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18.君には天使を辞めてもらう

 一週間後、再び学校に来るようになったマドカは思っていたより元気だった。

 ぎこちない笑顔で「おはようございます」と挨拶をしたマドカを見て、カヤは思わず抱きしめたくなった。


 マドカは、カヤには何も言わなかった。

 あの夜、自分を救ってくれたのがカヤだということは、マドカも察しているはずだ。

 それでも何も言わないのは、カヤの正体については口にしないという約束を守っているからだろう。

 それを思うとカヤはなおのことマドカのことが健気に思えてくるのだった。


「いっそのこと、私から言っちゃおうかな」

 とカヤはつぶやく。

「天使のアルバイトもクビになったことだし……」

 教室の机に頬杖をつき、遠くを見つめながらカヤはつい昨日のことを思い出す。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「空野カヤ君。君には天使を辞めてもらう」

 と開口一番にノーエルはカヤにクビを言い渡した。

 話がある、との連絡があり、カヤはいつものように本郷帝都大学の教会に足を運んだ。

 連絡事項には天使のセットも持参するようにとあったので「たぶんそうだろう」と覚悟はしていた。

 応接ルームにはノーエルがいて、ピリポがいて、デビー・ミロク・トキオがいる。

 その一堂の前でノーエルが解雇を宣告したのだった。


「なんでだよ! クビにするならオレだろ!」

 とデビーが声を荒げる。

 そのデビーをノーエルは冷静に見据え、

「もちろん、君にも責任を取ってもらおう。しかし、より責められるべきは、空野カヤ君だ」

 と言った。

「だから、なんでなんだよ!」

「少し考えればわかるはずだ」

 とノーエルは言ったあと、トキオとミロクに顔を向ける。

「君たちに関しては、今回はお咎めなしとする。ただ、以後は気をつけてほしい」

「……すみません」

 とトキオはうつむくが、ミロクは肩をすくめるだけで何も言わなかった。


「カヤカヤ。残念だけど……」

 と言いながらピリポがテーブル越しに封筒を差し出した。

「これ、残りのアルバイト代」

「ありがとうございます」

 とカヤは受け取る。

「君の働きには感謝している。よくやってくれた。できれば、ずっと続けてもらいたかった」

「そう言っていただけると、うれしいです。お世話になりました」

 カヤが頭を下げると、ミロクがからかうように言う。

「えらくあっさりしてるのね。あまり思い入れがなかったのかな、天使の仕事に」

 カヤは頭をあげ、ミロクを見る。

「だよね。そんなわけないわよね」

 とミロクは腕をのばし、カヤの目に浮かんでいる涙を指で拭う。


「私は……」とカヤはノーエルを見ながら言う。

「ルールを破りました」

「そうだな。天使にあるまじき行為だ」

 そこにトキオが口を挟む。

「夜は活動してはいけないってルールですか? でもそれはマドカちゃんを助けるためなんだから」

「だからなおさらなんです」とカヤ。

「え、どうして?」

「えこひいきになるからです」

「えこひいき」

「なるほど、そうか」

 とデビーが舌打ちをする。


「その通りだ」とノーエルが全員を見渡しながら言う。

「桜宮マドカが窮地に陥った時、なぜ君たちは助けようとしたのか? トキオはデビーに連絡をし、ミロクはカヤの家を訪れ、デビーは空野カヤ君の命じたことを受けて人間の前に姿を現した。そしてその人間に対して自立でもなく共感でもなく反省でもない処置を施した。そうした一連の行為はすべて、桜宮マドカが空野カヤ君と親しい間柄だったからだ」


「それのどこがいけないんですか?」

 とトキオが言う。

 それに対してノーエルは静かに答える。

「もし君の目の前を通ったのが桜宮マドカではなく、まったく知らない女の子だった場合、君はデビーに連絡したか?」

「それは……」

 トキオは二の句が継げない。


 しばし、誰も何も言わない。

 やがてデビーが口を歪めて言う。

「おっしゃる通りだ。でも……だったら、おれたちはどうすれば良かったんだ? 黙って見ていろと?」

「別の天使が現れるのを祈るべきだった」

「祈って待つ、か」とミロクが肩をすくめる。「十中八九、そういうことが起きないことを分かっていて、それでも?」

「それでも、だ」

「ルール優先なわけね。目の前に、十中八九、傷つくことが分かっている女の子がいても、それでもルール優先」

 ノーエルは応えない。

 無表情のまま立ち上がり、応接ルームを出て行った。


「ピリポさん。これ、お返しします」

 とカヤは天使のセットを差し出す。

「あ、そだね。確かに受け取ったよ」

 ピリポは受け取り、そして何か言おうとして口を閉ざす。

 結局、何も言わなかった。

 デビーもミロクもトキオも無言だった。

 カヤは立ち上がり、小さくお辞儀をして応接ルームから退出し、教会の通路を抜けて、外に出た。

 振り向くことはしなかった。

 もう教会は自分の目には映らないことが分かっていたからだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 やがて授業開始のチャイムが鳴る。

 カヤは回想から目覚め、教科書とノートを開く。

「天使じゃなくても、できることはあるさ」

 と小さくつぶやき、背筋をのばし、前を見つめた。

 一時限目は現代国語の授業だ。



こんにちは。作者です。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


続けて『天使は、時給で。III 白い羽根をつけた美女子中学生は双子天狗の攻撃から身を守れるか?』を掲載していこうと考えています。

その節はどうぞよろしくお願いいたします。


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