mission55 甘々わんこでキョーレツな愛情表現をせよ!
前回のあらすじ。
箱森に殺意が芽生えた。
「わ、わわっ! 本当に彼氏が二人来てるんでしゅね!」
「う、うん……今日はいろりちゃんと遊ぶって言ったんだけど……」
驚く宇柚月いろりを節目に太郎は髪をかきあげる。
「仕方ないだろ……俺の子猫ちゃんは放っておくとすぐにどこかの悪猫とランデブーしちまうんだから」
ランデブーはこの時代でもそこそこ死語な気はするが。
「そ、そうですわんっ! ご主人様と離れるなんて考えられないですわんわん!」
俺はもっと死にたい気持ちなのでそこは問題じゃなかった。なんで本当こんな設定にしたんだよ箱森ぃ!
「そんなわけで、二人も一緒だけどいいかな?」
「もちろんいいでしゅ! 今のぴよちゃんのこと二人からも聞かせてほしいでしゅ!」
宇柚月いろり。
攻略本には掲載されていないから、サブキャラだろう。隠しキャラの可能性も捨て切れないが、今の段階でそこまでは予測できない。
この時代そこそこいた舌ったらずな『でしゅ』キャラ。りゅんやらにょやらにゅやら様々な語尾キャラはいたが、でしゅはその中でも割と使われていたように思う。りゅんはもっと流行っても良いと思ったんだがな……。
それはさておき。
なるべく口を開きたくないのでついつい思考が遠くへ行ってしまうが、なるはやでこの宇柚月いろりとは別れてイベントを終了させたいところだ。
「じゃあそこのお店に入ろっか」
箱森が指差した店は、先程太郎や宮藤と入ったお店と桁ひとつ違いそうな佇まいだ。何でそこ選んだ。
「ぴよちゃんがいつも来てるお店なんでしゅよね?」
「う、うんっ。そうそう!」
この見栄っ張りが。絶対中入ったことないだろ。
「ふっ。心配するな。いつものとおり俺が奢ってやるから」
何言ってんだ太郎。設定にいくら書かれていようと言っていいことと悪いことがあるだろ。
「じゃ、じゃあいつもどおりお願いしようかなー……ナニカナ? 古井戸クン?」
「ご主人様、ちょっと顔を貸して欲しいわんわん」
宇柚月と太郎を先に行かせて箱森を詰める。
「え? で、なんだって? 太郎に奢らせるのか? ここを? この店の飲食代を?」
「いだいいだいいだい! ら、らいじょーぶっ! ちゃんと後で割り勘にするから!」
「割り勘でも高いんだよ!」
逆にこっちが奢って欲しいくらいだ。
「後で絶対なんとかするから! 神に誓って!」
「お前の言葉はなんでそんなに軽いんだ……」
絶対何とかならない予感しかしないし、箱森が求める神は存在しない。そう思わせる力がある言葉だった。
「え、遠慮しないで食べていいよー」
「じゃあこれにするでしゅ」
宇柚月は空気を読んだのか、パンケーキ等は頼まず安い紅茶だけにしてくれた。それでも一杯千円かかるが、他のものを頼むよりはよほど助かる。少し好きになりそうだ。
「じゃあぼく……俺はこれにするか」
「お前は僕と一緒にこっちにしとくわんわん」
なんで太郎が一番高いパンケーキメガ盛りのやつ頼もうとしてるんだよ。水でいい水で。一杯六百円するけどな。さっき食った昼飯より高い。
「わ、私は……今日は、これにしようかな」
チラチラこっちの反応伺うな。箱森も水にしてほしいところだが、普通にちょっと高めのコーヒーを選んでいた。割り勘じゃなく別払いでお願いしたい。
「ぴよちゃんは、高校はどうでしゅ? 楽しいでしゅか?」
宇柚月が探るように箱森に質問してきた。……探るように?
「あ、う、うん。百人の彼氏がいるから毎日楽しいよー! 毎日が文化祭、みたいな?」
チラチラこっちに助けを求めるな。自分で作り出した設定なので、自分で完結して欲しい。あと毎日文化祭は楽しいのかそれ。
「お、お二人はぴよちゃんのどこを好きになったんでしゅか!?」
宇柚月も急にこっちに振るな……。
「ぼ……俺は、宝石のような瞳と美しい赤毛にもう虜さ。ぴょこそ俺の隣に立つにふさわしい」
太郎もよく言えたな……。次は俺が言わなきゃいけないのか。俺が口を開こうとすると、
「いいな」
宇柚月いろりはぽつりとそう言って紅茶を口に含んだ。
「……いろりちゃん?」
箱森もさすがに空気が違うことに気づいたのか、俯いた宇柚月を気遣うように声をかける。紅茶に映る宇柚月いろりの瞳が揺れ、ぽつりと落ちてきた雫がそれを壊した頃、ようやく彼女は口を開いた。
「私は……学校、行けてないんでしゅ」
不登校。今はそんなに珍しくもない。誰しもそんな時期もあるだろう。フリースクール等、第三の居場所をと逆に学校に行かなくてすむ手段を進めているくらいだ。今は、そんな時代だ。
ただ、この時代はそうじゃなかった。
クラスに一人くらいはいたかもしれない。だけど、皆勤賞がまだ推奨されていたような時代で、どちらかというと珍しい存在。ギャルゲー的なイベントでも、どちらかというと学校に行くのがゴールなんじゃないだろうか。学校に行くことこそが、正しい時代だった。
「喋り方で急に笑われるようになって……私が何を言っても笑われて、何話していいか分からなくなっちゃって……でも、うまく治せなくて、また笑われて……」
紅茶に落ちる雫が増えていく。
「私が、ぴよちゃんみたいだったら、こんなふうにならなかったのに」
喋り方を笑われるなんて、よくある話で。ある日いきなり、なんてのもよくある話で。……それを、こんなギャルゲーに持ち込むなよ。クソバカ運営が。
「だ、だめでしゅね! 今日はぴよちゃんに元気をもらおうと思って、来ただけでしゅのに……」
花を積みに、という口実で、涙を拭きに宇柚月は席を立った。
「箱森」
箱森ひよりは黙っている。
「お前のキラキラ生活は、このままアイツに信じさせていいもんか?」
箱森ひよりは、
勢いよく、席を立った。
「わ、私……」
「箱森さん」
太郎も続ける。
「僕は箱森さんの彼氏じゃないけど……でも、友達だよ」
太郎の優しい声は、箱森にもきっと届いたはずだ。
「話して、くるっ……!」
トイレで何があったのかは知らないが、落ち着いた高めの喫茶店に似つかわしくない泣き声がたまに聞こえた後、二人は泣き腫らした目をしてこちらへ戻ってきた。
「赤来戸くん、古井戸くん。改めまして、久しぶりでしゅ」
そういえば、小学校の同級生だったか。太郎とも夏休み中、イベントじゃないだけで、もしかしたらどこかでエンカウントしていたのかもしれない。
「久しぶり宇柚月。すっきりしたか?」
「あはは、ほーちゃん。トイレはスッキリするところだよ?」
「そういう意味じゃねーよ」
言って、太郎を小突く。それに笑顔を見せてくれるなら、宇柚月は大丈夫だろう。
「最初、誰かと思ったでしゅ。特に古井戸くんはわんわん言ってて」
「忘れろ。箱森、ちゃんと説明したんだろうな」
「したした! したよっ! うん、わりとした!」
信用ならない言葉が返ってきた。
「まあ箱森もこんなだけど学校生活はそれなりに送ってるし……今のところが居づらいなら、転校とかしてもいいんじゃないか。こっちにはこんなだけど箱森もいるし」
「こんなだけどって2回も言った! 2回も言った!」
お前はこんなだろうが。
「宇柚月さん。僕も4月からこっちの学校だけど、ほーちゃんもいてすっごく楽しいよ。こっちに遊びに来なよ」
太郎の言葉に、また宇柚月は目を潤ませる。
「うん……もうちょっとだけ、がんばってみて。それでもだめだったら……みんなのところに行かせてほしいでしゅ」
すぐに転校、というわけにはなかなかいかないんだろう。それでも、"頑張る"という選択をした宇柚月は、また箱森と遊ぶ約束をして最後は笑顔で去っていった。
「あははっ。高いお店だと味わかんなかったね。ラーメンでも食べて帰ろうか」
箱森も。これを機に少し吹っ切れてくれるといいんだが。
「お前の奢りな」
「えぇっ!? こういう時は男の子が奢ってくれるもんじゃ……」
「調子に乗るな」
「僕、味玉乗っけたいー。ほーちゃん、半分こしよ」
そうして、仲良くラーメンを啜って帰路に着いた。夕暮れが、俺たちを優しく包む。
「って包まれてる場合じゃねぇわ! 早くお泊まりグッズ持って桐生の家行くぞ!」
「ふぇぇ……急に動くと脇腹が痛いよぉ……」
土曜日、18時半。
とっておきの本命イベントがやってくる。




