56.変な音
その問題の命食いの遺跡……ドベリンコ遺跡はそれなりの広さがある森の中に存在していた。
遺跡までの道順は至る所に立て看板があったので迷う事は無かったものの、実際にそこに向かってみると大きく視界が開かれている湖の中に橋で繋がっていたのだ。
その湖の淵までやって来た一行だったが、そこで身震いする様な感覚をミネットが最初に覚える。
「ん……この湖からは異様なまでの魔力の強さが感じられるわ」
「俺もだ……」
狼獣人であるシリルも、狼独自の気配察知能力で感じるものがあるらしい。
「ここはやばいって俺の本能が告げている。恐らくこれは……ここで命を喰われたって言う生物達の魔力が全て溜まっているんじゃないのかな」
一行が見据える先には、湖の端から繋がっている縦長の長方形型の入り口がまるで獲物を待ち構える怪物の口の様に暗闇を伴って待ち構えている。
「引き返すなら今の内だぞ?」
エリアスがそう忠告するものの、シリルは首を横に振る。
「ここまで来たんだったら行くしか無いだろ。この異世界からやって来た男の手掛かりを探しに来たって言うのもあるんだからな」
そう言いながらチラリとニールの方を見るシリルだが、当のニールは無反応でクールな表情である。
「それじゃ準備は良いか?」
気を取り直してパーティメンバー達にシリルがそう尋ね、それぞれが頷きを返したのを見て彼を先頭に歩き出す。
そのドベリンコ遺跡の中は、湖の中にある事と湖から突然現れた事、そして水がせり上がって来ていると言う情報通り水浸しであった。
ビチャビチャとそれぞれの靴と地面の間で水が踊り、薄暗い遺跡の壁や床に音となって反響する。
「魔物の気配はある?」
「ん……いいや、今の所は全然無い。だが何時魔物に襲われても良い様に各自用心しておけよ」
狼の目の良さと嗅覚、それから聴覚をフルに駆使するシリルが、ユフリーからの質問にそう答える。
現在の所は水がせり上がって来る気配は無いのだが、何時その噂の出来事が起こるかも分からないので緊張感が抜けない一行。
しかしその中で、ニールはさっきから聞こえる妙な音が気になって仕方が無かった。
「なぁ、ちょっと良いかな?」
「どうした?」
「進むの一旦止めて、耳を澄ませてみてくれないか? さっきから何か変な音が聞こえるんだよ」
「えっ?」
ニールの意味深なセリフに、他のメンバーも足を止めて言われた通りに耳を澄ましてみる。
「……別に何も聞こえないわよ」
「私も何も聞こえないわね。エリアスは?」
「俺も全然何も聞こえないぞ。シリルなら聞こえるんじゃないのか?」
ユフリー、ミネット、エリアスの人間3人は何も聞こえない様なので、唯一の獣人であるシリルにその音が聞こえるかどうかを尋ねてみる。
だが、彼も耳を澄ませたまま首を横に振った。
「俺もさっぱり何も聞こえないな。あんた、どんな音が聞こえてるんだよ?」
獣人の自分にすら聞こえない様な音をキャッチしているのか? と訝しげな視線を向けるシリルだが、ニールはやっぱり変な音が聞こえるのだと言う。
「何て言うのかな……断続的に聞こえて来てるんだけど、何かこう……耳鳴りみたいな音がさっきから聞こえてるんだ。ピーッ……ピーッ……って……」
地球で言えば、コンセントに繋いでいるケーブルから伸びているゲーム機のアダプターの大きな部分から、電気が流れる音が同じ様にピーッ、ピーッと断続的に流れていた経験がニールにはあるのだ。
しかしそれを説明しても、この世界の住人である他の4人に分かる筈が無いのでとりあえず今の自分が聞こえているその音の詳細を伝えるだけにしておくニール。
「俺達には何も聞こえないけどなぁ。あんた、もしかして耳鳴りとかの持病を持ってたりする?」
「いや、全くそんな事は無い」
ニールの身体の不調を疑うエリアスだが、当のニールは打撲や骨折と言ったスタントマンの仕事でのアクシデントの経験はあっても、耳鳴りとかの症状は今まで寝不足やストレスの時以外で出た事が無い。
だがもし本当に耳鳴りだとして、それが持病で無いとすれば自分が緊張から耳鳴りを誘発しているのだろうか? と不安になるニール。
「その変な音ってのは気になるが、ここで立ち止まっていても始まらねえ。とにかくさっさと先に進むぞ」
シリルが先に進む事を促し、この話題を一旦切り上げて5人は再びドベリンコ遺跡の奥に進み始める。
相変わらず聞こえて来るその音が気になるものの、確かに先に進まないと話も進まないと判断してニールもその4人について行く。
(何だろうな……この音)
前を見ながら進んで行くが、その音が気になる余り足元の水浸しの地面を見て気を集中させるニール。
そんな彼の行動が、今度は別の異変を知らせる事に繋がった。
「……あれ?」
疑問の声をあげてピタリと立ち止まったニールに、またか……と若干うんざりした表情で前の4人が振り向く。
「今度は何なのよ?」
ユフリーが面倒臭そうにそう尋ねるが、ニールは地面を見つめたまま衝撃の事実を口に出す。
「おい……この水面、さっきよりも少しだけ上に上がって来ているぞ!!」
アダプター云々は作者の実体験だったりします。




