Case.1 桐生すみれの場合-3
「ねぇ、ほら」
「ああ……あの」
遠くからたまに聞こえるヒソヒソ声も、値踏みするような視線も、笑い声も、全てが苦手だった。
「桐生グループのお嬢様なら、仲良くしておかないと」
友達だと思っても、結局、必要なのは私じゃなく、ただの家柄で。
「私が悪いのかな……」
人を信用できないから、友達ができないのか。
自分が下手だから、家しか見られないのか。
『次は太郎も一緒に、な』
何気ないその言葉が、私にとってどれほど嬉しかったか。
多分、彼は知らない。
◇ ◇ ◇
「今日もいないな……」
私は大分がっかりしていた。
赤来戸さんと友達さんがどこを探してもいないものだから。
「なんで会えないんだろう……」
あのおばけが出たら、と思うと少し怖くて。少しずつしか街を探検できていないけれど。
それでもそんなに広い街じゃないから、きっと会えると思っていたのに。
「おばけが出たら……また助けに来てくれるのかな」
そんな邪な考えを払うように首を振る。
「もしかしたら、水族館で会えるかもしれないし!」
そうして、誰もいない水族館を目指して歩く。水族館について、またため息をつくことになるとは知らないまま。
◇ ◇ ◇
「わぁ……!」
水族館のミュージアムショップには、チケットがなくても入ることができる。
だから、私一人でも買い物ができるのだ。水族館はさすがに一人だとつまらないし、今度おかあさんと来るから、それまで我慢。
ラッコにペンギン、サメにイルカ。色々な海の生き物のグッズに目移りしてしまう。
「こっちがいいかな……あ、こっちだったら小さいから病室でもじゃまにならないかな」
色々選んではみるものの、コレ! というものが見つからない。
妥協したものをあげるのも違う気がするし……おかあさんはなんでも喜んでくれそうだけど、本当に喜んでくれそうなものがいいのに。
「友達さんがいたら……なんていうかな」
一緒に選びたかったな。そうしたら、さみしくないのに。
「あらあら。小さなお客さん。何をお探しですか?」
私を見て、店員さんが声をかけてくれた。
「えっと……おかあさんへの、プレゼントを探してて」
でも、お金はそんなには持っていないんです。
そう言うと、店員さんはあれこれ見繕ってくれた。だけど、どれも違う気がして、申し訳なくなる。
「ああ、そうだ! あれがあったわ!」
店員さんはスタッフルームに行き、小さな細長い箱を持って戻ってきた。
「ほら、これ。どうかしら!」
思わず息をのむ。宝石のような飾りがついたペンダント。角度を変えるとペンギンの絵が見えるガラス玉は、宝物のように思えた。
「これ、新商品の試作品なんですって。だから、売り物じゃないんだけど。もう使わないから特別に」
後で調べたところ、これは本当に試作品だけで終わって。商品としては売り出されなかったようだった。だから、たったひとつしかない、大切なペンダント。
「これ、ください!」
お金を払おうとしたら笑って手を振られた。何回か粘ったけれど受け取ってもらえなかったので、ありがたくいただいて、またおかあさんとお礼を言いに来ることにした。
気がはやって走って家まで帰る。こんなに走ったのは、この前おばけから逃げた以来かも。
早く、早くおかあさんに渡したいな。サプライズのプレゼントだけど、お祭りより早くあげたいくらい。
そうして、帰った私をおじいちゃんとおばあちゃんが玄関先で待っていた。
「すーちゃん、お母さんが……」
おかあさんの体が、急激に悪くなったという、報告も一緒に。
◇ ◇ ◇
それからしばらくして。
病室に行った時、おかあさんはいつもどおりだった。そう見えた。そんなふうに感じて、そう見えてしまった。
だから、だったんだと思う。
「ごめんね……お祭り、行けそうになくて」
いつもの、退院できそうなおかあさんがそんなことを言ったから。
あの友達さん達もまた遊ぼうって言ったのに、探しても全然会えないから。
おじいちゃんとおばあちゃんもおかあさんのところに行くことが多くて、一人で寝泊まりする日も多かったから。
さみしい気持ちで、いっぱいになってしまったから。
「なんでなんでいつも約束やぶっちゃうの!」
「おかあさん大丈夫だっていったのに!」
「水族館だって、一緒に行くって。夏休みはいろいろなところに行こうねって行ってたのに!」
「花火一緒に見るって、約束したのに!」
「うそつき! うそつきうそつきうそつき! おかあさんなんてきらい……っ! みんなだいっきらい!」
◇ ◇ ◇
ちがう。ちがうちがうちがうちがう。
あんなこと言うつもりじゃなかった。
おかあさんにあんな顔させるつもりしゃなかった。
あんなに泣くなんて自分でも思わなかった。
「おばけさん……」
布団をかぶって、泣きながら希う。
「でてきて……でてきて、いいよ……」
おばけがでたら、たすけにきてくれるから。
「でてきて……」
願う先は、本当はおばけじゃなくて。
本当は、きっと。




