8.避難
酒場から脱出したニールはそのまま集落の出口に向かって走る。
先程確認したのだが、どうやら現代のタクシーと同じ様に金を払えば客が希望する場所まで乗せて行ってくれる馬車が何台か集落の入り口に停まっているのを確認したのだ。
それは運良くまだ集落の入り口に停まっていたので、ニールはその内の1台に駆け寄る。
「お、おい、この馬車って何処かに乗せて行ってくれるのか?」
「ああそうだよ。何処に行きたいんだい?」
「何処でも良い、近くの町があればそこに乗せて行ってくれないか!?」
「あいよ分かった。メルサインの町までだな」
御者が希望する金額を袋の中から取って貰い、メルサインと言う町まで乗せて行って貰える事になったニール。
どうやら結構時間が掛かるらしく、着いたら起こしてくれと頼んでニールは今までの疲れもあって馬車の中で麻袋を落としたり盗まれない様にしっかりとパンツの中にしまってから眠りにつく。
何故パンツの中なのかと言えば、いじめに遭っていた時に昼の弁当代を取られてしまうと言う事もあったのでそれからは自分の金を盗まれない様にパンツの中に仕舞い込む習慣が身についた。
この知らない帝国では何時何処で何が起こるか分からないし、現にそう言った体験は今までの短い時間で既に何回も経験して来たからであった。
(願わくば、このまま穏便に家まで帰れます様に。もしくは寝て起きたら俺の家だった……いや、あの時の砂浜で良いから見知った場所であります様に……)
だけど、そのニールの願いは届かなかった様だ。
御者に起こして貰った時にはこのソルイールと言う名前の帝国の町の1つであるメルサインに辿り着いていたからである。
メルサインの町の入り口の前まで乗せて来て貰ったのだが、どうやらここまでの様で町の中に入る前に降ろされてしまった。
なかなか大きな町らしく入り口では検問が行われており、検問と言うだけあって厳しく検査官の騎士団員達が目を光らせている。
高い城壁に囲まれた、御約束の様なファンタジーの街並みのイメージまさにそのもののこのメルサインの町では、城壁の上の見張り台からも騎士団員が監視の手を休めていなかった。
(朝方だと言うのにご苦労な事だ。それだけ警備の強化に力を入れているって訳か)
時間的にはやっと日が昇り始める頃で、地平線が薄く青みがかって来ている。もう夜明けであろう。
(だけど俺は身分が無い……不審人物である事は間違い無いだろうし、あの酒場の騎士団員達から情報が伝わる危険性も大だ。しかし……情報を集めるのであればこうした大きな町の方が良いだろう。ここはそこそこ大きな町だってあの御者も言っていたから、何かしらの情報源が期待出来そうだしな)
そう考えたニールは、アクション俳優としてトレーニングして来たテクニックを何処かに活かしてこの城壁を超えられないか画策する。
するとある光景が目に入った。
(お、あそこの壁が崩れてる。まだ崩れて新しそうだ。修理の手が回っていなさそうな今の内なら……少し高いけど、行けるか?)
まるで世界的に有名なあのアクション映画の様に、クモの如く城壁にぴったりくっついてニールは指先の力を頼りに城壁を上って行く。
城壁にくっついている事で見張り台の上からは死角になっているのだし、よもやこうして素手で上って来る奴が居るなんて知る由も無いだろう、とニールが読んだ上での行動だ。
それはどうやら当たっていた様で、朝方でまだ暗い内だったと言うのも幸いして、ニールは見張り台から監視をしている騎士団員達に見つからずに城壁の内部へと侵入する事に成功した。
穴の近くに飛び移れるだけの高さがある民家があったのも、潜入を助けてくれたと言う訳だ。
しかしモタモタしていれば騎士団員に見つかる可能性が高いので、ニールは素早く民家の屋根から下りて路地裏へと身軽に着地した。