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オンラインワールド“地球”

作者: 白烏黒兎

「ふ、ふへへへ。今日は来てる、来てるぞぉ」

 思わず不気味な笑みを浮かべてしまうが、抑えられないので仕方ない。

 オマケに、全身を固めるのは縁起物の装備だ。

 和服ではあるが、全身に鯉が描かれており、背中には大きく『福』が印字されていた。

 恵比寿の面を被り、頭には鶴と亀が交差する冠、耳にはサイコロを模したイヤリング。

 首には白蛇を模るネックレス。腰には小槌を下げ、釣竿を背中に掛ける。

 その姿はどこに出しても恥ずかしい不審者である。

「だけど、この装備一式が一番LUK値が高くなるんだよな……」

 周囲にお子様や女性が居れば、警戒は当然として最悪は通報されてもおかしくはない。

 幸か不幸か、男の周りには人の姿は影も形もなかった。

「それはともかく、一日一回引けるボーナスガチャでまさかの(スーパー)(レア)!! それも“強化成功率+10%”……っ! 本当は(ウルトラ)(レア)の“強化成功率+20%”が良かったけど、URなんて年単位でお目に掛かれないし、ガチャの排出アイテムが豊富過ぎて狙うのは不可能だしな」

 そう呟く男は、眼前に置かれた立方体の機械に意識を向ける。

 機械の表面にはエネルギーラインを表す青白い線が走っている。

 まるで(サイエンス)(フィクション)チックな機械だが、その使用用途はファンタジー寄りなのでコメントに困る。

「さぁ、頼むぜぇ“合成機”ちゃんよぉ」

 “合成機”と呼んだ機械の天板のセンサーへと手を伸ばす。

 センサーに手を当てると、僅かな間を置いて機械が動き出す。

 ガスが抜けるような音やモーターの駆動音を響かせながら、展開図のように天板が開く。

 天板に隠されていた内部にはスリットが幾つも刻まれていた。

「……ふぅ」

 男は深呼吸を一つ行うと、スリットにカード状の物体を差し込んでいく。

 すると目の前に通称“表示枠(ディスプレイフレーム)”と呼ばれる半透明の板が浮かぶ。

 表示枠には、差し込んだカードの名前とデフォルメされた絵が表示された。

「素材の質は最高ランクで成功率の減少は無し。成功率アップアイテムは全て現状手に入る最高の物。だけど、強化元は強化のやり過ぎでアイテム保護が使用できない、か」

 カードを全てスロットに差し込むと、表示枠には成功確率が“90%”という数字が表示されていた。

 更にその下には全財産の3分の1が消し飛ぶ消費金額が表示されていた。

「あと10%……だけど、この機を逃せば次に“強化成功率”が引けるかは分からない。それに低レアの“+1%”や“+5%”とか引いた所で意味が無さ過ぎる。素材もアイテムも金も充実している今が好機!」

 表示枠に浮かぶ機能の行使ボタンに触れる。

 再度の確認と警告を行う表示枠が現れる。

 失敗すれば強化元と使用した素材が消失するからだ。

 が、ここでキャンセルするつもりはないので続行ボタンを押す。

 これで、もう後戻りは出来ない。

 実行の指令(コマンド)が与えられた機械は、天板を閉じて駆動音を響かせる。

 工程の終了までは10秒程度だが、それが果てしなく遠く感じられた。

 10秒後に泣くのか笑うのか、それは神のみぞ知る。


          ●


 子供連れの家族や初々しい男女が日常を謳歌している自然公園。

 その片隅に俺は居た。

「ああ、空はこんなに青いのに……」

 芝生に寝転がって雲一つない青空を見上げる。

 かつては大気の層で彩られていた空は、今や1と0で構成される青のグラデーションだ。

 あの先には青が広がるのみで、星々の海は存在しない。

「まさかの1割……。ハハッこれで5年分の労力がパァだぜ」

 涙はとうに枯れ果てた、今出るものは乾いた笑いだけだ。

「あと一回成功すれば、レアリティも上がって“不壊”が付いたのになぁ」

 どんなに嘆いても、あのアイテムは帰ってこない。

 だからといって、嘆かない理由にはならない。

「あー駄目だ。気力をゴッソリ持っていかれた。暫くは遊んで過ごすか……」

 貯蓄は無駄にある。

 考えて使えば数世紀は遊んで暮らせるが、考えるのも嫌なので一年だけ豪遊する事にしよう。

 なんて、考えたのが悪かったのだろうか。

「それは丁度良かった」

 突如掛けられる声。

 それは、今聞きたくなかった声だ。

「……お役人がしがない冒険者に何のようで?」

 声の元へ視線を向けると一人の男が居た。

 メガネを掛け、スーツをビシッと着こなすイケメンだ。

 足が長く長身である事もそうだが、種族が美形揃いの“エルフ”であるのも一因だろう。

「そう邪険にしないでください。今回の依頼は討伐でも採取でもなく長期休暇なんですから」

「長期休暇の依頼? 何言ってんだ? 冒険者の休みは冒険者が決めるもんだ。んなもん依頼されるまでもねぇよ」

 つっけんどんに突き放す。

 仮にも国家の使いであるが、それが許される立場であるし、下手に出れば良い様に利用されるだけなのは、この陰険エルフとの長い付き合いで知っている。

「えぇ、そうです。ですが、そうも言っていられないんですよ」

 苦笑するが、メガネの奥で細まる瞳は真剣そのものだ。

 知っている。

 この表情をする時は、大抵拒否できない状況になっているんだ。

「この度、国会で“高校卒業資格”を持つか、“高卒認定試験”を合格した方でないと、レベルキャップが100で固定される法案が可決されたんですよ」

「は? 今なんて?」

 精神的に参っていたせいか、言葉を理解できなかったようだ。

 聞き間違いだろうと思い、もう一度聞き直す。

「ですから、最終学歴が“中学卒業”の方や、貴方の様に不登校などで高校を中退した冒険者の方は、高校生活を送ってもらうことになりました」

 聞き間違いじゃなかった。

 というか、自分の経歴まで調べられたのか、1世紀以上は昔の話だぞ。

「いやいやいや、今更ガキに混ざって学生生活とか無理無理無理!! それに調べたなら知っているだろうけど、俺が不登校になった理由は同級生からのイジメが原因だぞ!? またイジメられたらどうすんだよ!?」

「ははは、何を仰る。例えそうだとしても、たかだが15歳の子供は深部のモンスターよりも恐ろしい存在であると?」

「そう言われると、返す言葉も無いけどさぁ……」

 吐息一つで山を吹き飛ばすような相手と比べるとするならば、お役人の言う通りだ。

 だが、昔受けた嘲笑と暴力は今も心に爪痕を残している。

 今の自分なら不登校になる事は無いだろうが、進んで通いたいとも思わなかった。

「アレじゃ駄目なのか、さっき言っていた“高卒認定試験”とやらに合格するのは?」

 可能なら集団で過ごす事は避けたかった。

 そう思っての提案だったが、

「残念ですが、今回貴方に課せられた条件は全日制で卒業した場合のみとなっています」

 あっさりと却下されてしまった。

「というか、自分で言うのもなんだけどさ。仮にもこの国のトップランカーよ? 化け物揃いの深部から貴重な資源を回収して、この国に還元しているランカー冒険者様よ? それにさっきの条件だと、知っているだけでも結構な人数の高位冒険者が高校生活を送る事になるけど、大丈夫か?」

 冒険者とは、炭鉱夫であり、樵であり、狩人であり、猟師であり、トレジャーハンターである。

 簡単な話、化け物が蔓延る場所を駆けずり回り、素材やらお宝なりを回収する職業だ。

 遠くへ向かうほど敵である化け物は強くなり、敵が強くなればなる程に常識では考えられないような資源が手に入る。

 実際、自分が普段から駆けずり回っている場所では、一週間に満たない期間の冒険で国家予算並の資源を稼げる。

 その分、準備や装備の整備への出費も国家予算並に掛かるが。

「全日制って事はそう冒険に時間を取れないだろ。休日が二日としても、往路を考えると回収できる資源は高が知れてるぞ?」

 冒険者が回収する資源は直接的にも間接的にも国力に直結する。

 それは他国も同じであり、保有する冒険者の数と質が国力の差を決定付けるのが今の世界(・・・・)だ。

「資源の回収率の減少については、こちらも承知の上です。こちらとしては、特記戦力である貴方の首に紐を結べる可能性は万金にも勝りますから」

「そういうのが嫌だから、深部に潜っている部分もあるんだからな?」

 国民として祖国の税や秩序を守るのは優先だ。

 ただ、自身を利用して成り上がろうとする人間にわざわざ関わりたくはない。

 そういう連中に限って、理や情で縛ってこようとするのだから始末に負えない。

「てか、ゴチャゴチャ言ったが、こんな馬鹿げた法案が何で通ったんだ? 冒険者を拘束するって事は、国の戦力に影響がでるぞ。100レベ以上の冒険者を三年も拘束していたら、他国がチョッカイ出してきてもおかしくはないぞ」

「それについてはご安心を。何故ならこの法案を提出したのは――」

 お役人は手首の動作だけで、お互いの間に表示枠を出現させる。

 内容を確認しようと覗き込むと、運営放送のチャイムが鳴り響く。

『これより全国家(サーバー)にイベントの告知を行います。それは1世紀前の“世界変換(オーバーライド)”の際、甘くも酸っぱい青い春を楽しむ間も無く闘争へ借り出された方々への朗報です。お知らせするのは……新学期に起こる新たな出会い! 時には喧嘩し、時には手を組み、時には抱き合って涙を流す“友情物語”。気になるあの子へのアプローチ。ライバルは同級生、まさかの友人の裏切り、周囲のしがらみを乗り越えて、あの子のハートを手に入れろ! “告白大作戦”。“部活に勉強に恋愛に、掴むは貴方だけの青春!”。――全国家(サーバー)にてワールドイベント、“Re:モラトリアム期間、青春をもう一度”の開催を告知いたします。期限は3年、参加対象者は開催時、レベルは年齢に合わせて制限され、年齢は15歳に再設定されます。また、イベントの開催中は国家(サーバー)間抗争や(ギルド)()(ギルド)などの大規模大戦機能は一部を除いて制限となります。さあ、思い思いの(ロマン)を叶えるべく、希望の高校にレッツ申請! ――開催時期は次年度の4月から3年間となりますので対象者の方は準備をお願いします』

 まるで歌い上げるかのようなアナウンスが、辺りに響き渡る。

 さらには、公園内の掲示板に新たなお知らせが更新される。

 それらの内容は、眼前の表示枠と全く同じだった。

「――(システム)によるものですから。いやぁ良かった、貴方は最後まで連絡がつかなかったんですが、こうして告知に間に合ったようでなによりでした。あ、単位が不足すれば当然留年しますので、それだけは絶対に避けてください。一年でも復帰が遅れれば、それだけ国家の安寧が脅かされますので。――では用は済みましたのでこれにて失礼しますね」

「……うそーん」

 呆然とする自分を置いて、仕事は果たしたとばかりにお役人は去っていく。

 夢とばかりに思いたかったが、翌日になっても告知は町の至る所に表示されていた。

 現実逃避に日課のボーナスガチャを引くと“UR:強化成功率+20%”であった。

 俺は久々に味わった世の無常さに、枕を涙で濡らして不貞寝した。

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