mission22 闇のゲームに勝利せよ!
「どうしよう……」
宮藤は言いながらこっちを見る。このどうしようは、『めちゃくちゃ困っているけど自分じゃどうにもできないから助けてくれ』の意味であり、ただ困って吐いている言葉ではない。本当に仕方ないな……。
「洗ってやるから磨けるもん貸せ。歯ブラシでもなんでもいいから」
「で、でも、今動けないっ!」
面倒極まりないが、家の敷地内にかまきりの破片を持ち込みたくないとのことだったので、俺が外で靴を持っている間に家の中から磨くものを探してくるということになった。
「嗅がないでよ!」
「誰がかまきりの臭いなんか嗅ぐか」
「私の匂いの方よ!」
なんでコイツは靴の臭いにみんなご執心だと思い込んでるんだ。そうして、しばらく靴を持って待っていると、宮藤が食器用の洗剤と歯ブラシを持って家から出てきた。
「はい、これ。お父さんの歯ブラシだけど」
「可哀想なことをするな」
この年代の子ってみんなお父さんに冷たいのか?
「ふふん。お父さんなら、新しい歯ブラシに変えたことの方に気を取られて私を褒めちぎるだけだから問題ないわ」
「ですって、お父さん」
「ふぁ!?」
帰ってきた宮藤のお父さんは静かに傷ついていた。
「え、お父さん? あ、あの今のは、違くて」
「ああ……うん。ただいま」
微妙な空気になってきた。帰りたい。
「靴を洗う用のブラシならそこにあるから……」
「すみません、使わせていただきます」
「あ、あの、えっと。今日は早かったんだねっ」
「うん……朝そんな話したはずだけど」
いたたまれない。靴を早く洗って帰ろう。食器用洗剤で良いのかは分からないが落とせればいいだろう。外の水道まで移動し、しゃこしゃこ擦る。
「ごめんなさい……。ブラシの場所分からなくて、自分の歯ブラシはなんか嫌でお母さんのはめちゃくちゃ怒られそうで、お父さんなら怒らないかと思って……。ごめんなさい!」
「いいんだよ。正直に話してくれてありがとうね」
宮藤は調子に乗ることが多いだけで性根が腐っているわけではなさそうだった。1周目なら清楚清純優しいアイドルのはずなんだから、これを機に元に戻ってくれると助かるんだが。最後に靴の裏を流して……これでいいだろう。
「ほら、靴」
「あ、ありがとう……」
宮藤はまだ抵抗があるのか、上の方を持って受け取った。まあ明日になれば忘れるだろう。
「それじゃあ、お邪魔しました」
「ごめんね。事情も聞かずに押し付けちゃって。洗ってくれてありがとう。あ、そうだ」
言いながら、宮藤のお父さんはポケットから何かを取り出した。
「これあげるよ」
夏のパン祭りの台紙だった。
「あと8枚貯めればお皿が貰えるから」
「……ありがとうございます」
なんとも微妙なものを貰ってしまった。ほまれの母親にでもあげるか。
「あっ、あの!」
帰ろうとしたら呼び止められた。今度はなんだよ。
「その……。名前、聞いてあげてもいいんだけど」
面倒くさい言い回しだが、名前を教えてくれということか。
「赤来戸太郎」
「あ、赤来戸」
「の友達だ」
「え、ん? 誰?」
待ちなさいよ、と言われた気もするが、これで問題ない。宮藤は本命でもキープ要員でもないが、意識してもらうなら太郎に越したことはないだろうしな。
さて、太郎はみけと神社に七並べをやりに行くんだったか。普通に室内でやれと言いたくもなるが、考えたら負けなんだろう。
「あ、ほーちゃん」
神社の参道は神様の通り道だ、いやそれは片側通行を促進するための後付けだなんだという話もあった気はするが、それはともかくとして、その参道で七並べをしているのはさすがに不敬なんじゃないだろうか。
「遅くなってごめん。七並べは捗ってるのか?」
と聞いてはみたものの、みけは落ち込んでいるし、なぜかいる本屋の娘の箱森ひよりは地面に突っ伏しているし。闇のゲームでも開かれていたのかと思うくらいトランプの周りで惨状が繰り広げられていた。
「勝てない……。いくらやっても勝てないよ……」
「うう、こんな魅力がないやつに可愛い私が負けるなんて……」
要するに太郎に負けて凹んでいるのか。子供だな。
「ほーちゃんも来たしもう一回やろうよ!」
「負けたくない……負けたくない」
「私は可愛いから大丈夫、可愛いから大丈夫、よし!」
なんか誘ってもらっている割に入りにくい嫌な空気だ。ルールを確認すれば、最初に7を出してそこから並べていくだけ。13が出ていてもそこから1を出すのは不可。その逆も然りというシンプルなものだった。それでこんな惨状になるか?
「じゃあ、僕からか……パス!」
なるほど。
「今度は負けないからねっ! ハートの8!」
「私はこれに賭けるわ、スペードの6!」
「スペードの5」
「うーん、もう一回パス!」
なるほど。みけと箱森は小学生らしく普通にプレイしていて、
「うう……出せるものがないわ。パス」
出せるものを出していき、
「ダイヤの8止めてるの太郎でしょ! もうっ!」
「えへへ」
太郎がパスを駆使しながらストッパーをしているのか。まあ、そういう無駄に頭を使うやつが勝てる確率は高いんだが。
「赤来戸くん最低!」
「太郎のばかっ! 降参!」
好感度が順調に下がっているように感じる。何やってるんだコイツ。
「ふふ……。ほーちゃん、一騎打ちだね」
みけと箱森がパス3回を使い切ってアウト。残るは俺とパス2回の太郎か。
「僕が止めてるのはダイヤの8。ダイヤの13を持ってるほーちゃんはどうするかな?」
言って、ニヤリと笑う。小物の悪役かお前は。しかし、みけと箱森がまた落ち込んでいるし、太郎の好感度のこともあるし……ここは、そうだな。
「ドラゴン」
「何、ほーちゃん」
キメ顔をして言ってやる。
「こんな勝利に意味なんてない」
その言葉に何故か激昂された。
「ば、馬鹿なっ! ほーちゃんだって勝つことが全てだって分かってるでしょ!?」
お前はじゃぼんから何を学んだんだ。友情と努力あっての勝利だろうが。
「勝つことの虚しさを今から教えてやるよ」
「勝つことの虚しさ……? そんなものないに決まってるじゃないか。返り討ちにしてあげるよ、ほーちゃん。……賭けるのは、命で構わないね?」
なんでいつの間にか小物化してるんだろう。俺がいない間に何がどうなったんだよ。
「パス」
「え? あ、じゃあ出せるのこれだけか。ダイヤの8」
「パス」
「ダイヤの9持ってるのほーちゃん? うーん。じゃあパス」
「パス」
「え、じゃあ僕も……。あ」
パスは3回までしかできない。試合終了だった。
「まさか……僕のストップクラッシャーシリンジスペシャルが負けるなんて」
「やたら名前つけるのな」
そしてあっという間に負けすぎだ。格好つけた俺の方が恥ずかしい。
「そんなわけで、一方的に勝っても何も楽しくないんだよ。対人プレイはみんなで楽しくが基本だ」
コンピュータ相手は知らんが。
「僕が間違っていたよ……。ゲームは楽しくするものだって久しぶりに思い出したよ!」
闇落ちからの光上げが早すぎるが、まあどうでもいいか。太郎が簡単に無駄にした命のことも、まあ触れないでおこう。
「太郎! ようやく気づいてくれたんだねっ!」
「そうよ、みんなで楽しくやらなきゃ意味がな……はっ、はっ……ひ、へく」
くしゃみか。
「ふ、く……うぅん」
口に手を当ててはいたが、また出なかった。
「好きだっ!」
「えぇっ!?」
変わりばえしない。
「太郎、ぴよちゃんのこと好きだったの?」
「ううん、全然」
「えぇっ!?」
箱森ひよりだからぴよちゃんか。それよりも。
「アンタ私のこと好きでもないのに二回も告白したの!? 嘘でしょ?」
「え、でも好きじゃないのは本当だよ」
「ふぁ!?」
ややこしいことになっていた。そろそろ止めておこう。
「ドラゴン。女の子が口に手を当てていても告白を待っているわけじゃない。というか、あの雑誌の大半は嘘だ」
「そうなの!?」
疑いを知らないのは怖いな。
「箱森さんの本屋にも置いてあったのに……」
「箱森の親父もおすすめにしていたが、それでも嘘だ」
「うちの本屋を悪く言わないでくれる!?」
まあ本を置いていただけで箱森に非は当然ないのだが。本のせいだからな。
「というわけで、ドラゴンは恋愛に疎いところはあるが、きっと高校生くらいになると良い奴になるよ。多分」
「今から努力しなさいよ……」
おすすめはしたものの、この二人も攻略対象ではないんだよな。桐生か鹿峰がいれば良かったんだが。……鹿峰、鹿峰か。
【体力・優しさが30以上】
初日から頑張ってあげてきた魅力がようやく30を超えたところ。あと四日。優しさ皆無の太郎じゃ間違いなく間に合わない。
「ほーちゃん、どうしたの? 次、大富豪だよ」
「そりゃまた……争いになりそうだな」
神社でのトランプに興じて過ごした10日目。
鹿峰わかなの攻略は、始まるまでもなく静かに幕を下ろした。




