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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

長雨

作者: ぺるがもん

「雨は嫌だわね」


 今日の定子様はとてもご機嫌ななめだ。

 水無月という呼び名が大袈裟ではないくらい雨が続いている。私たちはそんなに外に出ることがないとはいえ、雨の日は気分も重い。


「そうですね。雨は嫌いではないですけどこうまで続くと嫌ですね」


 別に雨自体は嫌いではないのだ。カエルとか楽しそうにしてるし、うるさい音も聞こえてこないし。


「中宮様が嫌だって言うのは別の理由からでしょうに」


 ここ数日、帝のお運びがない。なんでも病に臥せってるそうな。


「それはそれ。雨で憂鬱なのは関係ないわ」


 この方はこうやって直ぐに強がる。とても可愛らしいお方だ。本当は寂しくて、「今日は来ないのかしら、明日は来てくださるかしら」と一人でブツブツ言ってたのを聞いているのだ。


「納言、何か言いましたか?」

「いいえ、何も」


 おっと危ない。なかなか鋭いんだよね、こういう所は。


「ところで、今日参集なさったのは何でですか?」

「今日は貝合わせをしようと思って」

「みんなでですか?」

「ええ、みんなで」

「また私が勝ちますよ?」

「だから納言は一人で残りは私の味方ね」

「ひどくないですか!?」


 クスクスと定子様が笑う。ああ、この人が笑ってるだけで雨の日でも晴れやかな気分になるなあと思った。


 ちなみに貝合わせの結果は辛くも私の勝利。手強いのは定子様とさいしょーくらいだもんね。

 私が勝った以上は私のお願い聞いてもらおう。


「ああ、納言は強いわね。仕方ないか。何か褒美をあげるわ」

「でしたらこの間の唐渡の香を」


 露骨に定子様は嫌な顔をした。


「ええー、あれ、高かったのよ?」

「知ってますよ。だから言ったんじゃないですか」

「ん、もう、仕方ないわね。じゃあこちらにいらっしゃい」


 奥の部屋に招かれた。そこにはもう私と定子様しかいない。


「中宮様……」

「二人きりの時は定子と呼んでと言ったでしょう、諾子なぎこ

「すいません、まだ慣れなくて……」

「仕方ないわね」


 ふわりといい匂いがして唇が触れた。この人の唇はなんと柔らかいのだろう。ふわりと浮かぶ雲のような……いや、雲には触ったことがないから柔らかいかどうかは分からないんだけど。


 少しして唇を離す。唾液が朝露に濡れた蜘蛛の糸のように線になって未だ私と定子様の唇を繋いでいた。


「それにしても考えたわね、お香を持ち出すなんて」

「これなら同じ匂いがしていても怪しまれませんから」

「もう、諾子の悪知恵はいつもスキがないから時々困るわ」

「定子様が悪いんですよ。歳下なのに、手の届かない人だと思ったのに、私を誘惑したから」


 そう、私は初めて参内したあの時にこの方に魅了された。これほど美しい方を見たことがなかったのだ。

 それが第一印象。

 もちろんそれだけではなかった。定子様は才気煥発で漢籍の知識も豊富。誰も対等な話し相手のいなかった私が惹かれるのも当然だった。

 そして定子様は色んなことを教えてくれた。宮中の事、勢力図の事、公達の事、そして、女同士の事。


 そういう事に免疫のなかった私は溺れた。更に定子様にのめり込んでいった。それが定子様にはとても嬉しいらしい。


 定子様曰く、「納言は美人なんだから」だそうだ。野山を駆け回って居たので健康的と言うなら分かるけど女房としてはどうだろうか。少し小麦色に焼けた肌をこの方は綺麗と言ってくれる。

 いや、物珍しいだけかもしれない。

 それでも定子様は肌を重ねながら愛おしそうに私の肌を撫でてくれるのだ。

 お陰でもう私の体に定子様が触れてない場所は存在しない程だ。そして不敬ではあるが私も同じだけ触れている。


 言い訳のように唐渡のお香を焚いて、私たちは肌を重ね合った。お互いの身体を使ってお香を刷り込むように何度も何度も重ね合った。


「雨、やまないわね」

「そうですね」


 ことが終わって二人ともゴロンと裸で寝転がりながら外を眺める。


「我が身よにふるながめせしまに」

「やめてください、縁起でもない。単なる歳とったババアの戯言じゃないですか」

「小野小町が聞いたら怒って化けて出てくるわよ?」

「小野小町よりも定子様の方が綺麗だと思いますから」

「……もう、諾子ったら」


 衣服を整えて退出する。名残惜しいけどいつまでも一緒には居られない。


「それでは中宮様、失礼いたします」


 もうそこは公の場である。半端な態度は許されない。


「納言、この度は見事でした。また一層精進しなさい」

「はい。仰せのままに」


 後ろ髪を引かれながらも自分の局にゆっくりと歩いていった。

 雨はまだまだ止む様子はなかった。

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