6.村
断崖絶壁をジャンプしてその間の川を飛び越えたニールはそっち側の山道を下り切る事に成功し、そのままさっきの飛び越えた川を見つけて歩いて行く。
こう言う時は川の下流に沿って歩いて行く事で、何処かに人里を見つける事が出来る可能性が高い。そうで無くても身体の大部分が水の人間は、綺麗な水さえあれば何日かは生き延びる事が出来るので不安は今の所少しばかり解消された。
だけどまだ不安は残る。
さっきの奴等やあのエジットとか言う奴は兎も角として、他にも人間が居るのであればそっちをあたってみるのが得策であろう。
その考えでニールは疲れ気味の身体に鞭を打って歩き続ける事15分。
今の所無事なスマートフォンで時間の確認をしながら歩き続けていたニールの前に、1つの集落が見えて来た。
(お、あれは……)
どう見てもそれは村である。
煮炊きの煙が上がっているし、何よりも農作業をする人間の姿が段々その集落に近付くに連れてくっきりとニールの目に映る様になって来た。
「良し……」
この先に待っているのは果たして敵か、それとも味方か。
出来れば後者であって欲しいと願いながら、ニールは村へと足を進めて行った。
「ふぅん、異世界……ねぇ」
目の前の金髪の女は物凄い疑心暗鬼の視線をニールに送る。
そもそもここは何処なのかと言うと、すっかり日も落ちた夜の闇が窓の外に見える、酒場の店員の女の家だった。
ニールが何故こんな状況になっているのかと言えば、彼があの時から歩き続けて更に20分後、村に入った所まで話はさかのぼる。
村に入ったニールはとりあえず腹ごしらえがしたかった。
ガソリンスタンドの仕事、ゆっくり下りていた山道での戦い、エジットからの逃走、そしてここまで歩いてきた事もあって彼はそろそろ空腹の限界に達していた。
出来ればこんな事をしたく無かったが、緊急事態だったと言う事とあのエジットに出会った時からの一連の流れで、あの時の盗賊グループ達から確認の為に持ち出した麻袋の存在を、村に入るまで青いズボンの茶色のベルトにくくりつけてすっかり忘れていた。
その麻袋の中にはあの時山道で確認して呆然とした時のままで、大小様々な硬貨や札と言ったこの世界の金が入っていた。
あれだけ危険な目に遭ったんだし……とニールは強引に自分を納得させる為にそう思いながら、その金を使って腹ごしらえをする為に酒場へと入る。
「いらっしゃい、ご注文は?」
「この中のこの札とこの硬貨をそれぞれ5枚ずつで、足りる分だけで良いから肉料理とそれから野菜の盛り合わせ、それから温かいスープとかがあれば良いんだが」
この麻袋の中身の貨幣の価値が全く持って分からないニールは、半ばあてずっぽうで店員の女にそう注文する。
すると店員の女は訝しげな目をした。
「……このお金だと少なく見積もっても4,5人前位にはなるけど、本当にそれで良いの?」
「えっ? だったらもう少し量が減らせるだけの金をここから先に前払いで支払うから取ってくれないか?」
そのニールの言葉に女は更に目を丸くして、溜め息をついてこんな質問を。
「……危機感無さ過ぎね。もし私が嘘を言っているんだとしたら?」
「それならそれで構わない。とにかく俺は空腹だから、さっさと料理を頼む」
しかし、店員の女は麻袋の中から金は取らずにこう告げる。
「うちは後払い制。まぁその袋の中身だけで十分足りるから良いけど、食い逃げだけはしないでね」
「するかそんな事」
「それにあなたには聞きたい事があるから、食べ終わったら待っててくれる? もうすぐで店じまいだし」
「あ……そうなのか?」
やけに早い店じまいだなーとニールは思ったのだが、店員の女に怪しい雰囲気がちらちらと見え隠れしている事だけは見逃さなかった。