9.竹刀と竹刀がぶつかる高く乾いた音がした
「ふわわわ〜」
と大あくびをしながらパジャマ姿のマコトが自室から出てくる。
トイレに行った後、キッチンに入る。
テーブルには簡単な食事が用意されていた。
しかしカヤの姿がない。
「珍しい。お出かけかな?」
今日は日曜日。
いつもであれば、カヤは父親と一緒に昼食をとろうと、その用意をしている時間帯だ。
ふと見ると、テーブルに一枚のメモが残されていた。
「試合に行ってきます」
それを手にしたマコトは「そっか、剣道部の交流試合だ。ゆうべ言ってたっけ」とうなずく。
「見に行こうかな」
と一瞬思ったが、どこで行われるのかを知らないことに気づいて「ま、いっか」と、そのまま朝食兼昼食を取り始める。
その頃、カヤは交流試合の会場となるアジガオカ中学校の体育館にいた。
体育館は熱気に満ちていた。
県内各地から10数校の中学校剣道部が参加していて、会場のあちこちで応援の声と歓声と、そして選手たちがあげる雄叫びが湧いているのだった。
選手たちの保護者も多勢集まっている。
選手たちの邪魔にならないように壁際に立ち、スマートフォンやビデオカメラで試合の様子を撮影している。
試合は個人戦形式で行われていた。
男女別の勝ち抜き戦。
カヤはこれまで二試合を勝ち抜いていた。
次に勝てば決勝戦に進むことができる。
その第三試合がいま始まろうとしていた。
防具をつけて竹刀を手にしたカヤは、試合場の中央に進む。
相手も同じように中央に進み出た。
軽く竹刀をあわせた瞬間、赤白の旗を持った主審の「始め!」という声があがった。
カヤは素早く面を狙って打ち込む。
竹刀と竹刀がぶつかる高く乾いた音がした。
「先輩、がんばって!」
マドカの応援する声がカヤの耳に届く。
ちょうどそのタイミングで体育館に一人の男性が入ってきた。
長身でスリム。ラフなポロシャツ姿。
口元には穏やかな笑みを浮かべている。
彼はしばらく周囲を見回していたが、やがて「いた」と小さくつぶやく。
彼の視線の先にはマドカがいて、彼女は両手を胸の前で組んで真剣な眼差しをしている。
彼はその視線を追って……軽く眉をひそめる。
「空野?」
次の瞬間、パシッ! と小気味のいい音がして主審が「一本!」と赤い旗をあげる。
「やったー!」
と、マドカが歓声をあげる。
周囲にいる選手たちも同じように喜んでいた。
勝利を収めたカヤを部員たちが囲んで「すごーい」「やったね」「先輩、カッコ良かったです」と口々に言っている。
そこに先ほどの男性が近づいてきて声をかける。
「マドカ」
「あ、パパ! 見に来たんだ」
「せっかくだからね。ママは?」
「仕事で来れないって」
「そう」と言った後、部員たちに向き直る。
「桜宮マドカの父です。いつも娘がお世話になっています」
そう言って礼儀正しく頭を下げた。
カヤを含む部員たちは慌てて頭を下げる。
沖田はニコニコとそんな様子を見ていたが、やがて視線をカヤに注ぐ。
カヤは「?」と首を傾げるが、沖田はニコリと笑ってうなずくだけだった。




