11.凄く可愛いのに、なんかピシッとしていて
体育館を出たカヤが向かったのは校庭だ。
渡り廊下の先にある校舎にマドカがいるなら、迷うはずがない。
迷っているということはそれとは違う方向に行ってしまったということで、校庭に出ると学校全体が概観できると判断したのだった。
そのカヤが目を丸くして足を止めたのは、校庭側の校舎の角を曲がってマドカが走ってくるのを見つけたからだ。
しかも、数人の男子学生に囲まれて。
「あ、先輩!」
とマドカは頰を紅潮させながらカヤの前で足を止める。
「どうしたの?」
「迷ってたら、この人たちが助けてくれて」
「お礼は私が言っておく。ダッシュ!」
「はい!」
マドカは男子学生たちにペコリと頭を下げて体育館に向かう。
それを見送ったあと、カヤは彼らに向き直り、
「後輩を助けていただき、ありがとうございました」
と頭を深く下げた。
「礼なんていらねーよ」
「たいしたことしてねーし」
と男子学生たちはぶっきらぼうに答える。
(照れてる)
カヤにはすぐに分かった。
マドカといっしょに走って来てくれたくらいだから、彼らは本質的に優しいのだろう。
少し服装は乱れているが、それもご愛嬌というものだった。
(天使のアルバイトをしている時、あなたたちに会いませんように)
とカヤは思いながらもう一度頭を下げる。
ピシー!
とマドカは相手の選手にきれいに面を打たれて負けた。
終わって防具を脱ぎ、ホッとしたところでカヤが戻っていることに気づく。
「あ、先輩。どうも、すみませんでした」
「大丈夫。ちゃんとお礼は言っておいたから」
「ありがとうございます」
その後、いくつかの試合があった。
カヤは決勝で惜しくも敗れたが、自分なりにベストは尽くせたと納得していた。
全体的にイルカヤマ中学校の剣道部は健闘したと言えるだろう。
顧問も満足そうな顔をしていた。
「今日はみんな頑張ったな。気をつけて帰れよ」
「ありがとうございました!」
帰り支度を終えたカヤに、マドカが近づいてきて言った。
「先輩。良かったら、パパのクルマで帰りませんか?」
「それは助かるけど……どうして私?」
「パパが誰か誘って来なさいって。……あのう、迷惑でしたか?」
「まさか」とカヤは首を振る。「ありがとう」
その言葉を聞いて、マドカはうれしそうに笑った。
白いメルセデスベンツが市道を走る。
ハンドルを握る沖田は片側二車線の左側をキープしていた。
「マドカが剣道なんて意外だったけど、そうか、空野さんにあこがれてね」
とルームミラーをちらっと見て言った。
ルームミラーには後部座席のマドカとカヤが映っている。
「あこがれなんて、そんな……」
「ホントです! 体験入部の時にカッコイイなって。凄く可愛いのに、なんかピシッとしていて。姿勢とか表情とか」
(それで覚えていたのか……)
とカヤは先日の朝の公園での出来事を思い出す。
「空野さんはどうして剣道を?」
と沖田が言った。
「母に何か武道を習っておきなさいって言われたんです」
「……お母さんが?」
「お母さんも剣道をされているんですか?」
「何もしてなかったと思う。インドア派だったし」
沖田が軽く眉をひそめたのは、カヤが母親のことを過去形で話したからだ。
しかしその表情に気づくことなく、後部座席でマドカとカヤがたわいのない話をしている
「お母さん、インドが好きだったんですか?」
「違うよ、インドアというのはね……」