16.美少女には自覚が必要なんだよ
シロナガス公園。
その一角の植え込みの奥で、マドカは見知らぬ男に押さえつけられていた。
声をかけられたのは、ほんの10数秒前だ。
振り向いた瞬間に口を抑えられ、横抱きにされた。
そのまま近くの植え込みの奥に連れ込まれ、上からのしかかられたのだった。
あっという間の出来事で、抵抗する間も、声を出す間もなかった。
「君は美少女としての自覚が足りないね」
と男は含み笑いの声で言った。
公園に照明はあるが、申し訳程度の光しか放っていない。
男の表情は暗くてさだかではなかった。
それが不気味さを際立たせていた。
「………」
「ダメだよ、それは。美少女には自覚が必要なんだよ。私は大丈夫、危ない目に合うはずがないって、何の根拠もなく思っていただろ? 美少女なのに。美少女のくせに。美少女でありながら!」
男は急に激昂する。
その声の調子にマドカは身をすくませる。
「美少女はね、自分が男たちの視線を引きつける存在であるという自覚と、その結果として狙われる、さらには襲われるかもしれないという危機感を常に持っていなければならないんだ。君には難しいかも知れないけど、それをトレードオフという。ただ能天気に安穏と、何の危機感もないままに生きていていいのは美をともなわない少女たちだけなんだよ。彼女たちはそのための代償を、少女でなくなったあとでも、生涯にわたって払い続けるわけだから、それくらいのことは許されてしかるべきだ」
「………」
「しかし、君は許されない」
シロナガス公園にはすでにデビーが到着している。
黒々とした羽根を広げ、苦々しい表情でマドカと男を見下ろしていた。
替え玉を食べられなかったこともあり、デビーは激しく苛立っている。
できれば、すぐに男の首根っこをひっとらえ、どこか遠くへぶん投げたい。
しかし人間との直接的なコンタクトは許されていない。
デビーは不可視状態のまま見守るしかない。
そのうちカヤがやって来るだろう。
夜の活動は禁じられているが、いまはそんなことを言っている場合ではないと判断するはずだ。
空野家。
玄関先で父と訪問者が話している様子が伝わってくる。
話の中身まではわからないが、どうやら訪問者は女性のようだ。
しばらくして、父のマコトが浴室の扉の向こうで声をかける。
「カヤ」
「なーに? 誰か来た?」
「うん、それがね……」
と父が言い淀む。
「どうしたの?」
「お父さん、どうも飲みすぎたかな……。カヤの友だちってんだけど、なんか弥勒菩薩にそっくりな人なんだよね」
それを聞いた途端、カヤはざばっとバスタブから立ち上がる。
ミロクが訪ねて来た。それは非常事態を意味している。