牛姫様とうしちちの魔女
とある平和で緑に囲まれた王国がありました。牛を多く飼っており、乳牛だけではなく闘牛もおり、週に一度は闘牛場で闘牛士と闘牛の戦いに盛り上がっていました。
そして白銀のお城にはひとりのお姫様がいました。
とても美しい姿をしていましたが、大変な怠け者でした。毎日、食べては寝るを繰り返しており、召使たちも困り果てています。
ある日、お姫様は牛になっていました。百%の白い体に黒マダラ付きの乳牛です。
「あらら、牛さんになってしまいましたね。どうしましょう」
お姫様はちっとも困っていません。困っているのは世話役のばあやです。
「おいたわしや……。姫様が牛に変えられるなど……。これは牛乳の魔女の仕業に相違ありません!!」
「人を牛に変えるなんてすごい人わね。どんな勉強をすれば習得できるのかしら」
「というか姫様!! 牛に変えられたというのに、悲壮感が皆無でございます!! もう少し我が身に降りかかった不幸をお嘆きくださいませ!!」
「だって牛よ? 人生で牛になれる機会なんてそれこそ皆無よ。むしろ短い人間の一生で、非現実的な体験をしたことに、神様に感謝するべきだわ」
お姫様はまったく動じません。王族たるもの些細なことで驚いたりうろたえたりしないものです。牛に変えられた? そんなことが心を乱す理由にはなりません。大事なのは今日のおやつが何かを考えることです。
「そもそもわたくしは周囲から牛姫と呼ばれておりますわよ。そのわたくしが牛さんになった。これは一生、くっちゃねして暮らせと言う意味ではないかしら?」
あまりのお姫様の言い分に、ばあやは切れました。
「ええい! ごちゃごちゃと屁理屈ばかり並べてはなりませぬ!! 姫様はこれから牛乳の魔女と出会い、呪いを解かせなくてはならないのです!! さあ今こそ冒険の時です!!」
「えー、面倒だからヤダ」
お姫様がけだるそうにつぶやくと、ばあやが鬼のような形相でにらみつけました。昔からばあやに頭が上がらないお姫様はしぶしぶ冒険の支度を始めることにしたのです。
☆
牛乳の魔女は城より北の森に棲んでいました。途中で国民とすれ違いましたが「あっ、姫様牛になってる」「いつか牛になると思ってた」「牛可愛い」と褒めてくれました。
「私って牛になっても人気者なのね。えっへん」
「ああ、嘆かわしい……」
牛姫はのんきに喜んでいますが、ばあやは嘆いていました。人が牛に変身したにもかかわらず国民は肯定的だからです。普段からお姫様が馬鹿にされている証拠でもあります。
冒険と言っても障害はありません。ですが普段歩かないので息が切れてしまい、休みながら進んでいます。そしてたどり着いたときは日はどっぶりと暮れていました。
魔女の家はおんぼろでした。いかにも怪しい魔女の家です。でも中に入ると小ぎれいなもので、筋力トレーニング用のマシンに、本棚が並んでいます。床にはダンベルやバーベルが転がっていました。
「初めまして我が孫娘よ。わしが牛乳の魔女じゃ」
「こちらこそ初めまして。でもあなたのようなお方は初めて見ましたが?」
「正確には玄孫じゃな。わしはこう見えても今年で百歳なのじゃよ」
お姫様は目を見張りました。言葉遣いは年寄り臭いですが、髪の毛は真っ白で腰まで伸びています。しかし見た目は三十代にしか見えず、体つきはがっしりとしています。ですが胸は人の頭以上に大きく、ブラジャーで支えられていました。
身に着けている物はピンク色のとんがり帽子にぴっちりしたスーツです。乳房以外はすべてスーツで覆われていました。
「とてもおばあさんには見えませんね。それも魔法ですか?」
お姫様が訊ねましたが、魔女は首を横に振ります。
「わしが研究しておるのはフィジークじゃよ。女性のためのボディビルといったところじゃな。ちなみに男性でもメンズフィジークがあるのじゃ」
「フィジークとはどういったものなのでしょうか?」
「ボディビルの場合は筋肉の領を競うが、フィジークは筋肉の量よりもバランスを重視しておる。逆三角形のV字体型が良しとされ、鍛えられた大きな胸部や背中と細いウエストが特徴的じゃな。下半身はほとんど評価されぬが、バランスを取るためには脚のトレーニングも欠かせないのう。わしはお前さんにフィジークを教えるために、お前に魔法をかけたのじゃ。これから半年間、厳しいトレーニングをしてもらうぞ」
「なんだか面倒臭そうですね。帰ります」
お姫様は華麗にUターンして帰ろうとしますが、ばあやがアームロックを決めました。
「あいたたた……。一国の姫君に対して首を絞めるのはどうかと思うのだけど」
「いいえ、退きませぬ。姫様の教育はわたしがすべて任されております。今回の件も陛下が魔女様に頼み、魔法をかけてくださったのです。感謝してください」
なんと国王が一枚かんでいたのか。彼女が高祖母なら敬称は何と呼べばいいのだろうか。
「王族としては籍を外しておるので、魔女様でよいぞ」
魔女は答えてくれました。
「やる気は出ないけど、なぜ魔女様はフィジークを目指したのでしょうか?」
「決まっておるじゃろう。この胸じゃよ」
「胸……。ですか」
お姫様は魔女の胸を見ます。人の頭ほどの大きさで、巨乳というよりも奇乳と呼ぶにふさわしい胸です。
「わしはこの重い胸に悩んでおった。毎日肩こりがひどく、唯一の安らぎは風呂に浸かることしかなかった。じゃからわしは思いついたのじゃ。身体を鍛えることで、胸の重みを感じなくするようにするとな!!」
魔女は胸を張りました。まるで風船のように軽々と持ち上げています。普通は巨乳だと肩がこるものですが、魔女は平気そうです。
「トレーニングをすることにしたが、わしの胸は重い。自重トレーニングにはもってこいなのじゃ。おかげで全身の筋肉はバキバキに鍛え上げられた。ついでに人を牛に変える魔法も片手間で覚えたが、やっと使う機会ができて嬉しかったわい」
「人を牛に変える魔法の方が難しいと思いますけど。ふくよかな胸は女性の憧れでございますものね~」
お姫様は魔女の胸をじっと見ました。その豊満な胸には母性がパンパンに詰まっていると感じたのです。
「決めましたわ! わたくし、魔女様の下でトレーニングをやります!! そして魔女様のおっぱいを目指しますわ!!」
「いや、わしの胸は目指さんでよい」
こうしてお姫様と魔女の特訓が開始されました。
☆
「フィジークに求められるのは逆三角形じゃ。大胸筋と大円筋、三角筋を鍛えるのじゃ。まずは大胸筋を鍛えるぞ」
そう言って魔女は仕掛けのあるベンチを用意しました。そしてまずは自分がベンチに寝ます。両手でダンベルを握りました。
「これはインクラインベンチプレスと呼ばれるトレーニングじゃ。ベンチ台は傾斜三十度くらいにセットするのじゃ。そして前腕がいつも地面に垂直になるように意識するのじゃよ」
魔女はダンベルを持ち上げている。弧を描くように上げており、ダンベルはくっつけないようにしていた。
「肩の開きが弱いと肩を弱めてしまうのじゃ。下げるときに脇を引き締め、戻すのが大事じゃな」
お姫様もインクラインベンチプレスをやりました。魔女は的確に指導をしてくれました。
「次に大円筋を鍛えるために、懸垂を行うぞ」
そう言って魔女は懸垂のためのマシンを用意してくれました。
「背中の筋肉はマシンより、懸垂の方が効果的じゃ。じゃがその分難しいトレーニングで、正しい姿勢が大事じゃ」
魔女はマシンにぶら下がった。その際に足を曲げている。
「まず引っ張る前に肩を落として胸を張るのじゃ。この動作を行ってからぎゅっぎゅと上げていくのじゃよ。背中のトレーニングは難しいのじゃ。背中の筋肉、広背筋や大円筋ではなく腕や肩の力で上げてしまうと意味がないのじゃよ。じゃから先ほどの胸を張る動作が重要になるわけじゃな」
ですがお姫様は反発します。
「わたくしは箸より重い物は持ったことがございません。ぶら下がるなんて不可能ですわ」
「ならばぶら下がらなくとも肩を落とし、胸を張る動作をするとよいじゃろう。慣れないうちはそれだけでも十分じゃ。慣れれば奇麗なフォームで懸垂ができるようになるぞ」
それでも敷居が高そうです。
「懸垂が無理ならば、ラットプルダウンマシンを使ってもよいぞ。無理をして身体を壊しては意味がないからな」
そう言って魔女はラットプルダウンマシンを勧めてくれました。それでも正しい姿勢をしないと背中の筋肉はつかないそうです。
「最後に三角筋を鍛えるためのトレーニングじゃ。サイドレイズといい、ダンベルを使用するぞ」
魔女はダンベルを二本取りだしました。
「まずダンベルは小指と中指で強く握るのじゃ。そうすることで三角筋に効きやすくするのじゃよ。次に肘を軽く曲げてダンベルを構えるのじゃ。そして腕を水平まで持ち上げて下す。この時肩が上がらないように注意するのじゃ」
肩を上げすぎると負荷が僧帽筋に逃げてしまうそうだ。
時肘の軌道がなるべく円を描くように気を付けて動作を行う方がいいという。
「いろいろあるのですね」
お姫様は感心しました。
「じゃが、トレーニングはこれだけではないぞ。一番大事なのはスクワットじゃ。スクワットは脚を鍛えるだけでなく、全身に刺激を与えるトレーニングじゃ。フィジークは脚を評価されないと言っても全体のバランスを重視しておる。どんな魔女でもスクワットだけは外せないのじゃ」
魔女は言いました。というか牛乳の魔女以外にもトレーニングを重視しているとは驚きです。
「食事制限もするからな。かといって絶食するわけではないぞ。食べる種類と量を調整し、よく噛んで食べることが大切じゃ。フィジークはボディビルより食事制限やトレーニングは厳しいが、それを多くの人に見てもらえる喜びがある。わしはそれが好きなのじゃ」
「では、どうして魔女様は肌を隠しておるのですか? それでも鍛えた筋肉がはっきりとわかりますが」
「……この国では淑女が肌を見せるのは下品なのじゃよ。なのでわしが発明した繊維を使えば、オーダーメイドでなくとも、身体にぴっちりしたスーツになるのじゃ。肌さえ見えなければ体形がまるわかりでも文句は言われないのじゃよ」
なんとも屁理屈な気がします。ですがお姫様は魔女の言葉に従いトレーニングを行いました。
最初は筋肉痛がひどかったけど、肉が太くなることに感動を覚えたのです。
それ以降は筋トレが大好きになりました。ちなみに牛の呪いはすでに解けています。
半年後、厳しいトレーニングを乗り越えたお姫様は、筋肉がムキムキになりました。
バック・ダブルバイセップスのポーズを取ると「背中に牛の顔が浮かんでる!」「二頭が牛の角だ!!」「デカイ、バリバリ、キレてるよ!!と叫ばれました。
そしてお城の訓練所では兵士たちを相手に突進してはなぎ倒すことを繰り広げております。
「ああ……、姫様が闘牛みたいになってしまいました」
呪いはかけてないのに、まるで人が変わったように暴れ回るお姫様を見て、ばあやは嘆きました。
「ごろごろ寝っ転がる牛よりはマシじゃと思うがのう」
「それもそうですね。魔女様ありがとうございました」
ばあやは魔女に頭を下げました。お姫様は闘牛姫と呼ばれ、自分より強い男以外は結婚しないと宣言しました。
ある日闘牛場で、男の中の男と称賛される闘牛士がお姫様の相手をしました。彼はとても寝坊助で戦いよりも昼寝が好きな男です。
彼は鼻息を荒くしたお姫様を片手でいなし、彼女をベッドにして眠りました。それに惚れたお姫様は闘牛士と結婚することになったのです。
こうして王国では牛姫様にあやかり、闘牛祭りが開かれるようになりました。
めでたし、めでたし。
フィジークは2014年あたりから女子ボディビルから女子フィジークに変更されたそうです。
一方で男性用のメンズフィジークの大会もあります。
今回は女性の方々には不快な内容かもしれません。
最後の闘牛士の話はみんなのうたのトレロ・カモミロがモデルです。