76.タネさえ分かれば
「これよこれ! さぁ、さっさと後はここから脱出しましょう!!」
どうやら、ドリスが盾を取っても特にこの広場にも遺跡内部にも変化は無い様だ。
「また何か起こるのかと思ったけど、何も無いなら後はここにもう用は無さそうだな。だったらドリスの言う通りさっさとここから出よう」
最初こそ無限階段ならぬ無限通路でフラストレーションが溜まったものの、終わってみれば案外拍子抜けだったな……と思いつつアクターは踵を返して、今度は自分が先頭で元来た道の階段を上がろうと足を進ませる。
その彼の首筋にヒンヤリとした物が当たる感触があった。
「その前に貴方からは御話を色々と聞かせて欲しいんです。何故私達を騙してまでこうして一緒に行動しているのかとね」
「……え?」
後ろから聞こえて来る、首筋に当てられている物と同じ位ヒンヤリしているティーナの声に冷や汗が出つつも、少し身体を動かして振り向いてからその感触が何なのかを確かめようとしたアクター。
だが、彼が振り向く前にドリスがアクターの腰の武器に手を掛ける。
「とりあえずこれは没収ね。こんな物騒な物を持ってたんじゃ油断出来ないわ」
棍棒を改造した手作りの剣はドリスによって没収され、改めて後ろからハルバードを突き付けている姉のティーナが口を開く。
「両手を上げてこっちを向きなさい。ゆっくりとね」
まるで聖母の様な穏やかな声と同じとは思えないその冷たい声色に、言われた通りに後ろを振り向くアクター。
「さて……私達をこうまで騙して何をしたかったのですか、貴方は?」
「騙すって何だよ?」
あくまでシラを切るつもりだが、ヒルトン姉妹の表情は何も変わらない。
むしろ表情の変化を見せるのはアクターの方だった。
「知ってたわよ、貴方が私達を騙している事なんて」
「は?」
呆れ顔のドリスにそう言われてポカンとするニールに、ティーナからこれまでの真相が語られる。
「貴方達が何をしているかなんてね、全てギルドに情報が筒抜けなんです。貴方達をずっと見張っている人が居るんですからね。アクターと言う名前も偽名で、本当の名前がニールだと言うのも知っているんですよ?」
「え、ええっ……」
まさか、自分達のパーティの中に裏切り者が居るのか?
それとも自分達のパーティをずっとつけて来ている暇な人物が居るのか?
明らかに挙動不審になるアクター……いやニールに対し、ティーナの口から止めの事実が告げられる。
「それに……ここに来る前に無魔力の病気が新しく見つかったとかおっしゃってましたけど、それも全て嘘ですよね? 何故なら英雄のエジット様から、貴方の風貌や服装がギルドで情報共有されているんですからね」
「……なーんだ、知ってたのか」
挙動不審になっていたニールだが、ズバッと事実を突きつけられると色々と吹っ切れてしまったので完全に開き直る。
「そうだよ。俺は御前達ギルドの奴等から手配されているニールだ。でも元はと言えばあの英雄様が悪いんだよ。俺に変な言い掛かりをつけて来るからな。それで俺は逃げた。で、追って来る奴を倒しつつここまで進んで来た。そして宝物も回収したんだが、それを今御前達がこうして奪おうとしている。俺は俺の目的の為に遺跡を回って宝物を集めなければならないんだ。そして御前達からギルドの連中に関しての話を聞こうとしていたんだがな……」
「それはどうやら失敗しちゃったみたいね。残念だったね?」
恐ろしい程に無邪気な口調でドリスが嘲り笑い、ティーナも鼻で笑う。
「ふっ……甘いですわよ。私達もギルドの人間ですからここで貴方を捕らえます。出来れば生きて捕まえて欲しいと言われていますが、最悪の場合は生死は問わないともエジット様から通達を受けているんです。それにギルドの仲間も、貴方が昨日寝ている間に通話魔術で連絡を入れておきましたし、勿論この盾も渡しませんよ」
「と言う訳で、抵抗しなかったらケガしないんだから大人しくしてよね」
その瞬間、ニールは前蹴りでティーナの腹を蹴って尻もちをつかせる。
それを見たドリスが動く前に彼女の首に両手で真っ直ぐパンチを入れ、彼女も怯んだ所でその手に持っている盾を地面を転がりながら奪い取った。
「だったらこうするしか無いよな?」
最深部で回収したばかりの盾を片手に掲げてニールが宣言すれば、ヒルトン姉妹は黙って武器を構えた。
「お姉ちゃん、どうやら話し合いで渡してくれる相手じゃ無さそうよ」
「その様ですね。それでしたら力尽くでも奪います!!」
完全に敵となった姉妹2人を相手にする事になってしまったニールは、姉妹2人を相手にしてせっかく見つけた宝を奪われない様に戦わなければならない、と言う展開なので絶対に勝たねば!! と言う強い思いでバトルスタート。
そうしなければ今までの苦労が全て水の泡である。
2人の武器はもう嫌と言う程見て来ているが、妹のドリスがロングソードで姉のティーナがハルバードだ。
「よっ!」
今回はカラリパヤットのトレーニングでは余りしない様なアクロバティックな蹴り技を駆使し、側転蹴りや足払いからのスコーピオンキック等でヒルトン姉妹を翻弄するニール。
これでも約20年間カラリパヤットをやって来た意地があるし、このエンヴィルーク・アンフェレイアと言う世界においては存在しないであろうキックのテクニックで翻弄しつつ何とか勝負を繰り広げる事が出来ている。
しかし、余り時間を掛け過ぎると彼女達が声を掛けたと言う増援のギルドの冒険者達が来てしまう。
それだけは何としても避けなければならないので、何としてもこの2人の姉妹から逃れたい。
……と思うのだが、流石にこう言う場所に踏み込むだけの覚悟を持っている姉妹ともなれば簡単に見逃してくれる筈も無いし、すんなりと倒れてくれる訳も無いからだ。




