70.狙われる剣と狙う姉妹
今まさに宿屋の出入り口から中に上がり込もうとしていた2人の女に、後ろからまるで亡霊の様に突然静かに現れたニールが声を掛ける。
「……おい」
「っ!?」
「なっ、何よ!?」
その彼の呼び掛けに、暗いこの町中でも見て分かる位にビクッと肩が震える2人の女はゆっくりと振り向いた。
「何だか物騒な話をしていたみたいだが、ここに何か用があるのか?」
あくまでも、ニールは今しがた初めて聞きましたと言う態度で接する。
「え、いや……私達は別に何も……」
「と言うか、そもそも貴方は誰なのです? こんな時間に外を出歩いているなんて普通では無いと思いますが」
「あんたに言われたくない」
御前が言うなと延髄反射並みのスピードで反応するニールだが、そこは頭を切り替えて質問に答える。
ここからが彼の本業の本領を発揮する所だ。
「俺か? 俺はこの宿に泊まっているんだ。トイレがそこにしか無いから用を足しに来たんだよ。で、これから部屋に戻るんだ。それであんた等は何をしに来たんだよ? さっきは剣がどうのこうのって話があったみたいだけどさ」
そう言うニールに対し、妹らしき茶髪の女が反応する。
「何、盗み聞きしてた訳?」
「それは良くないですわね」
茶髪の女の刺々しい反応に金髪の女も同調するが、ニールは表情を変えずに答える。
「違う。トイレで用を足していたら聞こえて来たんだ。と言うかそもそも聞かれたくない様な会話だったらもっと小声でしろ。何処で誰に聞かれているか分からないんだからな」
ニールはそう言いながら、カラリパヤットを同じく習っていたと言う日本人から聞いたKOTOWAZAをもう1つ思い出していた。
(壁に耳あり障子に目あり……だっけか。良く言ったもんだ)
本当に自分の言動には気を付けなければな……と思いつつ、姉妹(?)に対してもう1度ここに来た目的を訪ねる。
「それで話を戻すけど、何であんた等はここに来たんだよ? さっきの会話からして泊まりに来たって訳じゃ無さそうだけど、もしかしてギルドで言われていた剣の事を確かめに来たのか?」
ここであのロングソードの話を出すのはリスク的にまずいんじゃないかと考えてしまったが、そのニールの質問に女2人の顔がパアッと明るくなった。
「あれ、もしかして貴方も冒険者?」
「それなら納得が行きますわね。ギルドではあの剣の話でもちきりですけど、前人未到の遺跡を攻略してまで盗み出したって噂も聞いていますのでなかなか動こうとする人がいないんですよ。ですからそれを私達は奪い取りに来たんですよ」
「おー、そうなのか!! じゃあこっちで話そうぜ」
ニールもつられて顔を明るくし、一旦トイレのそばまで2人を引っ張り込んでコソコソ話をする。
「実はさ、俺もあの剣を狙ってるんだよ。聞いた話だとかなりボロボロの剣らしいんだけど、かなりの値打ちがあるって話でさ。でも俺もそいつ等……あ、丁度俺の隣の部屋に泊まってるんだけど、4~5人のグループだったな。そいつ等相手に1人で乗り込んで行くのは無理だから、良ければ一緒に剣を奪わないか?」
上に見える宿の2階の窓を指差しそう提案するニールに、女2人は顔を見合わせた。
「貴方が協力するのですか?」
「ちょっと待ってよ。お姉ちゃんと私だけでやる予定だったのに……」
やはりこの女2人は姉妹らしい。
そしてニールの協力要請を簡単に受け入れられないと言う態度だが、ニールは長いセリフで自分の言い分を言ってそこから一気に畳み掛け始める。
「そりゃそうだろうな、俺だっていきなり言われたらそりゃーあんたみたいに戸惑うさ。けど良く考えてみてくれ。俺はこの宿に泊まっていて、相手の人数もある程度把握しているし何処の部屋に泊まっているかも分かる。布で包まれた棒状の物を持っていたから恐らくそれが剣だってのも分かる。それにこんな事を言うのは失礼かも知れないけど、ほら……今の俺は部屋に自分の武器を置いて来てしまったからこうして丸腰だ。だからそれだけで相手の油断を誘えるし、薄暗い宿の中で下手に宿屋の壁とか床に武器をぶつけて、それで相手が起きてしまったらそれで作戦は失敗だろう? それにあんた等の会話を聞いていたらどうもこの宿に入るのは初めてっぽいし、だったら少しでも宿の内部構造を知っている俺を仲間にした方がもっとスムーズに事が運ぶと思うんだがなあ」
長台詞のニールの言い分に、姉妹は再度顔を見合わせる。
しかしどちらの顔にも先程の様な渋い表情は浮かんでいない。
「う、うん……確かにそう言われればそうかも知れないけどさぁ……どうする、お姉ちゃん?」
「この方の言い分も確かに一理ありますわね」
姉妹共に納得した表情を見せ、この姉妹とニールの共同戦線が組まれた。
「決まりだな。そう言えばまだ2人の名前を知らないから良ければ教えてくれ。俺はアクターだ」
勿論偽名である。役者の意味の英語からそのまま取ったのだが、姉妹は信じてくれたらしい。
「アクターさんね。私はドリス・ヒルトンよ」
「姉のティーナ・ヒルトンです。よろしくお願いいたします」
姉妹と言えど性格は余り似ていない様だが、これで何とかなりそうだとニールは腹をくくった。




