5.決死のジャンプ
エジットはそう言って斧を構えつつ、じりじりとニールに近寄って来るので勿論ニールもカラリパヤットのガードのポーズを取って迎え撃とうとする。
だが、近寄って来るエジットの口元が僅かに動いているのが見て取れたニールは、先程の女の事もあって嫌な予感が一気に身体の内側から吹き出る。
(……!!)
次の瞬間、ニールの横の絶壁がいきなりガラガラと崩れて来たのでニールはガードを解いて今まで自分が下りて来ていた方向……山脈の上の方へと走り出す。
いきなりの事態に驚きを隠せないニールだったが、下に逃げようとしてもエジットが斧を構えて待ち構えている。
それだったら上に逃げるしか無い。
(何故だ、何故こうなったんだ!?)
心の中で問い掛けてみても勿論返って来る答えは無い。
ひとまず自分が立っていた頂上まで逆戻りするしか無くなってしまった様だ。
ニールが後ろを振り返ってみてみれば、あの絶壁の崖崩れを上手く回避したのかエジットが斧を構えながらゆっくりと追って来ている。
下手なホラー映画より何倍も怖い。
しかし、ニールが辿り着いた元の場所は最初に見えた雄大な景色が現わす通りの断崖絶壁。つまり行き止まりだ。
「ちっ……」
鋭く舌打ちをして崖の上から景色を眺める。
雄大な景色が確かに見えるが、絶壁の向こう側にははるか下に見える川を挟んで高低差のある場所にもう1つの断崖絶壁がある。
高さとしてはアバウトにしか物を言えないが、およそビルの2階分と言った具合だろうか。
(何処か他のルートは……!?)
ニールは一旦崖から離れて他のルートがないか確かめようとしたのだが、どうやら天はそうはさせてくれそうに無かったらしい。
「ふふふ……こっちは見ての通り行き止まりだ。さぁ観念するんだな、泥棒め!!」
「何のだよ……」
思わずそんな台詞が口をついて出るニールは、山を上り下りしただけで無くあの大人数とのバトルもあって、追って来たエジットに対抗するだけの体力はもう残っていない。
だけどまだ少しだけなら体力は残っている。
その体力を使う為に、エジットが何かをする前にニールはくるりと踵を返して崖に向かって走り出す。
「え……?」
思わずきょとんして反応が遅れてしまったエジットの目の前で、ニールは迷う事無く反対側の断崖絶壁に向かって彼の思わぬ行動に出る!!
「なっ!?」
そのニールが踏み切った断崖絶壁に駆け寄ったエジットが見た物は、見事に反対側の断崖絶壁にジャンプする事に成功して林の中へと消えて行くニールの後ろ姿だった。
「正気の沙汰じゃねーな、あいつ……くそっ!!」
苦々しく歯軋りをし、エジットは今自分が上がって来た道を駆け下りて行くのだった。
ニールにとっては別にこの位は何とも無かった。
役者の仕事としては舞台やドラマ、映画の端役で出演する事があってもスタントマンとしての活動もたまにしている。
なので高い所から低い所へのジャンプ、火だるまになってのた打ち回る演技、階段から落ちる、思いっきり蹴られたり殴られたりする、頭から地面に落下する、車に撥ね飛ばされると言った身体を張る仕事も経験して来た。
スタントマンは、実を言えばその気になれば結構ハードな事が出来てしまう職業だ。
勿論ニールにとっては本職では無いものの、そうした仕事の為にアクションのトレーニングも積んで来ている。
そうした経験がまさかここで活かされる事になろうとは、ニール自身が全く予想していなかった事だった。
そしてさっきのエジットが言っていた地名が本当なら、今のこの状況がどう言うシチュエーションなのかニールの脳裏には1つの仮定が出来ていたのだが、それが強い現実味を帯びて脳を支配しようとしていた。
プロローグ 完