2-3 羊神様の街の住民たちとうるさくてでかい警備隊隊長
外に出ると昨日は見る余裕のなかった
街の様子が分かる。
多くの建物が密集しつつも、
道は広く作られていた。
「街の建物のほとんどが木造建築なんですね」
「そうだメェ。
一見すると火事には弱いけど、
街の明かりは魔力で光る明かりを使ったり、
消防団もいたりで、
街がまるまる燃えるような火事は今まで起こってないメェ」
「僕の居た場所は石を使った家が多かったので、
なんだか新鮮です」
そう思いながら神殿の階段を降りた。
神殿の前には複数の馬車が止まっている。
なので、そのうちのどれかに乗るのだと思っていたが、
「あれ、馬車で移動しないんですか?」
神様たちはその馬車の間を抜けて、
街の大通りを歩き始めた。
「馬車で動いたら
街の様子がよく分からないメェ。
牧場とかまだ開発が途中の遠くに行くならまだしも、
視察は歩くメェ」
「めんどくさいけどな。
イヤだったり昨日の疲れが残ってたりするなら、
神殿で休んでてもいいぞ」
「いえ、行きマス」
「うむ、良い心がけだメェ」
「俺は馬車じゃなくて
牛車とかでゆっくり移動すればいいと思うけどな」
「そんなの邪魔になるに決まってるメェ」
神様とヴィタリーのやりとりを聞きながら、
大通り歩いた。
ふたりのやりとりは街の喧騒にも負けないにぎやかだ。
この道には飲食店が多い。
先日入ったレストランや、
緑色のお茶を売っている喫茶店、
ジョンの街にもあったようなハンバーガーショップ、
日中はレストランとして経営している酒場に、
朝から酒を出している酒場もあった。
通りを行き交うひとたちが
その店に目を奪われながら歩いているが、
自分たちも含めなぜか大通りの真ん中を歩かない。
大通りの真ん中もきっちりと舗装されており、
まるでトロッコを走らせるレールのような線が引いてある。
「最初に来たときにも思ったんデスが、
こっちの広い道は何デショウ?
みんな避けて歩いてるようなので、
神サマ専用の道かと思ったんですが、
神サマも歩いてないようデスし……」
「そっちは車道、馬や荷車専用の道だメェ」
「神様が作らせたんだ。
馬車が行き来するのに、
ひとと同じ道だと遅くなるとかなんとか」
「馬の足にも、
車の車輪にも優しい素材を使ってるメェ」
レールだと思った線をよく見れば白い砂だ。
道を見ていると早速馬車が神殿に向かってやってきた。
馬車もあまり揺れず、
気のせいかもしれないが
馬も走りやすそうな顔をしているように見える。
そして反対側からも違う馬車が走ってくる。
道が広いのですれ違うことも簡単だ。
「工事にお金かかったが、
こうしてみると作ったかいがあったな」
「だろ~。メーの思ったとおりになったメェ」
神様はヴィタリーに褒められたからか、
両腕を腰にやり石版のような胸を張った。
「最初はヴィタリーに文句を言われるような案も、
実際にやってみたら喜ばれたりすることが多いメェ。
だからこうして実際に街を歩いて、
不便なことや改善できること、
よりよくできることを探す。
そうしたくてわざわざ街を視察する時間を設けてるんだメェ」
「なるほど」
そんな神様が誇らしげに思っている大通りを歩いた。
並ぶ店が飲食店から服、雑貨、魔具、武器などの店に変わっていく。
その中でも多くのひとが魔具や武器などの店に出入りしているのが見えた。
「繁盛してるメェね」
「物が売れるのはいいことだろう?
なんだその顔は」
「武器が売れるってことは、
戦う機会がそれだけ予想されるってことだメェ。
使う機会が少なければ
定期的に買い換えるだけでいい。
それに魔具もなにが売れてるのか気になる。
聞いてみるメェ」
神様はトテトテとした足取りで駆け出した。
店から出てきた魔族の商人に声をかける。
「そこの商人、
なにを買ったのか聞いてもいいメェ?」
「これだ。
神様も興味あるのか?」
商人が見せてくれたのは
魔術刻印で装飾されたアクセサリーだった。
なにも言わなければ、
豪華なアクセサリーにも見えるほどきらびやかだ。
「獣よけ?」
「これから遠くの街に行く予定なんだが、
より強力な効果があるものに買い替えたんだ」
「なるほど、
最近魔物の動きが活発というわけではないメェ?」
「獣が最近昼間でも獲物を探してるって噂はある。
だが噂だし今回の買い替えとは関係ないさ」
「分かった。ありがとうだメェ」
「神様のご利益をもらってから商売うまくいってるからな。
また今年も頼むぜ」
そう言って商人は背負っている荷物を背負い直して、
街の外の方へと歩き始めた。
「どうだった? なにか分かったか?」
「ん~、メーの考えすぎだったかもメェ。
でも同じようなことが数日続いたらちょっとまた考えるメェ」
そうして神様はまた街を歩き出した。
#
大通りの十字路を曲がると
また活気づいた通りが続いていた。
近所のおばちゃんが世間話に花を咲かせていたり、
商人が野菜や果物、肉を運んでいたり、
子どもたちが走り回っていたりとこちらも活気づいている。
こちらのとおりにも車道があり、みんなそこを避けて歩いていた。
「大通りは旅人や商人が来る店が多いけど、
離れると街の住民や庶民向けの店が多いメェ」
神様が手を広げて紹介すると、
「やぁ神様、今日も小さくてかわいいな」
「小さいは余計だメェ!」
「神様の髪の毛もこもこ~、触らせて~」
「イヤだメェ!
お前は手に持ってるハサミを置いてから出直すメェ!」
「神様!
新作のジュース飲んでって」
「うむ、おいしいぞ」
「やった! ありがとー」
通りを歩いていると多くのひとたちが神様に声をかけた。
先程の商人の対応もおおよそ神様と話をする態度ではなかった。
友達に話しかけるような様子にしか見えない。
「みんな神サマに対してあんな態度いいんデスか?」
「おかしいか?」
「はい。
ボクがいた街じゃ神サマに頭を上げちゃいけなかったので……。
あんなからかうようなことだけでなく、
話をすることもできなかったデス」
「そんなことしてたら街の住民が言いたいことを言えない。
それじゃ街に問題が起こったときに
話してくれないなんてことが起こる。
それじゃ街が良くならないメェ」
飛びついてくる子供をあしらいながら神様は考えを語った。
表情は真剣だが、
子どもたちに頭を撫でられたり髪を触られたり抱きつかれたりしている。
「街のことを考えるのは役人じゃないんですか?」
「役人も当然だけど、
実際に生活するのは住民だから住民の声を聞くのは当然だメェ」
「かみさまむずかしいはなししてるー」
「あそぼうぜー」
「おっかけっこがいいー」
「かみさまじゃおれたちをつかまえられないかもな」
「なにおー!」
神様が声を上げると子どもたちが一斉に散らばっていった。
「声を聞いてるというより、遊び相手になってマス」
「平和でいいんじゃないか」
「まったく……。次に行くメェ」
#
通りを歩いていくと、
前から大きな獣人がやってきた。
自分たちを見つけるなり、大きな手を上げる。
「よう神様!
今日も相変わらず小せぇなぁ」
「アンドレ! お前と比較するな!
メーはひとじゃないんだからなんだから
小さいのはしょうがないメェ!」
「おおん?
川の街の女神様は大人の女性みたいに体も胸もおっきいのにか?」
「うっ!?」
アンドレと呼ばれた獣人に言われて、
神様は心臓に矢が突き刺さったような反応を見せた。
ヴィタリーもそんな神様を見て鼻で笑っている。
「この少年は?」
強そうな目つきがジョンに向いた。
眼力にジョンは首を引いてしまい、
おまけに声も出ない。
「メーの客人だメェ。
ジョン、こいつはアンドレ。
この街の警備隊のリーダーだ。
暇なときはこうして昼間から酒を飲んでるか狩りをしてるか、
大工の手伝いをしてるかだ」
「オレ様が慌ててるのなんてらしくないだろう?」
煽るような紹介にもアンドレはニヤリと余裕を見せた。
街の警備隊のリーダーをしているということは相当戦いが強いのだろう。
よく見ると腰から吊るされている剣も、
彼の体格に合わせてとても大きい。
ジョンならば持つことも難しそうな大きさだ。
「まあ、こいつが忙しいときは
街に危機が近づいてるときだメェ。
だからアンドレが暇をしていることはいいことなんだが……」
神様は呆れたように肩をすくめた。
ヴィタリーも神様と同じことを思っているようで、
腕を組んでうなずいている。
「ってことか少年はよそ者か?
聞きたいことがあるんだが」
「は、はいっ」
急に興味を持たれてジョンはさらに足も引いた。
「おいアンドレうざ絡みするな」
ヴィタリーが助け船を出すようにアンドレを睨んだ。
だがアンドレは気にせずに話を続ける。
「『すもう』って知ってるか?
古代イポーニア語らしいだんが」
「えっと、体を押し付けあって転ばせたり、
丸い競技場の外に出したら勝ちっていう古代競技のすもうですか?」
「それだ! おめぇよく知ってるな!
考古学者かなにかか!?」
街中に響き渡りそうな声でアンドレは驚いた。
別に怒られているわけでもなく、
むしろ褒められているのだが、
どうしてもびっくりしてしまう。
「いえ、僕はそんな偉いひとじゃなくて――」
「だからうざ絡みするなアンドレ。
古代イポーニア語なんて詳しいヤツの方が珍しいんだし、
ジョンはアーングリア語の方が詳しいぞ」
ヴィタリーが前に出てアンドレを睨んだ。
(こんなに体が大きい相手にも普通に話せるなんて、
ヴィタリーサンは偉い神官なんだ)
ジョンがそう思ってヴィタリーの背中を見ていると、
アンドレは笑いながら顔をかく。
「っととわりいな、
オレ様以外に知ってるやつがいなくてな、
神様『すもう』を街に流行らせてくれよ。
剣とか魔法とかじゃなくて肉体同士の戦いがしたいんだよオレ様は」
「そんなの自分でやるメェ!」
「こーきょーじぎょーだと思ってさ
『すもう』のフィールドを作ったら観光客とかも来て儲かるんじゃないか?」
「公共事業ってそういう意味じゃないメェ!
だけど、観光客が来るんなら考えてやってもいい。
その『すもう』のことをもっと教えるメェ」
「分からねーんだ。
だから調べられるヤツを紹介してくれ」
「そんなの自分でやるメェ!
もっと事業の目処が立ってから出直してくるメェ」
「へいへい」
そういうとアンドレは大股で歩いていった。
#
「どうだメーの街は?」
一通り回ったところで神様はジョンに聞いた。
「町並みも整っててキレイですね。
道が曲がりくねってたり、変な坂になってない」
「ふふん、もっと褒めるメェ」
神様は嬉しそうに坂になっていない胸を張った。
「それに魔物や獣よけの壁がこの街にはないですね。
広々と空が見えたり、
遠くが見渡せたりするのはいいかもしれませんが、
大丈夫なんですか?」
「もちろん!
この街は魔術師の魔物避けや
ただの獣避けなどいろいろな結界が
たくさんはられているんだメェ!
おかげで見栄えと安全性を両立したメェ。
もちろんさっきいたアンドレたち警備隊も
この街に駐留してて、狩猟団もいる。
いざとなれば傭兵ギルドに頼んで兵士を雇うこともできる!
見た目以上に安全で治安もいいんだメェ」
「いろいろな結界が絡み合って、
魔術師や魔法使いが調整や点検するのが
大変だって声も多いけどな」
ヴィタリーは目を細めながら、
前に言われたことを思い出したように言った。
「大変な仕事をさせてるんだ。
それだけ報酬を払ってやってるメェ」
「なるほど、
いい仕事にはいい報酬を払ってるんデスね」
ジョンはすごいと思いながらうなずいた。
それからまた町並みを眺めながら、
「こうして歩いているだけで
この街ってすごい豊かに感じマス」
「そうだろうそうだろう。
メーの街だからなー」
「神サマはたくさん信仰されてるんデスね」
「うんうん、みんなメーのことを慕ってるぞ」
「どうだろうな。
行商人とかこの街が儲かるから来るってやつも多いぞ」
「じゃあこの街は商売の街なんデスね」
「それも違うメェ!
メーのご利益が欲しくて来る旅人も多いんだメェ!」
またもジョンの認識が覆されて首をかしげた。
最初に会ったときから
この神様は話せば話すほど分からなくなっていく。
「でもお金がいっぱい動く街にしたのは神様だろ。
だからお金が儲かる街だって言われてもしょうがないって思うが」
「メーも守銭奴呼ばわりされるし、
まあ仕方ないメェ」
「神サマは信仰以上に
お金が大切っておっしゃってマシタ。
側近や神官がこだわるならまだしも、
どうして神サマがそんなにお金に拘るんデショウ?」
神様は少し真剣な眼差しになってから語り始める。
「お金はこの世でもっとも信仰を得ている物だ。
だからそのお金を循環させることで
メーに信仰が集まり、さらに街が豊かになるんだ」
「神サマを信じる者は救われるんじゃないんデスカ?」
「メーはそう思っていない。
神にだって救えるものと救えないものはある。
それはお金だって同じ。
でもどっちかあるいは両方あったら救われるものは
増えるんじゃないかって」
「分かるような分からないような」
ジョンは目線を上げて考えた。
見えるのは家の屋根と青い空くらいで答えはない。
「大丈夫だジョン。俺もよく分かってない」
「ヴィタリーは神官なんだから、
神の言うことは理解してほしいメェ」
神様はわざとらしいため息をついて歩き始めた。