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いちごみるくかき氷

作者: 奥さん

わたしと母のある日の話

 「それが、夢だったのか、現実だったのか、今となってはもうわからないんだけどね。」

そう言って、母は目の前のいちごみるくかき氷を食べ始めた。外はもう夏の日和で、差し込む日差しは私と私の頼んだアイスコーヒーを汗ばませた。 そして、母のいちごみるくかき氷を美味しそうに輝かせている。

                          

                              *


わたしは仕事を辞めて実家に戻った。

桜が咲く直前のことだった。新卒で入った会社の社風についていけず心と体を壊しかけて、逃げるように帰ってきた。この事に後悔はなかった。壊れかけの心と体、会社からぶん取った満額の退職金をひっさげてわたしは生家の玄関の呼び鈴を鳴らした。そんなことがあった年のことだ。

                              *


 「アンタ、今から近くの喫茶店に行くけど、付いて来るかい?」

母がベランダで洗濯物を干し終わる頃、寝巻きのまま居間で本を読んでいた私に大きい声で聞いた。

 「それって、奢り?」

わたしは本から顔を上げにんまりと笑って言った。母は呆れた声で洗濯カゴを家の中に置き、ベランダの戸を閉めながら、

 「こっちが誘ってるんだ、奢り。だけどアンタ少しくらい自分で支払う気概を見せな。」

 「いつかね。いつか見せるよ。気概。」

そう言って白い半袖とジーパンに着替えて黒いメッシュのキャップを手に取った。

窓の外は空が近くて青い。外にある街路樹の青葉がきらきらしていた。蝉が鳴き始めた。

母は黒のレースカーディガンと財布の入った肩下げ鞄を持ってもう玄関にいる。

「ちょっと!待ってよ!」

慌ててキャップを被り、携帯を引っ掴んで後を追った。


                              *


母は夏が来ると必ずいちごみるくかき氷を食べに行く。

なんでかは知らない。いつからそうだったのかも知らない。憶えていない。たまたま母が喫茶店に行くときに知った。

母は辛党で滅多に甘いものを口にしない。だから覚えていた。けれど、毎年理由をきけずにいる。なんとなく。

 「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」

母と一緒にはいった喫茶店は、どことなく薄暗くて古いモノの匂いがした。カウンター席の向こうにあるコーヒーサイフォンのアルコールランプがちらちら揺れていて、そこらへんだけが明るい気がした。客はまばらでほとんどいなかった。微かに聞こえるエアコンの駆動音と名も知らないジャズ、コーヒーの香りで満ちていて、なんだか気後れしそうになった。母はズンズン進んでいき窓際の2人用の席をとった。窓から日差しがバッチリ入って母側の席を暖めていた。蝉の鳴き声が微かに聞こえている。母は気にすることなくそこにさっさと座ってしまった。

 「ホラ、選びな。」

赤い合成皮に金の箔押しがされたメニュー表をこっちに押しやり、

 「アタシはいちごみるくかき氷ね。アンタは?」

 「メニュー表見なくてもいいの?……私アイスコーヒー。」

怪訝な顔をした私を一瞥して母はせかせかとウェイトレスに注文した。

 「友達がね、期間限定でやってるここのいちごみるくかき氷が美味しいって言ってたからね。」

どことなく嬉しそうに見えた。今だ。聞くなら今しか無い、そんな気がした。

 「へえ、そうなの。…今更なんだけど、なんでいちごみるくかき氷なの?私が知る限り、毎年食べてない?」

やっと聞けた…。達成感からホッとしつつ、囁くように母に尋ねた。母は、きょとんとした後、あぁ、そうか。と言った顔をして言った。

 「たいしたことじゃないよ。ただ…ただこの時期になると食べたくなるんだよ。なんでか。」

日差しが母の横面を照らす。蝉の声が大きくなった気がした。そして母は目を細めて語り始めた。


                              * 


私の家は、私の父さん、母さん、兄さん、私の4人家族。決して裕福なんて言えなかったんだよ。家はトタン屋根のボットントイレ、木造の平屋。風呂はないから近くの銭湯に行ってた。父さんは朝早く出てって帰るのは夜遅くに帰ってくる。母さんはパート、兄さんはバイトで忙しそうにしてたね。当時、私は小学生で末っ子長女だったから、父さんだけは私に甘かった。だけど、母さんと兄さんにはものすごく厳しかったんだ。すごいよ、後で知ったけど、家に一銭もお金を入れなかったとか母さんが愚痴っていた。内緒でデパートのフードコートに行ってパフェを食べさせてくれたこともあった。母さんと兄さんは知らなかったけれど。あれは、そんなある夏の日の出来事だった気がする。

                             

                              *



寝苦しいのと空腹感で目が覚めた。

 「お腹すいた。」

玄関に誰かいた。内扉の磨りガラスに映ったのは父さんだった。

内扉を少し開けて父さんが言った。

 「おい、ついてこい。」

そう言うと父さんはこちらに背を向けて玄関の引戸を開けた。

 からから

 「まって、父さん!」

私は慌ててつっかけを履いて玄関を閉めた。そして父さんを追った。

   からから

夕暮れ、あれ、夜だっただろうか。いや、夕暮れと夜の間だったのかもしれない。

濃い鼠色の砂利道、蛍火みたいな街灯が疎らな感覚で並んでた。

父さんに追いついて手を繋ぐ。影か伸びる。風はねっとりとしていた。それでいて私をじっとりみているようだった。

思わず下を向いた。わたしの履いているつっかけと、父さんの踵の潰れた運動靴が砂利をじゃくしゃく踏むのをじっと見ていた。

くいと繋いでいた手を引かれて、顔を上げた。

「着いたぞ。」

眩しかった。

鉄パイプの支柱に色鮮やかなビニールの屋根。夜店だ。氷の旗。かき氷だ。

カウンターの向こうにはねじりはちまきのおっちゃんがいた。手前に金属製のかき氷機がドンと座っていて陽射しを固めたような氷がはまっている。

「なにが食べたい?」

父さんは仏頂面で言った。

「いちごみるく!」

勢い良く答えた。父さんは淡く笑っておっちゃんに言った。

「みぞれといちごみるく。気持ち、みるく多めにしてやってくれ。」

おっちゃんは笑いながら、カップを手に取って言った。

「あいよ!みぞれとみるく多めのいちごみるくかき氷!ちょっと待ってな!」


      がりがりがりがり

            じょりじょりじょり

                   しょりしょりしょり


「いまちどう!嬢ちゃん。いちごみるくかき氷だ。落とすんじゃねえぞ。」

「ありがとう!」

キラキラ輝く氷に艶々と真珠の練乳、ルビーのようないちごシロップ。先割れストローで掬って口に入れた。

 

    じゃくり


いちごの香りが鼻を抜けた。いちごと練乳の甘さが口いっぱいに広がった。

「美味いか。」

「うん!美味しい!」

「母さん達には内緒だぞ。」

「わかった!!」


                            *


私はそのあとどうなったのか全く覚えていない。確かめようにも父さんは三途の川を渡ってしまっていたし、母や兄さんは勿論知らない記憶だ。父さんが存命の頃に、確かめなかったのかって?そんな、父さんが死んでからよく思い出すようになった記憶だよ。

 

「これが、現実か夢かなんてもう誰にも、アタシにだってわからないんだ。だけど、あのいちごみるくのかき氷が忘れられないんだよ。」

「ふぅん、そうだったの。」

なんだか拍子抜けしたような返事をしたわたしに母は、しみじみと、それでいて少し後悔しているような、わたしに呆れたようなそんな目をして母は笑っていた。

「あんたもいつかわかるときが来る。」

母は目を伏せて笑った。

「なら、今この瞬間かもね。わたしが思い出すのは。」

 いつのまにか母の席は日陰となっていた。日陰にいる母が眼を細めた、そんな気がした。手元にある食べかけのいちごみるくのかき氷が宝石のような輝きを保ったままそこにあった。

私のアイスコーヒーは日向になって、グラスはじっとりと汗をかいて、水溜りができていた。

      カラリ 

小さくなった氷が音を立てて底に沈んだ。

人生初の小説でした。書くのはとても大変ですね。もっと語彙を増やしもっとイメージ通りの物語を書けるように精進します。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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