Case.1 桐生すみれの場合-8
月曜日。
古井戸さん達は私を心配してくれたけれど、後は普通に過ごして。
放課後は老人ホームでの出し物がミュージカルに決まって。
それだけのはずだった。
「ひぃぃぃぃいいい! そこをどいてー!」
帰宅途中、上から女の子が落ちてきた。
「ひぃぃいたいぃぃぃ!」
思わず本当によけてしまったけれど、受け止めた方が良かったのかな。
受け止められる気もしないけれど……かなり痛がっていて可哀想だ。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「あー、いたたた……あ、ありがとひぃぃ! 桐生さん!」
なんだか騒がしくて忙しい人だ。おまけに怯えられているのでちょっと傷つく。
「ひぇぇぇ、カースト最上位……所詮私はうさぎさん……」
「え、えっと……落ち着いてください」
何のカーストで何がうさぎさんだろう……?
と、土下座してこちらを拝んでいる女の子の対応に困っていると足下にノートが落ちていた。
開いて落ちていたので中身が見えてしまう。
"甘々わんこ系彼氏⭐︎ ほーちゃん"
"愛情表現がキョーレツでちょっと困っちゃうこともあるけどそれも可愛いほーちゃん⭐︎
ぴよりんのことはご主人様って呼ぶよ!"
「古井戸さん……?」
「え、や、ぎゃばぁぁぁああ! ノートが!」
ものすごい勢いで隠されたけれど、あの内容はすごく気になる。
「あ、あの。古井戸さんが甘々わんこ系彼氏って……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 古井戸くんにもすでに相当怒られ済みなので許してくださいっ!」
話が分からないのでベンチに座って落ち着かせて聞いてみたところ、どうやら妄想の産物とのことだった。良かった。ドキドキした。
「うぅぅ……恥ずかしい……。でも、桐生さんと話すきっかけができたと思うとラッキーだったような」
「え……私ですか?」
女の子はパッと明るい笑顔をこちらに見せる。
「だって、桐生さんって高値の花って感じで、話しかけたいけどどうやって話しかけたらいいか分からなくて。でも、ノートのこと話しても笑わないでいてくれたし、私なんかの話もちゃんと聞いてくれるし、だから人生捨てたもんじゃないなぁって」
「そんな大げさな……」
ただ、そう言ってもらえるとすごく嬉しい。
この子だって、私なんかなんて言わなくても良いくらい面白くて可愛い子なのに。
「私も……みなさんに話しかけるのって苦手で。頑張ってはいるんですけれど……それで会っているのか分からなくて」
「ええ!? 桐生さんもそんなことがあるの!?」
そこからしばらく話をして、少し謎のレッスンも受けて、楽しい時間を過ごした。
「わ、遅くなっちゃった! ごめんね桐生さん」
「ううん、私も楽しかったから……ぴよりんさん?」
「あー、それ妄想の中のあだ名! 私は箱森ひよりだよ!」
「箱森さん」
「……ものすごくわがままを言えば、ぴよちゃんって呼んでくれると嬉しい、カナ?」
「ぴよ……ちゃん」
「うんっ! すごく嬉しい!」
お友達ができるときってこんな感じかな。
お友達だって、思っていいのかな?
その後、帰り道も一緒だったので、またぴよちゃんと話をして帰った。
「そうそう。土曜日はそんな感じで大変でさー。赤来戸くんと古井戸くんと結局ラーメン食べたのが一番おいしかったよ」
土曜日。
私の誕生日。
私の誕生日パーティーがあって、古井戸さんと赤来戸さんが来なかったあの時間。
その時間、二人はぴよちゃんと一緒にいたんだ。
「すーちゃん、どうかした?」
私のこともあだ名で呼ぶようになったぴよちゃんが心配そうにのぞき込んでくる。別にぴよちゃんは何も悪いことはしていない。私が、私がただやきもちをやいているだけで。
「な、なんでもないよ! ぴよちゃんも大変だったね」
「そうそう、でもその後いろりちゃんとも本音で話せるようになって――――」
何でもない会話。何でもない話。友達とするそれは、楽しいはずなのにずっと胸に針が刺さったような気持ちで、素直に楽しめなかった。
来てほしかったよ。
二人にもお祝いしてほしかったの。
なんでそっちに行っちゃったの?
ぴよちゃんの方も大変だったんだって分かっているのに。分かっているのにそんなことを思うのがやめられなくて。こんな小さい自分が嫌いで、狭量な自分が情けなくて。それなのに、思うのをやめられない。
「すーちゃん」
私の醜い思いになんて、まるで気づいていないぴよちゃんは、天真爛漫に笑う。
「今日、話せてとってもとっても嬉しかった! 友達になれて嬉しかったよ! また一緒に帰ろうね、ばいばいっ!」
私も。
こんなふうに友達に対して笑顔が向けられたら。
素直に気持ちを伝えることができたなら。
何か、少しずつでも変わるのかな?
「あれは、かまいたちじゃないの」
「私が、弱くて弱くてしかたなくて。だからやったの」
「嫌いにならないで」
「気持ち悪いって思わないで」
「そばにいて」
「友達でいて」
「仲良くして」
「いちばんに、して」
息を吸い込んで、言葉とともに吐き出す。
「たすけて」
言えたら、いいのに。
言いたいよ。
言ってみたら、もしかしたら、本当に。
助けてくれるだろうか。
そんな期待を胸に、玄関をくぐると。
「すーちゃん……その」
受話器を持ったお祖母様が、ひどく困った様子でこちらに声をかけてきた。
「おかあさんから、電話が」
その言葉に、冷水を浴びせかけられたように立ちすくむ。
期待は、いつだって私を裏切っていくんだ。




