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mission68 桐生すみれを説得せよ!

 桐生すみれ。


 このゲームのメインヒロイン。学園のマドンナ。

 薄い紫色の髪にヘアバンドをしていて、思わず振り向きたくなるような涼やかな声を持った、美しいけれど儚げな雰囲気を持つ少女。

 幼少期に母親を亡くし、その後、義理の母親と弟から虐待を受け、祖父母にも父親にもそのことを言わずにストレスをため込み、自傷行為を続けている女の子。


 今から、死んでしまう女の子だ。


「ずっと……学校に行けていなくてすみません。実家から呼ばれて、今から帰るところで」


 表情から、その呼び出しとやらが彼女の意に沿わないものだと言うことくらいは俺にでも分かる。


「もしかしたら、転校になっちゃうかもしれなくて……老人ホームの出し物もあるのに。何も言えずに、すみません」


 無理して笑う彼女は、ただただ痛々しかった。


「桐生」

「……はい」

「俺が行くなって言ったら、止めてくれるか」


 俺の言葉に、彼女はうつむいて首を振る。


「この道を行ったら駅か?」

「……そうですが?」

「そうか」


 思い切り桐生の手をつかむ。思わず、桐生はスーツケースから手を離した。スーツケースを手に持ち、駅にいる正しいルートの彼女は、これだけでも崩れる。


「走るぞ桐生!」

「ちょ、ま、待ってください! 古井戸さん!?」


 正しいルートから崩れた場合、即、時空の狭間が追いかけてくる。なんでもいい。どこかに逃げないと。


「俺はっ……桐生を絶対に行かせるわけにはいかないっ! だから、桐生が行かないって言うまで……っこの手は、放さないからっ!」

「な、なんで、どうして……きゃあっ!」


 可愛らしい悲鳴をあげるが、桐生の視線の先にあるのは触手こと時空の狭間だ。アレに捕まれば、桐生だって危ない。


「桐生が行かないって言えば……アレも消えるからっ!」

「ど、どういう、理屈ですかっ!?」


 走りながらなので息も切れ切れになりながら話す。


「桐生に、行かないでほしいって思ってるのは……俺だけじゃないだろっ! 桐生のじいさんやばあさん……父親には話したのかよっ!」

「それは……っ」


 話せない。彼女はゲームのキャラクターだ。話せないとシナリオがそう定めているのならば、話せない。ハッピーエンドならそうならないかもしれないが、このバッドエンドの桐生は、傷ついて傷ついて、最後に死ぬだけだ。


『あの子はなんにも言わねェのよ。自分が悪い、継母たちには何もされてねェって言い続けるもんだから……俺たちも、あの子の父親もなんもできねェ。引き離すことくらいしか、できなかった』


 周りの、心配しているモブキャラクターの行動も、それによって制限されたままだ。



「話せよっ……言えよっ! みんな、きっとそれを待って」

「言えませんっ!」



 桐生の強い声は、初めて聞いた。


「言っちゃ、だめなんです……私は」


 触手が迫ってきている。止まりかけた彼女の手を強く引っ張り、夜道を駆けていく。

 たどり着いた先は、学校だった。


「学校の中にまで……っ、いるのかよっ」

「あれは……なんなんですか? 確か、小さい頃にも」


 桐生すみれと初めて遭遇したあの日。あの日もバグの関係で行動が変わっていた桐生すみれと、触手から逃げていたっけ。


「かまいたちだよ」

「え、あれが? え?」


 どう考えてもかまいたちの姿をしていない触手に桐生は戸惑っているが、面倒なので先に話を進める。


「桐生が話してくれたら、全部消える」


 桐生には雑に説明したが、バッドエンドルートから解放されれば、この日はなんてことのない夜に戻る。だから、きっとあの時空の狭間も消える。はずだ、とはカッスの言葉だから若干疑わしいが。


「そんな……あれは、私の生み出したものってことですか……?」

「そうだ」


 違うけど。まあ、そんな説明で良いか。


「桐生っ!」

「ひっ!」


 後ろに迫ってきていた触手を避け、学校の中へ入る。小学校と違って警備が雑で良かった。昇降口を駆け抜け、廊下を走り、階段を上る。2階まではまだ触手は来ていないのか。少し息を整え、桐生に話をする。


「俺は……桐生に何があったのか知らない。桐生が今までどんな思いで苦しんできたのかも、想像くらいでしか分からない。だけど」


『あのときの、あの言葉。まだ、有効ですか?』


 幼少期に適当に言った、お化け退治の話を高校生になるまで信じて。

 自傷行為の痕をお化けの仕業だと話して。


『ありがとうございます……。お二人に相談して、良かった……』


 涙を溜めて見せた笑顔は、俺たちに伝えたかったんじゃないのか。

 「助けて」って。


「身内に頼れなくて、でもなんとかしたくて、助けてほしくて俺たちを頼ってくれたんじゃないのかよ……っ」

「それは……っ」


 夜の教室。カーテンを閉めていないせいで、月明かりが窓から細長いライトのように桐生を照らしている。傷跡のある腕は、服に隠れたまま。表情も、俯いて隠したまま。桐生すみれは何度も喋ろうとして、つぐんで。何回かそれを繰り返して、ようやく消え入りそうな声で話し出した。


「言っちゃ、いけないんです」

「……何を」

「……わが、ままを」


 彼女は、幼少期の彼女は。触手と逃げて、太郎と初めての邂逅の痕、姿を現さなかった彼女は。

 その後、母親を亡くしていた。


「小さい頃……この街でお祭りがあったんです」


 俺が太郎と二人で行ったあの祭りか。


「お母さん、病気を直すためにここへ来て……来てからも、ずっと寝ていて。でも、お祭りは一緒に行こうねって約束していて。でも、前の日にまた体調が悪くなって、私、すごく怒ったんです」


『なんでなんでいつも約束やぶっちゃうの!』

『おかあさん大丈夫だっていったのに!』

『水族館だって、一緒に行くって。夏休みはいろいろなところに行こうねって行ってたのに!』

『花火一緒に見るって、約束したのに!』


 子どもだ。話がある程度分かる小学一年生とはいえ、いつもいつも言うことを聞くわけじゃない。桐生の性格からすると、ずっとずっと我慢をして、看病して、遊ぶことも満足にできなくて。深窓の令嬢といえば聞こえはいいが、ずっと屋敷に一人で。母親のことも心配で。だけど、母親と一緒に遊びたくて。そんな思いがたまたまその日、爆発してしまったんだろう。


「お母さん……それで、一緒に行ってくれて。楽しかったけど、途中で疲れてもうだめだからって言って、花火は見れなくて。タクシーで病院まで行って、そのときにも花火見たかったとか、私は、どうしようもなく、そんなこと考えていて」



 そのまま死ぬなんて、思ってもみなかった。



「大好きだったのに……なんで、私がわがまま言ったせいで」


 桐生と出かけたことが原因では、もちろんないんだろう。それまで闘病していて、悪化して、なくなったのがそのタイミングだっただけだ。桐生のせいじゃない。だけど。


「新しいお義母さんにも、言われたんです」



『すみれちゃんは本当はお母さんのこと嫌いだったんじゃないかなぁ』

『だって、本当に心配だったらそんなこと言わないもんね』

『すみれちゃんもお父さんも看病で、動けないお母さんで疲れていたんでしょ』

『仕方ないわよねぇ。まあ、いなくなってよかったじゃない』

『もうお母さんに振り回されなくてすむものね』

『これからは私があなたのお母さんだから』

『ああ、でも』



『あんまりわがままは言わないでね』



 それが、彼女にとって呪いとなったのは、間違いないだろう。

 桐生すみれの父親の会社が、彼の判断だけで成り立つわけでもなく、再婚が必要だという設定だったとしても、ただの、桐生すみれを苦しませるためだけのシナリオだったとしても。

 そんな義理の母親の言葉には――吐き気がする。


「良い子でいなきゃ。私がちゃんと言うことを聞く良い子でいなきゃ。全部だめになるって」


 一度失った彼女は、もうわがままを言えない。



「助けて、助けてほしいけど……っ。でも……!」



 それを求めていいのか。もし、父親義理の母親側だったら。助けを求めてもっと最悪な結果になったら。

 そんな不安が、彼女に迷いを生じさせている。



「桐生――」



 俺の言葉だけじゃ、だめなのか。

 俺が、太郎じゃないから。主人公じゃないから。桐生には何を言っても届かないのか。



「桐生、俺は――」

「……大分、まどろっこしいことをしてるね」



 聞き覚えのあるウィスパーボイスに振り向いてみれば、謎のぬいぐるみパミュリャンと腹話術で会話するミステリアスな少女。笹川さららが入り口に立っていた。


「笹川、どうして」

「……月が、きれいだったからね……パミュリャンと……散歩してただけ、だよ」


 そうして笹川はこちらに近づいてくる。

 近づいてきて、そして。



「――――っ!?」

「古井戸さん!?」



 俺の右足に何かを刺した。鋭い痛みが走り、刺された場所がひどく熱くなって思わず蹲る。


「……私は、あんまり……優しくないからね」


 委員長と同じで、勝手に協力してくれるかと思っていたら。


「……触手、そこまで来てるよ」


 笹川は、敵、なのか?



「逃げ回るだけじゃ……だめだよ。あがいて、もがいて。ね……パミュリャン」



 笹川が先ほどいた入口まで、触手は来ている。



「ぐっ……桐生、逃げるぞ!」

「古井戸さん、でも」

「早くっ!」


 先ほどから明らかにスピードは落ちた。階段を上って、なんとか距離を稼ごうとするも、触手はすぐに追いかけてくる。


「古井戸さん、このままじゃ」

「分かってる……っ!」


 このまま走って逃げることはできない。歩くのがやっとな状況では、桐生と一緒に逃げるなんて。

 ここは3階。教室に逃げ込んでもすぐに捕まるだろう。じゃあ、後は、できることなんて。



『待って! 箱森さん!』



 ふと、あのとき。箱森とまだ太郎が仲直りをしていなかったあのとき、躊躇いもなく窓から飛び降りて無傷で着地していたことを思い出した。

 ゲームキャラクターだからできる。ある意味ギャグ的な身体能力。窓から飛び降りたり、現実では50kgくらいある女性をお姫様抱っこして歩くなんて結構苦悶の表情を浮かべるはずだが、にこやかにそれをこなすことができたりする、あの身体能力だ。


 古井戸ほまれは、赤来戸太郎よりは身体能力が高く設定されていたはず。ならば


「桐生、屋上まで走れるか?」

「え、古井戸さん、まさか」


 そのまま階段を上がり、屋上へ。

 追いかけてくる触手のことはあまり考えず、ギャルゲー特有の屋上の中でフェンスがない場所へ行き。



「桐生、しっかり捕まってろよ!」

「ふ、古井戸さん。本気で……!?」



 怪我をした足で、桐生すみれを抱きかかえて。





 咆哮を上げながら、地面めがけて飛び降りた。


※良い子はまねしないでください。

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