2.早朝ということで油断しきっているようだ
「いた」
バイパスに向かう市道の途中で赤のセダンを見つけた。
急降下して車窓から中をのぞく。
若い男がスマートフォンを見ながらハンドルを握っていた。
時折り前方に目をやるが、すぐにまたスマホに目を落とす。
早朝ということで油断しきっているようだ。
可視状態となったカヤは運転席のすぐ横につき、中をのぞきこむが、男は気づかない。
クルマの前に出て、男の方に身体を向けたまま飛び続ける。
さすがに、男は気づいた。
「え!」
という驚愕の顔になり、次いで急ブレーキの音が鳴り響く。
キキキキキィー!
急停止したクルマのなかで若い男は愕然とした顔つきでカヤを見ている。
クルマの鼻先に浮かんでいるカヤはリモコンを向けて「反省」のボタンを押した。
リモコンの先からビームが飛び出し、男を直撃する。
硬直、弛緩。そして、男は頭をかきむしる。
「毎日毎日、スマホ運転。毎日毎日、何のために」
かきむしった両手をワナワナと震わせながら、つぶやく。
「そこまでの情報なのか、オレ?」
そしてクルマからまろび出て、土下座の姿勢をとる。
「天使様、お許し下さい!」
涙目でカヤを見上げる。
「自分だけは大丈夫、絶対に事故を起こさないという根拠のない自信で運転をしていました」
カヤは無言でうなずき、そのまま上空へと飛び去る。
その姿を男は胸の前で手を組んで見送る。
(もう、どのボタンを押すのかはあまり悩まなくなった)
とカヤは思う。そして
(ただ……もう少し時間があったらなぁ)
と小さくため息をつく。
アルバイト採用が決まった日、カヤに命じられたのは「夜のアルバイトは禁止」ということだった。
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「夜は禁止? なんでだよ!」
とデビーが抗議の声をあげる。
「君も悪魔なら分かるだろ。危険だからだ」
と冷静な声で応えるのはノーエルである。
「だから、そのためにおれたちがいるんじゃないのか?」
「君たちはあくまでもサポート役だ。人間への直接のコンタクトは許されない」
「なんだよ、それ」
とデビーはむくれる。
天使のセットを渡された後、カヤたちは再び応接ルームへと場所を移動し、具体的な仕事内容についてすり合わせをすることになった。
テーブルの一方にノーエルとピリポが座り、反対側にミロクとトキオ、そしてカヤが座る。デビーは壁に背をあずけて立っていた。
カヤに向かって開口一番ノーエルが言ったのが
「アルバイトは日中だけにしてもらう。いつの時間帯が都合がいい?」
というものだった。
それに対してデビーが抗議の声をあげたというわけである。