勝者なき婚約破棄~真実の愛を見付けたので、婚約破棄してやった!~
トゥルゥ~ラァ~ヴ(cv青山)
ヴィタイ王国の今年十八になる第二王子、つまり我こと、スチュワート・サケ・ヴィタイ主宰の舞踏会は、いよいよメインイベントを残すだけとなった
婚約者のエリーゼとの最後のダンスを終えると、地味な顔の一人の女性……幼馴染のネトリーと一緒に、ホール奥階段の踊場へと進んだ
我が片手を挙げると、会場は静まり返り視線が集中する、今日は重大発表があるとそれとなく広めておいたので、期待するような空気も漂っている
唯一哀しそうにしているのは、我の婚約者のエリーゼくらいだ
今まで事あるごとに「今すぐ結婚しよう」と迫っていたので、他の男を好きになったエリーゼには、我が勝手に結婚発表がすると思って、不安なのだろう
──ふははははっ、我がエリーゼにそんな事をするはずがないであろう……何故ならば、汝は我の愛を受け入れなかったのだ、それどころか我以外を愛した……ならば、我のとる行動はひとつだ
ホールに集まった者達に最高の笑顔を向けて、一緒に踊場へと上がった黒髪ショートの少女、ネトリーの肩を抱き寄せた
「今日は皆に紹介したい人がいて集まってもらった、この女性はネトリー、我の新しい婚約者だ!」
どよっ!……ざわ……ざわ……
余りにも予想外の爆弾発言に、ざわつくホール
我のエリーゼ好きは有名だからな、いくら幼馴染みのネトリーとはいえ、違う女性と婚約するなどとは思ってもいなかったのだろう
特にエリーゼは驚いているようだ、名状しがたい表情をしている
ふはははは、それでも美しいのは流石だ、腰まで伸びた銀色の髪に抜群のプロポーション、我の隣にいるネトリーとは雲泥の差だ
こっちは平凡な容姿の平坦な体型だからな……無言で背中をつねられた、勘だけはいい女だ
と、いかんいかん、エリーゼに見とれていないで続きを言おう
この日の為に色々な者を説得して回り、根回ししたりと大変だったのだ、今さら失敗なんぞ出来んぞ
エリーゼの顔を見詰めながら、ゆっくりと笑顔を崩してやり、さも申し訳なさそうな顔を作ってやった
「悪いなエリーゼ、我はついに真実の愛に目覚めたのだ……故に、君との婚約は…………破棄する!」
「っ!……」
エリーゼは驚きで一瞬止まったが、目を見開いて慌てて周囲を確認し始めた
我の両親こと国王夫婦はもちろん、エリーゼの両親さえも厳しい視線をエリーゼに向けている
その視線で気付いたのだろう、数瞬考え込むように目を逸らすと、顔を伏せ一歩後退ってしまった
悟ったのだ、何故当事者の自分に一言の断りもなくこのような場が設けられたのか、何故一方的に婚約破棄する我ではなく、エリーゼが責められるような目を向けられているのかを
思い当たる理由はひとつであろう……エリーゼは自分の秘めた恋が暴かれて、この茶番劇が始まったのだと気付いたのだ
今日この会場に意中の男性が居なかったのも、不安に拍車を掛けているのであろうな
──悪いなエリーゼ、お主が王子の婚約者でありながら他の男を好きになっていたのは、両家が知っているのだよ
これが本当に我の心変わりだったのなら、厳しい視線は我に向けられていただろうからな
だが残念ながら、心変わりしたのはエリーゼだ……君が実らぬ恋心を抱いて、意中の男性と恋文を送り合っていたのは調べがついているのだ
激怒した我が両親と何故かネトリーが、相手の男性を連行して尋問したのだから……言っておくが、乱暴な真似はさせていない
面子を潰された父上は病死(隠語)させる気満々だったが、我の計画的には、彼には健康に生きていてもらわなくては意味がないのだからな!
今頃は実家で軟禁されている事であろう
もちろん王子の婚約者でありながら、不敬を働いたエリーゼにも、相応の罰を与えなければ示しがつかない
これが我しか知らなかったのなら、まだ手心を加える事も出来たであろうが……残念ながら、これは王妃……我が母上の密偵がもたらした情報だったのだ
国内外に我とエリーゼの婚約は知らされている
なのにエリーゼは他の男に恋文を送ったのだ、それがどれだけのスキャンダルか分からぬお主ではなかろうに
知られれば我が国はいい笑い者だ、諸外国は我が国を貶める為に背ヒレ尾ヒレを盛大に付けて、大声で吹聴するであろう
激怒した父上と母上を宥める為にも、落とし処を間違う訳にはいかない
故に、恨むなら我を恨んでくれ……愛しい──愛しかったエリーゼよ
今や針のムシロに座っている気分だろうエリーゼに、我はさも名案が浮かんだかのように語り掛けてやった
「とはいえ、エリーゼも急に婚約者が居なくなるのは辛いだろう……そこでだ!我がエリーゼにピッタリな相手を見繕ってやろうではないか!」
我の言葉にエリーゼは、只でさえ悲しそうな顔に涙を浮かべ、震える声を必死に抑えて気丈に返答した
「か、寛大な配慮に……感謝致します」
そしてそのまま両親に連れられて退席する
我はそれを悲しげな視線で見送った
──そう、これが罰だ!
エリーゼには家格にそぐわない男と結婚してもらう、侯爵家令嬢として何不自由なく育てられたエリーゼには、さぞや辛い人生になるだろうがな
「馬鹿な女だ……我を選んでおけば、こんな事態にはならなかったのにな」
零れた呟きに
「そうですね、本当に馬鹿なお人です」
隣のネトリーは、我に向けて寂しそうに囁き返した……
───
──
─
舞踏会が終わり自室へと帰った我は、ネトリーが側に居るにも関わらず──大声で泣いた!
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉんエリーゼぇぇぇぇぇぇぇぇ!なんでなんだよー!我はこんなにエリーゼが好きだったのにぃぃぃぃぃぃ!なんで我じゃ駄目なんだよー!うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!」
「ハァー……そんなに好きなら無理矢理にでも娶れば良かったのに」
馬鹿にするようなネトリーを、真っ赤に腫れた目で睨んでやる
「出来るかそんなの!エリーゼの幸せが一番大事に決まっているだろうが!」
「だからって、普通恋敵に婚約者を譲りますか?」
「仕方ないだろ!アレが糞野郎だったら処刑してやるつもりだったのに、調べれば調べる程、有能な好青年だったんだよ!」
自身もエリーゼに惚れているにも関わらず、手紙では自分の事を忘れて幸せになってくれ、とか書いてたんだぞ
更に未練なく諦めてもらう為に、自ら辺境の地への出向を志願していた
「有能な好青年だから身を引いたのですか?」
「あーそうだよ、エリーゼが本気で恋をしている相手が、エリーゼを任せられるくらいの男だったから身を引いたのだ……別れさせたりしたら、エリーゼが悲しむからな……」
その為に我は父上や母上はもちろん、エリーゼの両親や関係者を説得して回った
様々な交換条件を飲んだ為に、我のこの先の人生は雁字搦めだがな……だがこれでエリーゼと想い人の安全は確約された、辺境とはいえ領地も与えられたしな
勿論領地経営が安定するまで支援もする、エリーゼに貧しい生活などさせるわけにはいかないからな!
だがその代償に、我はもう二度とエリーゼに会うことも叶わないであろう
今夜の茶番劇もそのひとつだ、仮初めとはいえ、せめて絶望だけでも味あわせねば父上達の溜飲は下がらなかったのだ
「自分を犠牲にしてエリーゼが喜ぶとでも思っているのですか?本当に馬鹿ですね」
「ふん、バレなければ良いのだ!それに犠牲になった所で、我の座右の銘は『エリーゼの為に』だ!エリーゼが幸せになるのであれば、一片の悔いも無いわ!」
「それで他人に譲ったら、本末転倒もいいところでしょうに」(そんなスチュワートを好きな私も、人の事は言えないんですけどね)ボソッ
「ん?何か言ったか」
「ええ、好きな人が自分ではない人を好きだからといって、その恋を応援するなんてバカだなーっと言ったんです」
「今、副音声が聞こえたような」
「私があれ程堪え忍んでお膳立てしてやったのに、まさかの土壇場で他の男を好きになったんですよ!これではただの道化ではありませんか!……そしてあろうことか、夢見ることすら我慢していた私が婚約者に収まるなんて、運命って残酷過ぎませんかね」
「話が噛み合ってないぞ……と、そういえば改めて謝罪しなくてはな」
「誰にですか?まさか、私にでは無いですよね?」
ネトリーがキッと睨んでいるが、その通りだ
「ああ、色々な思惑が絡んでいたとはいえ、ネトリーの意思を…」
「止めて下さい!婚約した事を謝罪するつもりなら、本気で怒りますからね!」
泣きそうな顔で言葉を遮られた
ネトリーのこんな顔は初めて見る、何故かとんでもない罪悪感が押し寄せて来た
気が付けば、我はネトリーを抱き締めていた
「そうか……ならば我は謝罪の代わりに、お主に相応しい夫になれるよう尽力しよう、それくらいしか恩返しは出来ないからな」
「それも余計なお世話です……浅ましい私は、こんな状況なのに幸せを感じているのですから」
胸の中で零れた呟きは、ネトリーの本心なのだろうか
……ふざけるな!この泣きそうになりながら感じている物が、幸せのはずがないではないか!
──我が与えてやる、絶対にだ!ネトリーがちゃんと笑って幸せだと言えるような、そんな未来を!
☆☆☆
王都から追い出されるように出立した僕らは、馬車に揺られながら、数台の荷馬車を引き連れて荒野に隣接した領地へと向かっている
僕の名前はトッター、この前まで王城で働いていた下級貴族だ、向かいには元侯爵令嬢の……僕の妻エリーゼが座っている
ずっと離れていく王都を見詰めるエリーゼが心配になり、つい無粋な言葉を投げ掛けてしまった
「これで本当に良かったのかい?もう二度と会えないのかも知れないんだよ」
愛する人と結婚出来た幸せよりも、彼女が愛する人と離ればなれになった事の方が辛い
でもそんな僕の言葉を、エリーゼは振り向くと笑顔で返した
「むしろ今の私は最高に幸せですわよ、ネトリーが計画通りにスチュワートと結ばれたのですから」
「一歩間違えたらお互い死罪だったのにかい」
「貴方様には悪いと思いますけど、私が死んだ場合でもネトリーが次の婚約者になるのは内々に決まっていましたから、死罪でも問題ありませんでしたの」
「やれやれ、自分の死すら計画に織り込むとは、我ながら怖い女性に惚れてしまったものだ…………そんなに愛していたのか」
「ええ、心の底から愛しておりましたわ……私の愛は決して実らない愛でしたけど、だからこそ、愛しいネトリーには愛する殿方と結ばれて欲しかったのです」
「スチュワート殿下はエリーゼを愛するが故に最愛の婚約者を僕へ譲り、エリーゼはネトリー様を愛する故に最愛の親友をスチュワート殿下に譲ったのか……ははっ、お情けを受けた僕とネトリー様だけが勝者とは、複雑な気分だ」
「あら、勝者は四人ですわよ」
「四人?」
「私と、それにきっとスチュワートも勝者です……愛する人が想い人と結ばれたのですよ、これ以上の喜びなどありませんもの」
ならば何故、エリーゼは寂しそうな笑顔をしているんだ?
そう問おうとした口を閉じ、言葉を飲み込んだ……何故なんて答えは決まっている、自分が愛する人と結ばれなかったからだ
慰めようとしたが、思いとどまる
それは今掛けるべき言葉ではない、エリーゼは自ら望んで失恋して──自分は幸せだと思い込もうとしているのだ
だからその嘘を暴くような慰めは……してはいけない
今僕に出来る事は気付かなかった振りをして、エリーゼの計画の成功を讃えるべきだ
「ははは、そうか勝者は四人か……ならば僕も気合いを入れてエリーゼを幸せにしないとな、スチュワート殿下に想いと共に託されたんだ、君を幸せにしないと殺されそうだ」
「そうですわね、頑張って下さい私の旦那様……私も、そして勿論貴方様も、みんなが幸せにならないと誰かが泣きそうですから」
そう言いながら遠くを見る視線は、きっとネトリー様へ向いているのだろう
チクリと胸を刺す嫉妬を覚えながらも、僕は精一杯の虚勢で笑顔をエリーゼへと向ける
「ああ、君達の不器用な愛に応える為にも、僕は力の限り頑張るよ」
いつか君と本当の夫婦になる為にも、僕は……そしてきっとネトリー様も、絶対に愛される事を諦めないよ
★★★
私が辺境へ来て早五年、最近は街に人が溢れ賑やかになってきました、最初の閑散とした街並みが嘘のようだわ
それというのも、領主である夫のトッターが生産を命じたお酒や洗髪剤が好評だからです
元々この地は荒野に隣接しており、とても厳しくて寂しい土地でした……来た当初は不安で泣いてしまう程に
だけどトッターは、群生しているアロエみたいなサボテンを原料にして蒸留酒を作成して、瞬く間にこの領地に活気をもたらしたのです
それだけではありません、この地の獣は毛並みが美しいと私が言うと、その理由がとある植物にあると言い当て、髪を美しくする洗髪剤まで作り出しました
どちらも聞いたこともない遠方の国で作られているらしいです、トッターはそれを真似しただけと言っていましたけど……私は知っています
ここの領主を命じられてから、この地の資料を読み漁り、気候や採れる作物から当たりを付けて、作れそうな物をリストアップしていたことを
だってトッターったら、あの舞踏会から毎日夜遅くまで調べものをしていたんですもの
この地へ引っ越す際には、お酒を作る蒸留器や錬金術の道具まで荷物に入れてましたからね
初めからこの地で出来る事を見越していたのでしょう、頼れる旦那様です
もっとも、この領地が栄えたのはスチュワートのお蔭でもあるのですけど
トッターが作った名産品を優先的に買い求めて、それを宣伝してくれているみたいなのです
……まだ私に未練があるのかと不安になりましたけど、すぐにそれも杞憂だと知りました
定期的に来られる、お城で見た事のある騎士そっくりの商人さんが献上してくれた物資の中に、とても見覚えのある筆跡の日記が紛れていたのです
それはとある女性の日記でした
親友が遠くへと嫁いだ当初は、罪悪感に苛まれるような日が続いていたようですけど
婚約者に毎日連れ回される内に元気を取り戻し、親友の夫が名産品を作ろうと躍起になっているのを聞いてからは、自分も頑張ろうと前向きになったみたいです
私はその日記に自分の近状を記して、商人さんにお返ししました
おかしなことに、それからも毎回紛れ込んで私の元に届きます、今ではとても楽しみな誤配送です
日記の内容は次第に、愛する人とのぎこちない生活から、穏やかな日常へと変化して行きます
最近は愚痴が増えたみたいですけど……これって、愚痴に見せ掛けた惚気ですわよね?
夫が毎朝身嗜みを整える前にキスをしに来るから困ると書かれても、こちらの方が反応に困りますわよ
新商品のリップクリームでも送って差し上げましょうかしら?
最近読む際には、濃いめに入れた紅茶を飲みながらでないと、口の中がジャリジャリした気分になるのですよね
でも……夫婦仲が良好そうでなによりです、スチュワートはちゃんと善き夫になれたのですね
「お母ちゃま」
声に振り向くと、乳母に連れらて小さな女の子が、トテトテとこちらに歩いて来ていた
「どうしたの、私の可愛い天使さん」
抱き上げて膝に乗せると、私と同じ銀髪を横にふりふりさせながら、上機嫌に話し始めた
「あのね、あのね、明日にはお爺ちゃまとお婆ちゃまが来るのでちゅよね!」
「そうよ、ようやくトッターの素晴らしさを認めてもらえましたからね、貴女のお顔を見に参られるのよ」
正確には、領地の数々の名産品が王都で流行ったお蔭で、それを成したトッターを認めざるを得なくなり、両親が私達を許して下さったのです
……送られた書状の文面からは、端々に孫見たさが滲み出ていたので、両親が孫見たさで流行らせた疑いもありますが……
去年娘の肖像画を送ってから、いきなり名産品の受注が倍増したのですよね
「私とっても楽ちみなの!だって、大ちゅきなお父ちゃまとお母ちゃまのお父ちゃまとお母ちゃまに会えるんだから!」
「私も早く会いたいわ……大好きなトッターと貴女を、おもいっきり自慢したいですから」
堪らずギュッと抱き締めてあげると、くるちーとはしゃぐ声をあげられた
──ああー、神様ごめんなさい、私は幸せです
今にして思えば、あの時に私が行った計画は大勢の人に迷惑を掛けただけの、身勝手な行いでした
そんな私が幸せを感じるのは許されないと、思い詰めた時期もありましたけど
トッターが言ってくれたのです
「君が自分の幸せを望まなくても、僕やネトリー様にスチュワート殿下……それと君のお腹の子供は、君の幸せを願っているんだよ」
その言葉に私は救われました……泣きながらこの人で良かったと、その時初めて思えたのです
「お母ちゃま、どうちたの?」
いけないいけない、物思いに耽っていたようです、娘が心配そうに上目遣いで見ています
私は優しく微笑み返しながら、今の想いを伝えます
「みんなが幸せになれますようにって、お願いしてたのよ」
「なーんだ、ならもう叶ってるね!」
「え?」
私の天使はぴょんと膝から飛び降りると、両手を広げてくるくると回りながら
「だって、街の人達もお友達も、お父ちゃまもお母ちゃまも、みんなみーーーーんな、笑っているんだもん!」
とびっきりの笑顔でそう言ったのです
ぴんぽーん……トッターは転生主人公ではありません