93.負のスパイラル
こうして、エリアスの切り札のおかげで何とか窮地を脱する事に成功した一行は修練場を後にしてワイバーンで飛び去って行く。
アディラードの攻撃によって修練場の冒険者や職員達を1人残らず殲滅出来たのは良いが、これで完全にソルイール帝国のギルドを敵に回してしまった事になる。
遅かれ早かれ、英雄であるエジットの耳にもこの修練場の話が入ってしまうだろう。
そしてニールは帝国やギルドから指名手配されているので、これから行く先々でエジットやセレイザの息の掛かった連中に待ち伏せされている可能性はかなり高い。
それを考えると、目的だった遺跡の情報が記載されている地図を手に入れて自分のハンドメイドの武器も取り返したのに、ニールの表情が浮かばないのも当然と言えば当然かも知れなかった。
「これから俺達、どうなってしまうんだろうな……」
修練場を1つ丸ごと潰してしまうと言う、これだけの大きな騒ぎを起こしてしまえばタダでは済まないだろう。
それに気になるのは、ギルドの職員が口走っていたあの一言。
『くそ……帝国のギルドが世界を席巻する前にここで終わるなんて……』
この一言が未だに気になって仕方無いのだが、そう言えば前にユフリーの口から似た様な事が語られていた記憶があると思い出して、一緒にワイバーンに乗っている彼女自身に尋ねるニール。
「んー、それは……分からないわね。前にも言った通り、私もその統合云々って話はあくまでも噂程度にしか聞いていないから。でも、ある程度の予想はつくわよ」
その予想とやらを、ワイバーンが飛行する事によって発生する風を受けながら聞いてみる。
「予想って?」
「他の国のギルドとの関係ね。ギルドは世界中にあるけど、それぞれの国内のギルドはそれぞれの国が運営しているの。その総本部では年に1回各国のギルドの代表が集まって、成績発表をする舞台があるのよ」
「何だか大掛かりだな」
「そうよね。で、その成績発表は各国のギルドの依頼の達成率とか登録者の人数とか、とにかくありとあらゆる要素をひっくるめてトータルで決まったのが発表されるんだけど、その成績がそのまま国力の証明にもなるからね」
そこまで聞いたニールは、もしかして……と自分の予想を述べる。
「なぁ、それってもしかするとギルドの運営にも関わって来たりするんじゃないのか?」
「その通りよ」
ご名答、と頷いたユフリーは更にその成績発表のシステムについて続ける。
「成績が良かったギルドを有している国には優先的に報酬が高く、それでいて達成の難易度も低い依頼が回される様になるの。反対に、最下位の国にはもう目も当てられない様な単価の低い、しかも難易度も高い割に合わない依頼しか残らない不公平なシステムね」
しかし、それについてニールは違和感を覚える。
「おいおいちょっと待て。ギルドってのはそれぞれの国が管理しているんだろ? だったらその国の依頼はその国で処理されるんだから、難易度も優しいのから難しいのまであるだろう。だからシステム的に変じゃないか?」
国の中で処理される依頼に関して言えば、そのシステムを適用しても関係無いだろうと思うニール。
だが、それにもまた色々と制限があるらしい。
「うん……確かに貴方の言う事もそうなんだけどね。国を跨いで行われる依頼って言うのもあったりするのよ、ギルドの中には。他国に行ってそこで依頼を達成して、自国の手柄にしてくれって」
「……うーん、良く分からん」
システムの説明が複雑になって来て、頭の中がゴチャゴチャとこんがらがるニールに対して、ユフリーは自分の例を出してかみ砕いて説明する。
「例えば……私はこのソルイール帝国のギルドに登録している冒険者なんだけど、その私が西の隣国のリーフォセリア王国に依頼をこなしに行くじゃない?」
「ああ、そこまでは分かる」
「それで、そのこなした依頼の手柄はソルイール帝国のギルドに登録されている私のものになり、結果としてソルイール帝国のギルドの評価も上がるの。ギルドの冒険者って言うのは一旦登録してしまえば何処でも活動出来るんだけど、そのギルドに登録した国によって回される依頼も変わる。さっきの成績発表の舞台で決められた順位でね」
「……あ!」
ようやくここでニールもピンと来た。
「つまり、その理屈で言うと最下位に近ければ近い程に依頼の内容がハードになり、それでいて単価が安くなる。それが他国に跨る依頼であっても……」
「ええ」
「それで、他国で誰もやりたがらない様な依頼は下の順位の国に回して安く請け負って貰う。一方でその依頼を安く請け負った国は、そんな安くてきつい依頼をこなそうとする冒険者が居ない。しかも難易度が高い割に報酬も安いとなれば冒険者の評価も低いから、請け負えば請け負うだけ順位が上がりづらくなる。となれば……負のスパイラルじゃないか、それって」
「その通りよ。まさに冒険者を使い捨てにするシステムだから、冒険者を転がす……とでも言うのかしら?」
話を聞けば聞く程、まあ何とも悪質なシステムだ。




