57.願いと別れ
「……そう言えば……」
ニールのセリフに他の4人も自分の足元を見つめてみる。
すると、さっきまでそれぞれの靴の底でビチャビチャと跳ねていただけだった水が、明らかに自分の靴底を覆う位まで上がっているのが分かった。
「こ、これってまさか……」
「噂は本当だって事かしら?」
「そうとしか考えられないだろう。どうするんだシリル、このまま水位が上がり続けたら俺達は全員水の底に沈んでしまうんじゃないのか?」
得体の知れない恐怖が現実となって5人を襲うが、それでもシリルは諦めようとしない。
「落ち着けよ。まだちょっとだけ水が増えただけだろうが。それにまだ出入り口からそんなに来ていないんだし、これから先が重要なんだろうしな」
まだ進軍を続ける気が満々のシリルに対し、ニールは躊躇する素振りを見せつつも自分から遺跡を回って手掛かりを集めたいと言い出した以上、進軍を無理にストップさせる事は今の状況では出来そうに無かった。
「さっきから聞こえる音も気になるが……、問題はこの水位の上昇が、どう言うタイミングで、どれ位のスピードで続くかだろうな。何か侵入者に反応して上がって来ているのが最も有力かと思えるが、まだ何とも言えん。もう少しだけ先に進んでみよう。ここには俺が来たいと言い出した以上、ここで「やっぱやーめた」とは言えないからな」
ニールはそう言って、シリルの横に続く形で歩き出す。
石造りの通路を歩き回り、とにかく最深部を目指す為に歩き続ける一行。
しかし、時間が経つに連れて明らかに足元の水位は上昇して来ている。
「何よこれ……」
「ねえねえ、明らかにさっきより水が増えてるわよ!?」
「おいおい、これは引き返さないとまずいんじゃないのか、シリル!!」
ユフリーとミネットは明らかに慌てているリアクションをし、その横からエリアスが退却を促す。
「まだだ! まだ膝の中央部位までだ」
「いや、結構来てると思うが……」
これは流石に言い出しっぺのニールも引き返す様に忠告するが、シリルの目は嫌な感じでギラギラと輝いている。
「くそ……分かった、太股まで来たら引き返すぞ!!」
シリルがタイムリミットをそこまでと定め、更に進軍を続ける一行。
かなり出入り口からも離れてしまったので、引き返すならそれが限度かと考えて恐怖心と闘いながら先に進む。
これ以上水位が上がってくれない事を切に願いつつも、それでもここまで来てしまった以上簡単に引き返す訳にはいかない。
そんな不安と恐怖に押し潰されそうなシチュエーションの中で、魔物と出会わないのだけはまだ救いがあった。
この状況で魔物と出会っていたら水で動きが制限され、間違い無く勝てないだろう。
やがて通路を抜け、それなりの広さの正方形の広場に出る。
その広場には、過去に脱出に失敗して水に飲まれたであろう人骨が所々に落ちている。
となればこの辺りで以前のチャレンジャー達が力尽き始めたらしい。
「時間の経過で水位が上がっているとすれば、これは明らかに俺達を先に進ませる気が無いんじゃないのか?」
エリアスが自分の予想を述べるも、シリルの答えは無言だった。
だが、その一方で別の事が気になっているニール。
「なぁ……さっきから聞こえる変な音なんだけどさ、何か段々大きくなって来てないか?」
「え?」
「だから何の音なのよそれ? 私にはさっぱり聞こえないのよ」
どうも自分だけに聞こえているらしい……とニールは戸惑いながらも、さっきから断続的に聞こえるピーッ、ピーッと言う音が気になって仕方が無かった。
(この音……本当に何なんだ?)
遺跡に入る前までは聞こえて来ていなかったので、自分が何か耳鳴り等の持病を持っているとかでは無くこの遺跡の中から聞こえる音に間違い無いと断定は出来ている。
問題はそれが「何処から聞こえて来ているのか」と言う話だ。
「俺達がここに入ってから聞こえて来ているんだが、それが大きくなっているって事は明らかにこの先から聞こえてるんだよ」
「じゃあ、遺跡の奥に何かが居るかも知れないって事……?」
通路の奥に向かって指を差すニールに、ユフリーが怪訝な目でその通路の先を見つめる。
「ああ。そうだと思う。それが何なのかは分からないけどな。俺にしか聞こえない音って言うのもかなり不思議だが、この水位の上昇と関係があるのかも知れない」
あくまでも予想だけど、と一言付け足すニールだが、その傍らでミネットがあるものを発見する。
「……あら、何かしらこれ?」
「どうした?」
ミネットが広場の壁に設置されている、明らかに奇妙な埋め込み式のレバーを発見。
それは上を向いたまま止まっており、いかにも「下ろせるものなら下ろしてみろ」と言わんばかりに異質な存在感を放っている。
「何か仕掛けがあります、って感じのレバーだけど……下ろしてみるか?」
ニールが他のメンバーの方を振り向いてそう尋ねてみるものの、4人の表情は特に変わらないので下ろしてみる事にする。
「じゃあ行くぞ」
レバーに手を掛け、思いっ切り下に引いてみるニール。
だがその瞬間、ニールの足元の床がガコンと抜け落ちた。
「……へ?」
何が起こったか分からないまま、ニールは穴の中に大量の水と共に流されて行った。




