71.奪取計画
まずは3人であのロングソードを奪う為の計画を立てる。
「とりあえず、俺がまず偵察で部屋に踏み込む。向こうが完全に寝ているかどうかも確かめなきゃいけないし、ただでさえここの宿は古くて汚くてボロい安宿だ。更に俺もこの宿の中を歩いたから分かるんだが、古いのもあるしろくにメンテナンスもされていないみたいだから木製の床でかなりギシギシ音がする。だからあんた達みたいに金属の武器を持っていたり、肩とか胸に鎧を着けてるってなるとその金属音と床の軋む音でばれる可能性が高い」
「分かったわ。それに考えてみたら、私達の装備をこの宿の中で振り回すのはかなり厳しそうね」
「ええ。しかも相手は多人数って情報があるのでしょう? とすると3人いっぺんに踏み込んだら誰か1人が捕まってしまえばそれで計画が露呈してしまいますわ」
ロングソード使いの茶髪の妹ドリスが納得し、ハルバード使いの金髪の姉ティーナも頷いてニールの計画を受け入れた。
その計画を話し終え、ニールはすっくと立ち上がって宿の2階を見据える。
「それじゃ俺が先に行く。何かあったらすぐに戻って来るし、もし戦う事になったら俺は見捨てて逃げてくれて言い」
「えっ、でもそれじゃ……」
貴方はどうするのよ、と言い掛けたドリスを手で制してニールは続ける。
「俺から作戦の提案をしたんだし、仲間にしてくれって言い出したのも俺だ。つまりこの作戦は俺の独断だと言っても良い。色々と無理もあるだろうしなるべくあんた等を巻き込ませる訳にはいかないからな」
「……分かりました、気を付けて下さい」
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!!」
少しは引き止めなさいよ、とドリスは自分の姉を促すもののティーナの考えは変わらないらしい。
「いいえ、多分この方の意志は固いでしょうから私達が何を言っても無駄ですわ。その代わり私から言える事は、貴方も無理は禁物ですよ。異変や身の危険を感じたりしたらすぐに撤退しなさい。良いですね?」
「分かったよ。なるべくすぐに戻るけど、もし15分経っても俺が戻らなかったらギルドに戻ってくれ」
自分で設定したタイムリミットの15分を胸に刻み、ニールは宿屋の出入り口の闇へ消えて同化して行った。
そんなニールの後ろ姿が闇の中に消えるのを見計らって、ヒルトン姉妹の妹ドリスが口を開く。
「お姉ちゃん、あの人……何だか怪しくない?」
「ええ、かなり怪しいと思いますわ。いきなり私達に協力を申し込んで来た時点で怪しいですし、そもそも本当にギルドの冒険者なのかも分からないですしね」
実際の所、赤のシャツに青いズボンと言うシンプルな服装で冒険者だとはとても思えない。
部屋に武器を置いて来たとさっき言っていたので、もしかしたら寝る時に邪魔な防具も外して置いてあるだけなのかも知れない。
しかし、姉のティーナは妹のドリスと同じく彼の事を怪しいと思いつつもまだ信じてみようと思っている。
「それでも、あの計画をすぐに立てられるだけの頭の回転の速さには驚きましたわ。私達に協力したいと申し出た時のもっともな理由付けもそうですが、踏み込む前の計画の立て方も素人のそれでは無い様に感じましたから」
「まぁ、それはそうかも知れないけど……」
疑いの視線を未だに止めようとしない妹を横目で見つつ、とにかく何事も無く剣を奪い取って来てくれればそれで良いと姉は思っていた。
……のだが。
「うおおっ!?」
そんな驚きの声と共に、出入り口のすぐ上にある2階の窓が派手に割れる。
それと同時に、薄暗い町中に降り注ぐ月明かりに照らされた黒い影が落ちて来て出入口の横に積まれている木箱の山に叩き付けられた。
「なっ、何なのよ!?」
驚きながらドリスが先にその黒い影の元に辿り着けば、すぐにその正体が判明する。
「ぐぅ、あ……」
「ちょ、ちょっと……アクターさん!?」
ティーナも駆けつけてその影の正体がニールだと判明するが、その時頭上からもう1つ影が降って来た。
「っりゃあ!!」
「くっ!?」
今しがた割れた2階の窓から飛び降りて来たのは、バスタードソードを下に向けて突き出す格好で明らかに姉妹を狙っている大柄な狼の獣人だった。
その狼獣人の突き刺し攻撃を素早く横っ飛びで回避するドリスとティーナに対し、攻撃を外した狼獣人は土の地面に突き刺さったバスタードソードを引き抜いてヒルトン姉妹をその赤い目で見据える。
「てめぇ等か、俺達の宝を狙っているこいつの仲間ってのは?」
グルル……と唸り声を上げて殺気をみなぎらせる狼獣人に対して、ヒルトン姉妹は応戦するべくそれぞれ武器を抜こうとした……が。
「うっ!?」
その2人の足元に今度は1本の矢が突き刺さる。
矢が飛んで来たのはニールが落とされ、狼獣人が飛び降りて来た割れた窓の方だった。
そこには緑色の髪の毛をしている人間の女が、弓を構えて姉妹を見据えている。
「今ならまだ見逃してあげるわ。さっさと退散しなさい!!」
「く……退きますよ!!」
「う、うん!!」
この形勢は圧倒的に不利だと判断し、ここはニールを見捨てた方が得策だと判断したティーナはドリスを連れて逃げ出した。




