12.先輩、飛んでないかなあ……
流れ星が夜空を横切る。
空野家ではキッチンでマコトとカヤが夕食を取っていた。
カヤは今日あったことを話す。
ふんふんとうなずきながら聞いていたマコトだが、マドカの父親の話になったところで目を丸くした。
「え、沖田けいすけ?」
その反応にカヤもまた目を丸くする。
「どうして、そんなにビックリするの?」
「あ、いや、えー」
「お父さん、もしかしてファンなの? サイン、お願いしてみようか?」
「いや、いらない。いや、いらないから」
「どうして二回言うの?」
「いやいやいや、マジでいいから」
「?」
首を傾げる娘から目をそらすようにしてマコトは急いで食事をかきこみ、そして自室へと戻っていった。
翌朝。
こちらは桜宮家。
マンションの最上階にあり、バルコニーからの眺望が素晴らしい。
近くには低い山地が連なり、緑が美しく映えている。
その景色ではなく、マドカは空を見ている。
(先輩、飛んでないかなあ……)
そのマドカの背中に声がかかる。
「じゃあ、今日7時にイカオオジ駅の本屋さんでね」
振り返ったマドカは室内へと入る。
「改札出たところの本屋さんだよね」
「中央改札の方だよ」
「うん、わかった」とマドカはうなずく。
「でもママ、遅れないでね」
「頑張る」
とドレッサーの前でイアリングをつけた後、全体をチェックする。
「ま、こんなもんね。じゃ、行って来まーす」
と明るい色のスーツに身を包んだ圭子はテーブルの上の大型封筒を手にした。
おそらくは原稿のゲラが入っている封筒には「モリ出版」というロゴが印刷されている。
「行ってらっしゃい」
とマドカは玄関口で母を見送った。
カヤが通学路を歩いていると背後から「せんぱーい」という声が聞こえてきた。
振り向くまでもなくマドカだということはわかるが、カヤはもちろん足を止めてちゃんと振り返る。
「おはよう」
「おはようございます」
と少し息を弾ませて挨拶を返してくる。
「先輩。私、今日は部活、早退させていただきます」
「何か用事?」
「今日はママの誕生日なんです。だから外でお食事」
「いいね。何食べに行くの?」
「えーとですね……あれ、なんて言ったかな?」
とマドカは首をひねる。
「なんか発音しにくいお店でした。ママが取材で行ったとか……」
そんなマドカをカヤはおかしそうに見ている。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フレンチレストラン「アラプロシェンヌ」。
街のメインストリートから外れた路地にあるその店でマドカは母親の圭子とディナーを取っていた。
料理はコースで供され、給仕が一皿一皿の説明を行うが、マドカにはちんぷんかんぷんだった。
「へぇ、そうなの。パパと空野さんが会ったの」
「うん」
とマドカはうなずく。
昨日の交流試合の話をしたのだ。
「それでパパ、空野さんに何か言ってなかった?」
「何かって?」
「うーん。例えば、空野さんのお父さんやお母さんのこと」
「剣道を始めたきっかけはお母さんに言われたからだって」
「そ」
「どうしたの?」
「んー」
と圭子は目を斜め上に向ける。
マドカは「?」と首を傾げる。