2-1 朝に弱い神官と、元気な神様と朝食
今までの人生で一番目覚めのいい朝だ。
昨日の疲れはすっかりと抜け、
それでいて元気があまっている。
これからの不安をすべて拭い去れるほどの思考回路で起き上がると、
ノックの音がした。
「はい」
「メーだメェ」
あまり威厳を感じない声だが、
相手は間違いなく神様だ。
ジョンは待たせないようにすぐにドアを開けた。
「おはようございマス、神サマ」
そしてていねいに頭を下げた。
「うむ。おはよう。
ジョンはちゃんと朝起きれるのだな」
「ちゃんと?」
対応に満足したのではなく、
違うことに満足したような口ぶりだった。
ジョンは顔を上げて神様の健やかな表情を見る。
「神官という立派な仕事にありながら
朝が弱いヤツがいるからな。
ちょっと起こすのを手伝ってほしいメェ」
「いいデスけど……」
ジョンは首を傾げながらも
神様に付いて廊下を歩いた。
廊下は長く、
階段を上り下りしても同じような場所が続いている。
(これじゃまるでボクが神サマのお付きみたいだ。
いやそれより貴族の女の子のお世話係か?
だとしたらボクを迎えに来るのはおかしいんだけど)
良い寝起きでスッキリとした頭の中を
かき乱されながら少し歩いた。
すると、ジョンが使った部屋と同じような様子の部屋の前で
メグミが足を止める。
「ヴィタリーサンの部屋?」
表札を呼んで首を傾げた。
どうして自分と同じような部屋に
神様に仕える神官が住んでいるのか。
ジョンがそう考え始める前にメグミは鍵でドアを開けて、
「メェ!
起きろヴィタリー!」
大声を出しながら部屋に突入して行った。
部屋の間取りはジョンの使った部屋と同じだった。
高いところにあるからか、
窓からの景色は違っていたり、
部屋の家具がジョンの部屋のものより年季がはいっていたりと、
違いはある。
そんなベッドの中に
潜り込むようにヴィタリーはいた。
メグミの声を聞いて、
逃げるようにさらに布団の奥へと入っていく。
「昨日出かけて仕事したんだから、
次の日は遅くていいだろう?」
「よくない!
ヴィタリーはメェにつく神官だから
メーをひとりにするなぁ!」
「俺がいなくたって
シームリャさんたちがいるんだからいいだろ」
「よくないメェ!
理由もなしに補佐官に頼るなぁ!」
「理由なら眠いからでいい」
「よくないメェ!」
まるで家族がくだらない言い合いをしているような様子だった。
それをジョンは唖然としながら見ている。
豊かな街を治める神様とその神官が
他人に見せてもいいやりとりではない。
「ジョンからもなにか言ってやれ!」
そこで自分に振られた。
昨日知り合ったばかりのひとに
言えることなんてなにもないのだが、
一応神様命令。
従わないわけにいかず、
ジョンは少し考えてから、
「えっと、神サマもこうおっしゃってマスし、
そろそろ起きられたらどうデショウ……?」
ジョンは伺うように毛布の山に語りかけた。
だが返事はない。
「弱い!
もっとはっきりと言うメェ!
路頭に迷ってる自分のことを助けないと
殴り飛ばすぞくらいは言ってやれ!」
わがままの口ぶりでいいながら、
神様は右手をバタバタ叩くように振った。
「ええ……
助けるほうがそんな言い方したら」
「そうだぞ~、
ジョンの言うとおりだ~。
だから仕事の時間まで寝かせて」
「ダメだメェ!」
大声を上げながらついに布団が剥ぎ取られた。
ベッドの上では寒そうに体を丸くするヴィタリーの姿がある。
「か、返せ」
「起きないと今晩は布団なしで
寝ることになるメェ。
ジョンこれ持ってろ」
とジョンは先程までヴィタリーの布団を押し付けられた。
ほのかに温かい。
「ほら、顔洗って歯磨きしてくるメェ」
神様はヴィタリーの手を引っ張り、
無理やり起こした。
そして洗面所に強引に押し込み、
さらに水道から水を出して顔にかける。
「み、水を汲みにいかないんですね……」
「当然だメェ!
この街は古代文明の街を参考にして作られている。
だからすべての家に水が通るようになってるんだメェ!
ヴィタリーの朝寝坊の顔に水をかけるために
あるんじゃないって分かってるメェ!?」
「まるで水攻めだ……」
#
顔を洗わせてからは
ヴィタリーもようやく目を覚ました。
朝の準備をひとりでしてして、
ササッと支度を終えるとふたりとともに長い廊下を歩く。
ヴィタリーは昨晩とは違い、
より神官らしい仰々しい格好をしていた。
長く歩きにくそうな法衣には羊の角のような模様が施され、
その素材も見るからに高価だ。
冠や帽子などはかぶらず、
杖や聖書などは使わないのか手ぶらではあるが、
この姿で神様の隣を歩くと神官らしさを感じる。
ヴィタリーとジョンの前を歩く神様は昨日と変わらず。
羊のようなモコモコとした格好だ。
大きなコート、
撫でたら心地よさそうだと思うモコモコの毛、
こちらも触ったら気持ちいいかもしれない羊の耳。
なにも知らなければ羊系の獣人だと思うだろう。
だがそんな獣人は見たことも聞いたこともない。
「まったく元羊飼いが
なんで朝弱いんだメェ?」
そんな神様は不機嫌な口ぶりで
ヴィタリーに棘を指すように問いかけた。
ヴィタリーは目をそらして
自虐するような呆れたような口ぶりで肩をすくめる。
「分からん、
俺は父さんにも母さんにも似なかったってことだろう?」
「ごめん」
それを見た神様は途端に顔を落として謝った。
「なに謝ってるんだ。
普通の話をしてるだけだろう?
俺は辛くないし、辛いのは朝だっての」
(元羊飼い?
どうして羊飼いから神官に転職をしたんだろう?
それにここの神サマは羊みたいな神サマ、
なにか関係あるのかな)
ジョンがふたりの会話を疑問に思い
首をかしげようとすると、
ヴィタリーがまた大きなあくびを遠慮なくした。
「だからシャキッとするメェ!」
それに対して神様はまた大声を上げた。
「おふたりとも朝食はどうするんデショウ?」
「神殿の食堂を使うメェ。
ジョンも遠慮せずに食べてほしいメェ」
「神殿に、食堂」
この場にあまりに似つかわしくない言葉を、
なんとか飲み込もうとした。
だがどうしても喉に突っかかってしまう。
「神サマで、神官デスよね……?
他の神官や偉いひとたちと、
大広間でシェフに作らせた料理を味わうんじゃないんデスカ?」
「しないな。ほらここだメェ」
神様たちの目線の先には
大きな扉が開きっぱなしの大広間があった。
雰囲気はまるで大衆食堂。
そんな食堂にはたくさんのひとが集まってた。
種族は街と同じで多種多様。
テーブルもメニューもみんないっしょ。
ヴィタリーと同じような青い服を着た、
住み込みの職員が楽しそうに食事をとっている。
神様が食堂を歩いていても特別みんな挨拶はしない。
時折フランクな挨拶を交わすが、
ひざまずいたり、
大きく頭を下げたりということはなかった。
「おや、神様おはよう。
ヴィタリーくんはちゃんと起きてるかい?」
台所につくと
初老でタヌキ系の獣人のおばあちゃんが
神様に声をかけてきた。
やっぱり近所の子供に声をかけるような口ぶりだ。
「メーが叩き起こすまで寝てたメェ」
「はっはっは!
いつもどおりだねぇ」
「こんなに朝早くなくても、
俺たちは仕事はできるだろ……」
ヴィタリーはまた文句を言いながらあくびを噛み殺した。
「おばちゃん、
今日はこの少年の分も頼むメェ。
メーが拾った才能あふれる逸材だメェ」
「あいよ」
まるで息子や娘の友だちを見るような目で、
おばちゃんはジョンを顔を少し見た。
それからおばちゃんは鍋に向かっていく。
もちろんそんな反応も不思議で戸惑うがそれ以上に、
「才能あふれるって……。
パラメータも見てないのに」
神様の自分に対する扱いが疑問だった。
ジョンは眉をひそめる。
「気にするな。
それに多分本音は、
新しいお金儲けのきっかけとか思ってるんだろう」
ヴィタリーは投げやり気味に言った。
そんな理由だとしてもジョンは、
納得できず首をかしげる。
そろそろポキリと首が折れそうだ。
朝食も庶民的で野菜スープに焼きたてのパン、
暖かくした牛乳。おいしそうだ。
それでも、こんなに大きな神殿を作れる神様や神官が
食べるにしては、安すぎるように思える。
そう思いながらトレイを受け取ると
空いているテーブルに腰掛けた。
もちろん神様もひとと同じ場所じ長いテーブルだ。
ヴィタリーはだるそうに法衣を脱ぎ
昨日と同じ青い衣装を見せる。
「神サマデスから、
普段はもっといいご飯を食べてると思いました」
「最初は
『偉いやつがいい飯を食うと飯屋が儲かるから』って、
思ったんだけどな。
なんだか落ち着かなかったんだ」
「あのときは経済のことを考えてそう言ったが、
やっぱり合わないご飯はダメだメェ」
メグミはわざとらしく肩をすくめる動きをした。
「今はこんな偉そうな仕事をしているけど、
俺達は庶民だったからな」
「そうなんデスか?
神サマの神官をしているのデスから、
貴族とか魔術師とかの出身だと思いマシタ。
あ、さっき元羊飼いって言ってマシタね」
「そういうことだ。
それにもし、貴族とか魔術師とかの出身なら、
神様はこんなにならないさ」
「ヴィタリー『こんな神様』とはどういう意味だメェ~?」
「なんでもない」
ヴィタリーはそっぽを向いて
温かい牛乳に口をつけた。
ふたりの遠慮のない様子が
だんだんと面白くなってきたジョンは、
こらえきれず吹き出すように笑い出す。
「おふたりは仲がいいんデスねー」
「仲良くなくちゃ
神様と神官なんてやってられないメェ」
「まったくだ。
信仰するなら金を出せ、
お布施じゃなくて買い物をしろなんて神様、
他人ならこっちからお断りだっての」
否定するかと思いきや、
ふたりは渋々ジョンの言うことを認めた。
隣り合って座ってるのに、
顔を合わせずにグチグチと言い合う様子がとても微笑ましく、
羨ましい。
「ちょっとうらやましいデス。
ボクは元いた場所では、
変わり者扱いで、
あまりひとと仲良くできませんデシタから」
「ならこれから
仲良くなれそうなヤツを探せばいいメェ」
「神様が変わり者のこの街、
変わり者は余るほどいるからな」
「それに今はメーたちがいる。
神殿の者たちにも話をしている。
ジョンが後ろ指を刺されるようなことは
絶対にさせないメェ」
「神様はいつも前からも後ろからも
笑われてるけどな」
「ヴィタリーはいちいちつっかからないと
気がすまないメェ!?」
「朝叩き起こされた仕返しだ」
ヴィタリーはそう言ってパンにかじりついた。
その様子が面白く、ジョンはまた笑う。
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