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Case.1 桐生すみれの場合-9


『そろそろ遊んでないで戻ってきなさい』

『婚約者が決まったから』

『名家の方でね。お年は少し召しているけど会社もいくつかもっておられて良い方よ』

『できそこないの貴女でも娶ってくれるって』

『貴女には容姿と若さくらいしかないんだから、使えるときに使っておかないと』

『桐生の家のためにも、お父様や亡くなったお母さんのためにも、やるべきことはきちんとしなさい』

『どうせそこにいたって、何もならないでしょう?』

『どうせ、貴女なんて』



 やめて。

 聞きたくない。




『誰からも愛されていないんだから』




 呪詛のような言葉を聞いて、そのままフラフラと部屋に戻りベッドに倒れ込む。



『分かっていたことでしょう』



 もう一人の自分はひどく冷静だ。



『ここに逃げてきても何も変わらない』

『ここに来ても、あの人たちが変わるわけでもない』

『ここに来ても、お母さんが生き返るわけでもない』

『何も、変わらない』



『何も、変わらない』



 違うよ。

 ひどくなるだけ。

 もう、ひどくなるだけだよ。



『でも、あなたは動き出せないじゃない』



 どんなにひどくなっても。

 どんなに悲しい目に遭ったとしても。



『変わらずに、ひどいことを受け入れていくだけで』

『そのまま、死んじゃうの?』



 死。

 死んじゃうの、かな。


 何も得られずに。

 友達もできずに。

 誰にも助けを求められずに。



「や、だなぁ……」



 それは、ひどくさみしい。



「いやだぁ……」



 たすけて。

 たすけて。

 たすけて。


 だれか。私を。



「古井戸さん……」




 彼なら、もしかしたら。あるいは。



 虚空に伸ばした手は、

 それでも彼には届かない。



 +     +     +



 あの電話以降学校にも行けず。

 誰かに助けを求めようとしても、うまく話すこともできなくて。

 そのまま、お義母様から戻ってくるように言われた日になってしまった。


 最近は、おばけはもう出なくて。

 その代わりに夢を見るようになった。

 駅で電車を待っているときに、ペンダントを手にして、そのまま、電車に。その下に。



「その方が、いいのかも」



 スーツケースを閉じて目を瞑る。

 この先も不幸が続いていくくらいなら。

 もっと、ひどいことばかりが待っているのだとしたら。いっそ、あのまま。



「そろそろ出なくちゃ」



 始発の電車で戻るように言われたから、早めに家を出ないと行けない。

 私が何も言わないから、言えないから。お祖父様とお祖母様も止めることはできない。



「すーちゃん」



 心配そうな二人を残して。罪悪感からその目は見ないようにして。



「いってきます」




 もう帰ってこないだろうに、そんな言葉をうそぶいた。



 +     +     +



 コロコロとスーツケースを引きずり、気乗りしない道をただ下を向いて歩く。

 こんなことに何の意味があるんだろう。なんで、私はただこの道を進まなきゃ行けないんだろう。逃げたいはずなのに、逃げられなくて。 助けを求めたいはずなのに、それもできなくて。

 私が、全部できないことばかりだから。


 私が悪いから、全部悪い方にばかりいくのかな。



 勝手にあふれてくる涙を乱暴に拭いながら、それでも歩みを進めていると。




「はわわじゃねーよ! この可愛くねぇマルチが!」




 少ししか。

 会っていない期間は少ししかなかったはずなのに。ひどく懐かしい声がした。


 なんで、なんでここにいるの。

 なんで、今いてほしくて、必要で、どうしようもないときに。この人はいてくれるんだろう。



「とりあえずさっさと桐生のところに」



 私を、探してくれているんだろう。



「私が……どうかしましたか?」



 思い切って声をかけてみる。

 何かが変わるように、祈りながら。また、涙があふれそうになっていることには気づかれないように。



「こんな夜中に……どうしたんですか? 古井戸さん」



 振り向いてくれた彼は、いつもと変わらず。ううん。息が切れているから、疲れているのかも。

 そんなに、私を探してくれたのかな。

 だったら、嬉しい。すごく嬉しいな。



「今日は月が……とても綺麗ですね」



 なんて、ごまかすように言ってみた。



「ずっと……学校に行けていなくてすみません。実家から呼ばれて、今帰るところで」



 こんなことが言いたいわけじゃないのに。

 本当は、たすけて。どうにかしてって。探してくれて嬉しい、どうして私がここにいることが分かったの? 古井戸さんも何か知っているの? って。

 色々な話をしたいはずなのに。いつも言葉が出てこない。



「もしかしたら、転校になっちゃうかもしれなくて……老人ホームの出し物もあるのに。何も言えずに、すみません」



 謝ることはこれだけじゃないはずなのに。言いたいことはこんなことじゃないのに。何かセリフを話すように、言葉が止まらない。



「桐生」



 落ち着いた。低い声。



「……はい」



 この声を聞くのも、今日が最後になるのだろうか。



「俺が行くなって言ったら、止めてくれるか」



 そんな。

 そんな嬉しい言葉を、どうして言ってくれるんだろう。



 行きたくない。

 行きたくない。

 行きたくない。



 こんな、何もならない先に進んで、生きたくない。



 古井戸さんのそばにいて、学校生活をもっと楽しんで。友達もいっぱい作って、遊びに行って、みんなで笑って、幸せに。

幸せに、なりたい。



 だけど、私にはきっとそれは許されない。



 俯いて首を振る私に、それでも古井戸さんは言葉をかけてくれる。



「この道を行ったら駅か?」

「……そうですが?」

「そうか」



 この街には古井戸さんの方が詳しいのに、変なの。もしかして、駅で何かあるのも……古井戸さんは知っているのかな。



 と。



 ぼんやりと考えていたら、思い切り手を捕まれた。



「走るぞ桐生!」

「ちょ、ま、待ってください! 古井戸さん!」



 持っていたスーツケースは道路に転がって、急に走り出したものだからうまく動かない足はもつれそうになって。






 それでも、私から古井戸さんの手は、振り払えなかった。



お読みいただきありがとうございました。

桐生が動けない、話せない原因は物語の強制力の要因もあります。

バッドエンドルートにただ進まされるだけの、本人も生きたくない道を歩まなければならない状態です。


結末はすでに決まっていますが、桐生すみれの想いも楽しんでいただければ幸いです。

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