7.桜宮マドカは空野カヤの正体を知っている
「桜宮マドカの両親は離婚をしていて、マドカ自身は母親とイルカヤマに住んでいるが、父親とも仲が良く、たまに泊まりに行く」
とデビーが報告を続ける。
「で、昨夜も泊まっていたというわけだ」
「平日に? 学校に間に合うの? それにお父さんも会社でしょ?」
ミロクの矢継ぎ早の質問にデビーは「ふん」と鼻を鳴らす。
「マドカの父親はベストセラー作家の沖田けいすけだ」
それだけ言えば充分だろうという顔つきだった。
しかしもちろん充分ではない。
「デビーくん。それだけじゃ分かんないよ」
とピリポが大袈裟に両手を広げ、肩をすくめる。
「そうなのか。面倒なものだな」
とデビーは眉をひそめたが、素直に説明を加える。
「沖田けいすけは作家だから会社に行く必要がない。自宅が彼の仕事場だ。娘が泊まった翌朝はメルセデスで学校まで送ってくれる。ま、ご令嬢というやつだな」
「作家の人って朝が弱いイメージがあるんですが」
と、カヤは昼まで寝ている父親の姿を脳裏に浮かべながら言う。
「生活は実に健康的。毎日四時半に起床。しかも毎年フルマラソンの大会に出場」
「それだったら、朝はマドカちゃんと散歩していても良さそうなものじゃない?」
そうしていれば若い男たちに絡まれることもなかった。
「沖田先生は起床後すぐに執筆に取り掛かるらしい。えーと……」
とデビーは手にしていた本をパラパラとめくる。
「それは僕がデビュー前から頑ななまでに守り続けている習慣なのである。そして走るのは夜と決めている。夜のランがもたらす程よい疲労が質の高い睡眠につながり、爽快な起床へと結びつく……のだそうだ」
「それで、母親のほうは?」
とノーエルが言う。
「ああ、母親も同じような仕事だ。モリ出版という出版社で編集の仕事をしている。沖田けいすけとはそのつながりで出会って結婚したようだ。名前は桜宮圭子」
「離婚の理由はなんだったんですか?」
とトキオが遠慮がちに聞く。
「それは分からない。この本には発展的解消とかいう風に書いてあるだけだな。ただ、娘は二人して協力しながら大切に育てようと決めた、と」
「総合的に判断すると、さほど問題視するような人物ではないようだな」
と冷静な口調でノーエルが言った。
「ですね。もし、騒ぎ立てるような子なら記憶の抹消という手段もあるけど、どうやらいまのところは必要はないみたいだ」
とピリポが言い、カヤの顔を見る。
「だよね、カヤカヤ。誰にも言わないって言ってたんだろ?」
「はい」
廊下で後をついて来た時、マドカははっきりそう言った。
「では、その言葉を信じよう」
とノーエルがうなずく。
「ただ、桜宮マドカは空野カヤの正体を知っている。そのことで恣意的な行動をとるかも知れない。厳重とまではいかないが、ある程度の監視は必要と言えるだろう。それは意識しておいてもらいたい」
デビーとミロクとトキオがそれぞれにうなずき、カヤも
「はい」
と返事をした。