を聞かせてもらったことがあるんですよ。それをアレンジして教えただけです」

「そうなんだ。でもすごく助かる。これなら確実にやれそうだもの」

「そういっていただけてうれしいです。細かいところは村へ行って村長と相談して詰めていきましょう」


 パウロとリザは村長の家に向かった。そしてパウロは父である村長に自分の立てた作戦のことを話した。でかしたいい作戦だ、という反応を予想していたパウロだったが実際の父の反応はまるで違っていた。


「羊、な?」


 父は一言そう言っただけだった。


「どうでしょうか?」

「ちょっと待ってろ。今スタンソンに言ってくる」

 

 父は家を出た。パウロとリザは父の帰宅を期待と不安が混じったような気持ちで待つことになった。


 帰ってきた父は羊飼いのスタンソンを引き連れてきた。


「スタンソン、お前から言ってやれ」

 

 パウロとリザはスタンソンと呼ばれる、大柄な男に目を向けた。


「パウロ、お前そう簡単に羊を一頭殺すなんていうようなことを言ってくれちゃ困るぜ。いいか、羊一頭だけでおれがどれだけ稼ぐことができると思ってる? 羊を一頭蛇に食わせるってことはうちの稼ぎがそれだけ減るってことなんだ。それでもしうちが明日食うものにも困るようになったらどう責任をとるつもりなんだ?」

「それは……」

「大体なんで蛇に羊を食わせなきゃならない」

「蛇に羊を食わせれば動きがにぶくなるからです」

「動きが鈍くなるかどうかなんでわかるんだ? 蛇がエサ食べて元気になるだけかもしれないだろ」

「そんなことはありません」

「口答えをするな!」


 村長が大声で怒鳴った。


「お前ごとき若造が誰に向かって意見している? スタンソンはお前の倍近い年齢を生きているんだぞ。スタンソンのほうがものをよく知っているんだ。腹がふくれれば生き物が元気になるのは常識だ。それをわかっていてみすみす羊を蛇に与えられるわけがないと言っているんだ。大体、羊一頭を育て上げるのがどれだけ大変なのかわかっているのか?」

「それはある程度わかっているつもりです」

「わかっているならこんな愚策は思いつかないはずだ! まったく何を言い出すかと思えば羊を蛇に食わせるなどという愚にもつかないことを言い出しおって」


 村長はリザのほうに向きなおった。


「ハンター殿、なに分息子はまだ村の事情というものをまだ心得ていない部分がございまして、このような愚にもつかないことを申してしまったのです」

「そんなことはないと思いますが」

「いいえ、そうなのです。代わりにと言ってはなんですが、こういうのはどうでしょう? うちのほうで若いのを二十人ほど貸し出します。そして彼らに一斉に森を探らせるのです。そして見つけ次第、手にもったひもつきのもりを投げて刺させます。そしたらあなたはひもを追って蛇を退治してください」

「えっと、わかりました」

「しかし村長、村の人間に蛇を探し出させて、しかももりを投げさせるのは無理があると思います」


 パウロは言った。


「なに?」

「先日だって我々で森を捜索して二人の人が死んだではないですか。今回も同じようなことになるかもしれません」

「前回は相手が蛇だと知らなかったし、毒を吐くとも知らなかったからそうなったんだ。今回はわかっている」

「知っているだけでは足りません。あの蛇はとても敏捷なのです」

「そうだな、とろくさいお前の目には敏捷に見えたのだろう。お前の目では羊でも敏捷に見えて捕まえることができんのだろうな」

「村長」

「お前は村のことをなんもわかっておらん。これが次期村長だとは思えないな。これは養子をとるか何かするのも考えなければならないな」

「そのことならお好きにどうぞ。ぼくは村長などになりたくはないので」

 

 村長はパウロのほうへ歩み寄った。村長はパウロから少し距離を置いて前に立つとこぶしを握り締め、パウロの横面を殴った。パウロはよろめき、床に倒れこんだ。


「やめてください! いくらなんでもあんまりだと思います」


 リザは叫んだ。そして床に倒れたパウロのそばにかがみこんだ。


「落ち着いてください、ハンター殿。これも教育の一環なのです。礼儀というものはこうして叩き込まなければいかんのです。さもないといつまでも態度を改めませんからな」


 村長は言った。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫です、これぐらいなんてことはありません」

「パウロ、次に()()()()と言ったらこれではすまさんからな。礼儀をわきまえろ」

「申し訳ございませんでした、村長」


 パウロは立ち上がって頭を下げて謝罪した。


「いくぞスタンソン。早速もりを準備するんだ。パウロ、お前も手伝うんだ。ハンター殿はこの家にいてもらって構いません」

「いえ、わたしも手伝います」


 リザは言った。


「手伝ってくださると言うのなら、お言葉に甘えさせていただきますかな」


 そして村長は今回の作戦を村の人々に伝えて若い者を集めるためにパウロとスタンソンを伝令にやり、自分はリザと村の広場へ向かったのだった。




     〇



 もりは全部で十本できた。四人一組になって、一組あたり二つのもりを持つことになった。それで森を進みながら蛇を捜し、見つからなければ川に出て、一斉に石を投げて蛇を驚かして見つけ出すことにした。


リザはその一組のうちの一つ、パウロのいる組に入った。パウロたちがいるのは真ん中だった。その組には捜索隊のリーダーであるスタンソンもいた。


 森に入る前、スタンソンは捜索隊に向けて言った。


「村長からのお言葉だ。決して逃げてはならないこと、持ち場を動いてもいけないこと、仲間を見棄てないこと。これらが守られなければ我々の捜索網に穴が生じ、その穴から蛇につけいられるとのことだ。それにグループ間の連携もとりづらくなる。みんなで生きてここから帰るためにも、絶対に順守してほしい」


 全員がうなずいた。


「ではいくぞ」


 スタンソンがはじめに森へ足を踏み入れた。そのあとに続いてリザ、その後ろを守るようにほかの三人が後ろからついていった。パウロたちのグループに続いてほかのグループたちも森の中へと入っていった。


 パウロは森を捜索する中、地面や足元の茂みだけでなく木の上も見ていた。蛇は木の上に登ることもできる。おそらく木の葉を揺らす音すらさせずに動くこともできるだろう。


 森の中では、蛇に対して人はあまりに不利だった。向こうにはあのでかい図体を隠せるだけの場所がいくつもあるうえ、気配を悟られずに動くことができる。それに対してこちらは、がさごそ大きな足音をたてて視界のきかない森の中を様々な物音にさらされながら歩いていく。これでは、目隠しをしながらここにおれたちはいるぞ、と蛇に言っているも同然だとパウロには思えた。


 スタンソンはそこまでわかっているのだろうか? わかっているとパウロは信じたかった。意見を口にしたかったが、生意気だと言われ口論になるのは目に見えている。それではかえって捜索のさまたげになる。だがさっきからスタンソンは足元ばかり見て、木の上はまるで見ていないが。そのことがパウロを不安にさせた。


 だがパウロのそんな心配にさほど意味はなかった。蛇が一番最初に襲ったのはパウロのグループではなかったし、仲間の悲鳴のおかげでパウロたちは危険を察知することができたからだった。


 悲鳴が聞こえてきたとき、パウロは思わずびくりと身を震わせた。自分のすぐ右隣で聞こえたように思えたからだった。しかし振り向いてみて、隣にいるトムも同じように右を見ていることから蛇がそばにいないことを知り、パウロは安堵した。


 悲鳴はパウロの右、つまり東の方角から聞こえてきた。あの悲鳴は彼らのうち、誰かが襲われたことを意味しているのだろうか? もしそうなら誰か死んでしまったのか、それとも驚いて悲鳴をあげただけなのか。彼らは驚きつつも村長の作戦通り、冷静にもりを蛇に刺して撃退することができたのだろうか。


 向こうでは悲鳴やら大声やらがやむことなく聞こえて続けてきていた。一体何がどうなっているのか。もしかしたら蛇に襲われたショックで彼らは冷静さを失ってしまったのだろうか。


「第四グループ、第五グループ、蛇に遭遇したのか?」


 スタンソンは森に響き渡るほどの大声で尋ねた。


「第四グループは遭遇していません! 悲鳴は第五グループのものです!」

「第五グループから応答はあったか?」

「ありません! 先ほどから呼びかけているのですが誰も返事をしないんです!」


 おそらく先ほどから聞こえてきていた大声は第四グループが第五グループに呼びかけていたものなのだろう。だがそれにしても返答がないとは。悲鳴が聞こえてきてからもうだいぶ時間が経っているというのに。


「ハンターとともにそちらへ向かう! おまえたちはそこに待機していろ!」

「わかりました!」


 スタンソンは悲鳴のした方角へと足を進めた。まもなくスタンソンは第四グループの面々を見つけた。


「第五グループからなにかあったか?」

「いいえ、なにも」

「そうか。このまま第五グループのいたほうへ進むぞ。お前たちもついてこい」

「ここにいなくてよいのですか?」


 スタンソンはそう言った第四グループの若い男を見た。


「ここに蛇はいないだろうが」

「そうですが、しかし村長は持ち場を離れるなと」

「村長はすべておれに任せると言ってくれた。おれがここを離れていいと言ったから大丈夫だ」

「そうでしたか、すいませんでした」

「よし、行くぞ」


 スタンソンは歩き始めた。だが第五グループがいるであろう方向はひどく静かだった。さっきから第五グループからはなんの連絡もないという。それに今では悲鳴すら聞こえてこない。パウロにはこれが不吉な出来事を暗示しているように思えてならなかった。


 果たしてその通りだった。パウロたちが見つけたのは、四人の生きた人たちではなく、二人の死んだ人間だった。一人はしぼられた雑巾みたいに体がめちゃくちゃにつぶされ、血まみれになっていた。もう一人は体の前面がどす黒くなった状態であおむけに倒れていた。顔の皮膚がどす黒く変色していた。唇は溶けてなくなっていて、そのせいで白い歯が見えていた。


 後ろで誰かが嘔吐する音が聞こえた。振り向くとトムが地面に顔を向けて大きく口を開いていた。パウロも吐きそうだったがなんとかこらえることができた。


「蛇は、もりは……ひもだ、ひもがどこかに見当たらないか」


 スタンソンは言った。


「ひもがあそこにあります!」


 パウロは言った。


 スタンソンはひもの傍へ近寄り、手で持ち上げると少しずつそれをたぐりよせていった。蛇にちゃんともりが刺さっていればどこかでピンとはるはずだった。しかしまもなく、もりが地面にひきずられながら姿を現した。


「もう一本あるはずだ。それは?」

「もう一本はどこにもありません」

「無いだと?」

「多分、いなくなった二人がもりを持っていたのかと」

「逃げ出したのか?」

「わかりません」

「まあいい、二人がどこにいるかなど今はどうでもいいことだ。今わかってるのは、第五グループが失敗したということだけだ」

「どうするんですか?」

「どうするもこうするも、作戦は失敗だ。戻るしかあるまい」

「死んだ二人は置いていきますか?」

「おいていくしかあるまい。運ぶ余裕などない」

 

 パウロは周りを見渡した。まだ近くに蛇がいる可能性は十分に考えられた。なんならスタンソンたちの音を聞きつけてここへやってきている可能性もある。


 一見して、蛇の姿はどこにも見当たらなかった。ただその一方で別のことにも気が付いた。


「トムは?」


 トムがいなくなっていた。パウロの言葉を聞いた一同が、パウロのほうをいっせいに見る。パウロは上に目を遣った。するとパウロの頭よりも少し高いぐらいのところに人の足がぶらさがっているのが見えた。トムの足だった。トムは足を力なくぶらさげて宙に浮かんでいた。パウロはさらに上を見上げた。トムの体は腰から上が見えなくなっていた。そこから先は蛇の口が丸呑みしていたからだ。


 パウロは、思考はめまぐるしいほどのはやさで進むのに体が一ミリも動かないという、奇妙な状態にしばらく陥った。今目の前に起こっている出来事に対して感じること、考えるべきことが多すぎた。


 蛇はトムの体を吐き出した。蛇の口から放り出されたトムは地面に重い音を立てて転がった。トムの目は開いていたが、何も見ていなかった。トムはすでに絶命していた。蛇の毒牙に長い時間刺されていたせいだった。


 パウロは蛇の目が自分に向いていることを感じ取った。パウロは手に持ったもりを強く握りしめた。パウロは蛇の一番近くにいた。蛇が毒液を吐き出せばパウロはそれを浴びて絶命するだろう。蛇が首を突き出せば、その牙は間違いなくパウロをとらえるはずだった。


 毒液を浴びせかけられたら絶命するしかない、だがもし首を突き出してきたら、大口を開けて迫ってきたら、その時はもりを突き立ててやる。「相討ちだ」とパウロはつぶやいた。


 パウロには逃げることもできたはずだった。しかし逃げなかった。背中をさらして逃げても背後から襲われてやはり死ぬ気がした。それに、まったくおかしなことだが、パウロはこの蛇に自分が打ち勝てるような気がしていた。それは根拠のない考えであったが、そういう強い予感があった。


 一方、パウロの周りではみなが大騒ぎしていた。スタンソンはパウロ、逃げろと叫んでいた。他の者も口々に同じことを叫んでいた。リザは背中から剣を抜いていた。それらのことどもはすべて、パウロの意識に入り込むことはなかった。


 蛇が大口を開け、牙をむきだして襲い掛かってきた。パウロは蛇の口の中に向かってもりを突き出した。蛇の毒牙がパウロの腕を貫いた。しかしもりは突き出す位置が誤っていたせいで、蛇の食道に傷をつけただけで致命傷をつけるには至らなかった。


 リザは剣を蛇の首めがけて振った。鋭い一撃は蛇の骨をも断ち、蛇の首と胴は真っ二つにされた。


 蛇の頭は支えを失い、パウロの腕にすべての重さを乗せた。重力に従って蛇の頭は落下し、突き刺さった牙がパウロの腕の傷をえぐった。パウロは膝を折り、少しでも痛みが和らぐように蛇の頭に合わせて腕を下した。


 リザは腰につけているポーチから茶色い丸薬のような形の解毒剤を取り出した。万が一のために、狩猟の時にはいつも持ち歩いているものだ。リザはパウロのもとへ駆け寄るとそれをパウロの口元に押し付けた。


「これ解毒剤、食べて!」


 パウロは弱弱しく口を開き、リザが口の中に解毒剤を入れた。


「苦いかもしれないけど我慢して飲み込んで」


 確かに解毒剤は苦かった。普通なら吐きそうなレベルである。幸い、パウロは解毒剤を吐き出すことなく飲み込めた。


 仲間たちが蛇のあごとパウロの腕に手をかけ、腕から牙を引き抜いた。パウロの口から悲鳴が出た。


「ちょっと、そっとやってあげて!」

「痛いのは短いほうがいいでしょう、それにパウロも漢だ、痛みは我慢せにゃいかん」


 スタンソンは言った。


「パウロ、大丈夫、パウロ?」


 リザがパウロに声をかけていた。しかしパウロにはその声がひどく小さいものに聞こえた。そしてやがて、何も聞こえなくなった。




 気が付くとパウロはベッドに横たわっていた。そこは自宅のベッド、それも今の自宅ではなく、子供のころ、自分が寝ていたベッドだった。


 パウロの体の横から五人の男が覗き込んでいた。三人は川で死んだという人たち、二人は森での捜索中に亡くなった第五グループの二人だった。


「君は大丈夫だ。そこで寝てていい」


 森で死んだサミュエルズが言った。


「寝て、目が覚めればちゃんと戻れる。我々がそうできるようにするよ」


 パウロはやがて、ベッドの上で再び眠りに落ちた。



     〇



 パウロが目を覚ましたのは、ベッドの上だった。しかし今度のベッドは今の自宅のものではなく、まったく知らないものだった。自分の部屋にあるものよりもはるかに清潔でいいにおいがし、ふかふかだった。


 起き上がろうとして、右腕に激痛が走った。そのことで、パウロは自分が蛇にかまれたことを思い出した。そして自分があの絶望的とも思える致命傷を受けてなお生き残ったのだということに気づいた。


 しばらくしてから、看護婦が来てパウロが目を覚ましていることを知った。それから看護婦は医者を呼びに部屋を出た。再び戻ってきたときには医者とリザが一緒に来ていた。


「かなり危険な状態でした。解毒剤を飲んでいなければ死んでいたでしょう」


 医者はそう言った。


 リザの話によると、パウロは森の中で気を失ったという。スタンソンはパウロはどうせすぐ死ぬから置いていこう、と言ったらしい。リザを含めた他の人たちはその発言に激怒し、パウロを運び出した。


 帰ってきたパウロたちを見た村長がパウロを見て言った言葉は、「蛇は退治できたのか?」だったという。自分の息子が死にかけているのが誰の目から見てもわかる状況でだ。リザはこのひとでなし、とののしってやりたかったそうだが、そんなことをしている場合じゃなかったからやめたという。


 村ではパウロを救うだけの高度な治療ができないと村の医者は言った。だが隣の城下町でならなんとかなるかもしれない急いで運べば間に合うかも、とも言った。医者はパウロに応急処置を施し、村の人たちが村で一番早い馬車を用意してくれた。馬車にパウロ、リザ、医者が乗り込み、城下町へ行き今に至るというわけだ。


 パウロは城下町のベッドについてから丸三日間眠っていたという。かなり深刻なけがを負っていたせいだろう。


「ともかく、無事でよかった。あなたは村の英雄です」


 パウロの枕もとでリザは言った。


「いいえ、あなたがいなければ蛇は倒せませんでした。ぼくなんか、蛇にかまれて死にかけただけですし」


 パウロには実際その通りにしか思えなかった。自分がいなくても、リザはちゃんと蛇を討伐できたはずだ。結局はなりゆきでパウロがかまれただけ、というだけのことに過ぎない。蛇に打ち勝てる、などと考えていたことが信じられないくらい情けないありさまだった。

 

「そんなことない。パウロ君が蛇に立ち向かって、もりを突き出したところを。パウロ君のその勇気がわたしを元気づけてくれたんだよ」


「あなたならあんなことがなくてもやれたでしょう。あなたはとても強い人です」


 リザは首を横に振った。


「強くなんかないよ。パウロ君のことを守れなかったし」

「ああ、もうこの話はよしましょう。なんだか恥ずかしくなってきました」

「そ、そうだね。うん、でも無事でよかったです。ちゃんと元気になってね」

「ええ、ちゃんと養生します。ありがとうございます」

 

 ではそろそろ行きましょうあまり話が長くなると患者さんの負担になるのでね、と医者は言った。リザと医者は部屋を出た。パウロは病室の中で一人きりになった。


 パウロは眠っている間に見た夢のことを思い出していた。パウロには、死んだあの五人が自分を助けてくれたと思えてならなかった。だがこのことはだれにも言うつもりがなかった。言っても夢の話だろうと言われるのはわかりきっていた。これはパウロだけの秘密となる。

作中にうまく入れられなかった話について補足します。

蛇の吐いた毒で人が壊死するのになんで噛まれたパウロの腕は壊死しなかったのかについてですが、毒の種類が違うからです。吐くほうの毒は敵を威嚇するためなので、壊死する効果がついてるんですが、嚙むほうは獲物を無力化しつつも新鮮な肉を食べられるようにするため、神経毒だけが入ってるわけです。

もう一つ、パウロを襲うときに毒を吐けば蛇は死なずに済んだのに、という問題があるのですが、毒を吐かなかったのは体内に毒がなかったからです。パウロを襲う直前に一回吐いてしまってすっからかんになってしまったんですね。

こんな説明は蛇足だったのかも。

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