mission61 不穏な気配を察知せよ!
みけと箱森となんとなく遊んで日曜日が終わり、五月一日。月の変わった月曜日である。
フラグを確認できるようになった五月。日曜日の朝別れてから、初めて桐生と会う月曜日。
「おはようございます」
穏やかに微笑む桐生の服の下には無数の傷がある。そのことを、誰も知らない。
「おはよう桐生さん」
「おはよう、桐生……腕は痛くないか?」
小さめの声で確認すると、桐生は困った顔をして笑った。痛くないわけがない。……馬鹿な質問をした。
「ありがとうございます。でも、お二人のおかげで原因も分かりましたし、お祖父様やお祖母様にもお話できましたから」
かまいたちの仕業ではないから、何の解決にもなっていない。桐生のじいさんから聞いて別の原因は分かったが……ここからどう展開していくんだ? 何をすれば次のイベントが発生するのか未知数だ。
「桐生、その」
「二人とも、遅れちゃうよー」
太郎の呑気な声で会話が打ち切られる。チャイムが鳴る前に教室に滑り込み、瞬きをしている間に昼休みになった。相変わらず慣れないシステムだ。
と、文句を言っていると。
「放課後空いてる?」
燻りアイドル宮藤まなみがノートを手に話しかけてきた。できたら桐生も話をしたいところだが。
「この前の報告と今後どうするかを話したくて。桐生さんは空いてるみたいだし、笹川さんは今赤来戸くんが声かけに行ってるわ。後はアンタだけなんだけど」
そういえば桐生に土下座して委員になってもらったのを忘れていた。宮藤イベントになってきているような気もするが、メインの委員は太郎と桐生だし……これはこれで桐生の好感度に変化があるのかもしれない。
「分かった。放課後な」
「ん」
ツンケンしてはいるが、ノートが二冊目に突入している。あれからかなり出し物について考えてくれたんだろう……案外真面目だな。委員でもないのに申し訳ない。
「ねぇねぇーっ! 放課後」
「お前は部活だろ、鹿峰」
飛んできたアホの鹿峰は放っておくとして、笹川の方に視線を向ける。太郎と笹川とパミュリャンで話をしているようだが……パミュリャンがずっとこっちを見ている。なんか怖いから寝たふりでもしていよう。
そうしているうちに放課後になった。
「……で、宮藤さんとも話したんだけど、施設のみんなが楽しめる歌にしたらどうかなって」
た、太郎が真面目に、ふざけることなくみんなに説明ができている! あの太郎が! 幼少期しっこを漏らしまくって肩にカマキリ乗せて喜んでいた太郎が!
「なんで……泣いてるの」
「ちょっと太陽が眩しくてな」
『君は僕の太陽ってことかぷん?』
『やかましいわ』
思わず目尻に涙が浮かんでしまった。いかんいかん。太郎がせっかく真面目に委員をしているんだから、こちらもしっかりしないと。テレパシーを使ってカッスの相手をしている場合じゃない。
「あの、とても良いと思うのですが、ひとつ気がかりなことが……」
桐生が遠慮がちに手を挙げる。何か問題があっただろうか。
「これだと……宮藤さんの負担が大きくなりそうで。私楽器はピアノとバイオリンくらいしかできませんし」
「あ」
確かにそうだ。作詞・作曲が宮藤で、ギターも宮藤、ボーカルも宮藤だと、太郎や桐生がいる意味がない。ピアノとバイオリンしかとさらっと言える桐生ならまだキーボードとかをしてもらうこともできるだろうが、俺はタンバリンでも適当に叩くしかできない。太郎も同様だろう。笹川は……。
「ベースとか……さすがにできないよ。ふふっ」
ということで、即席バンドはできなさそうだ。バンドに明るくないからギターとボーカルとキーボードだけでいいのか分からんし……ギターをすでに持っている宮藤はともかくキーボードってどこから持ってくるんだ。借りるあてもない。
「じゃあ……歌は、却下ね」
「待て待て待て」
とはいえ、しゅんとしながらノートを持つ手に力をこめる宮藤を放っておくことはできない。あんなに色々考えて、この調子だとすでに曲と歌詞もある程度出来上がっていそうだ。
「歌はダメってわけじゃなくて、桐生も言ってたとおり良い案だし、みんな喜びそうだし」
なんかないか、なんかないか。道具を探る青いたぬきみたいに使えそうなものを周りの景色から何とか捻り出そうとする。雑多なロッカーに野球部の荷物に、壁に貼られたポスター、は……空手大会、第三十二回定期演奏会、オズと魔法使いのミュージカル公演にお地蔵100選でこの学校が紹介された時の記事とクラス新聞……あ。
「ミュージカルは、ミュージカルはどうだ?」
と、口に出したものの歌って踊るんだろうくらいしか知識はないが。強いて言えば、スクールアイドルの歌唱シーンがそれっぽくなっていたり、テニスをしながら歌い踊る王子様達の映像くらいしか浮かばないが、これは通常のミュージカルの解釈で合っているのか判断が難しい。
「ミュージカル、か」
「それなら歌は使えるだろ? あとは」
何が必要なんだっけ。割と限界まで頑張って捻り出した感があるから、ラケットの準備くらいしか思いつかない。
「ミュージカルですと、簡単な劇とメインが歌ですね。劇の途中でその心情を込めて歌ったり、状況を歌で説明したりすることもありますが……宮藤さんは今、先ほどの歌のイメージは作られているんですか?」
物知り桐生先生が解説してくれた。あとは委員がなんとかしてくれるのかもしれない。俺が待ちの姿勢に入っていると、宮藤は照れくさそうにギターを出した。
「えっと……ダメなところとかあったら、言ってくれると助かるんだけど」
そう言いながらギターを優しくかき鳴らし、それに声を乗せ始めた。ウィンナーの時も思ったが、やっぱり才能あるな。良い歌だ。歌詞にトゥルトゥルラブストーリーとか入ってるけど。
「……こんな、感じ」
終えた宮藤にみんなが自然と拍手を送った。
「宮藤さんすごく良いよ! 施設長さんのカツラは出てこなかったけど、でも中濱さんのプロポーズの言葉は入ってて!」
カツラはどうでもいいが、太郎はスタンディングオベーションしていた。宮藤の歌好きだなコイツ。あと中濱さんのプロポーズの言葉よく覚えてたな。モテた自慢の中に出てきてたっけ。
「すごく皆さんのこと見られているのが伝わってきました。きっと喜ばれますね」
「メロディも……ね、パミュリャン」
高評価に満足しているのかと思ったが、頬を赤く染めたままこちらに視線が向けられた。そういや、俺だけ何も言っていなかった。
「……良かったよ」
歌の感想なんてどう言ったら良いのか、桐生みたいに気の利く言葉が出てこなくて申し訳ないが、素直な気持ちを伝える。
「良かった……」
歌の初披露はそれなりに緊張していたのだろう。宮藤からは少し力が抜けた感じがした。
「ではこの歌をフィナーレで持ってくるとして、後のところは……」
桐生がまとめて、太郎が積極的に意見を出して、俺と宮藤がちょいちょいそれにツッコミ、笹川は案外さらりと鋭いところに気づく。なかなか良いメンバーで話をまとめることができた。桐生も時折笑顔が出ていて、なんとなくほっとする。
「ミュージカル、良いものになりそうだね。ほーちゃん!」
「だな」
太郎と二人、笑い合っていると。
「先輩……楽しそうだな」
唇を噛んで呟く。遠くからそんな誰かに見られていたなんて、この時は露ほどにも思っていなかった。
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