6.一応は情報を共有しておいた方がいいからね
教室から廊下に出たカヤはマドカをちらりと見た後、声をかけずに歩き出す。
マドカも声をかけてこなかった。
(勘違いだと思ってくれたのかな)
自分が目撃した天使が中学校の上級生に似ていたから、確認をするために教室に来てみた。
でもよく見ると、どうやら違ったようだ……。
と、そういう風に思ってくれたのかも知れないとカヤは考えた。
ホッとしながら廊下を曲がるタイミングで後ろを見た瞬間、それが間違っていたことを知る。
マドカがおずおずとした様子でついて来ていたのだ。
(顔に出しちゃダメ)
と自分に言い聞かせてカヤは足を止め、マドカに向き直る。
「あなた、さっき教室をのぞいていた人ね」
「わあ。声もいっしょ」
とマドカはそれには応えず、胸の前で手を組んでカヤを見る。
「………」
「先輩。私、誰にも言いませんから」
「えーと、あの……」
「朝、ちゃんとお礼が言えなかったので、それを言いに来ました」
「えーと、あのね」
「ありがとうございました!」
ペコリと頭を下げ、その拍子にセミロングの髪がふわりと揺れる。
そしてタタタタ、と走り出す。
数メートル先で足を止め、笑顔で小さく手を振ったあと、走り去った。
「困った」
とカヤは天井を仰ぐ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本郷帝都大学。
キャンパスの一画にある「見えない教会」にカヤは来ていた。
いつもの応接室に、いつもの顔ぶれ。
ノーエル、ピリポ、デビー、ミロク、トキオが揃っている。
「サケノハラなら、知り合いには会わないって話じゃなかった?」
とミロクがどこか楽しそうな表情で言う。
「イルカヤマからは離れていますからね。隣のまちのそのまた隣です」
とうなずくのはトキオだ。
ノーエルとピリポは無言で座っている。
「ところが、桜宮マドカの両親は離婚をしていた」
と言ったのはデビーである。手に一冊の本を持っている。
「どういうことですか?」
とカヤがデビーの手にている本を見ながら言う。
「マドカは母親と暮らしていて、住まいはイルカヤマにある」
「それなのに、どうしてサケノハラに? ……あ、そうか。お父さんの家がサケノハラなんだ」
とミロクがポンと手を打つ。
「ご名答」
今朝、カヤが同じ学校の生徒に目撃されたということを受けて、召集がかけられた。
あれからデビーが桜宮マドカについて調べ、その結果を報告するから集まってほしいとのことだった。
「ま、そんなに大きな問題じゃないけど、一応は情報を共有しておいた方がいいからね」
とはピリポが電話で告げたことだ。
カヤは部活を早めに切り上げ、制服姿のまま本郷帝都大学に駆けつけたのだった。