55.事前情報
モヤモヤを残しつつもニールを乗せた馬車は平原を進み、シリルと手合わせをした翌日の夜、一行はようやくその命喰いの遺跡の近くにある町に辿り着いた。
「じゃ、私は宿屋を確保して来るわね」
「それじゃ俺とミネットは情報収集をして来る」
ユフリーが宿屋の確保に、シリルとミネットがギルドに情報収集に向かったので、残されたニールはエリアスと2人きりになってしまった。
「本当だったら武具屋に向かいたいんだけど、あんたに用意出来そうな武器も防具も無いって分かったから用が無くなったな」
そもそもこの時間じゃやってないけど……と呟くエリアスの横で、ニールはエリアスに尋ねる。
「それはそうと、命喰いの遺跡って言うのは余り広くない代わりに幾つものトラップがあると聞いている。その中でも水が下から湧き上がって来るって言うのが「命喰い」の由来らしいが、もしそれに引っ掛かりそうになったらすぐに退却するんだろ?」
そのまま進んで行って死ぬのだけは絶対にゴメンだ、と言う感情が透けて見えるニールのセリフに、エリアスは曖昧な態度で返して来た。
「どうかな……そこはシリルの出方次第だろう」
「何だって?」
てっきり退却前提で話が進むものだとばかり思っていたニールは、まさかの回答に一気に表情が曇る。
「おいおい……何言ってんだよ。あの男が変な気を起こさない様にして欲しいもんだな」
「俺に言われても困る。このパーティのリーダーはシリルなんだから、シリルが全ての実権を握っているんだよ。だからそれはシリルに言ってくれ」
こりゃあシリルを何としても説得しなければならないだろうな……と頭を痛めるニールだが、そんな彼を横目にしてエリアスがポツリと呟いた。
「まあ、魔物の類はそれぞれの必殺技である程度は何とかなりそうだがな」
「必殺技?」
そんなゲームの中だけでしか聞いた事が無い様な単語が、今明らかにエリアスの口から出て来た。
反応するニールに、エリアスはさも当たり前だとでも言う表情と口調で答える。
「ああ、そうだよ。俺もシリルもミネットもそれぞれ必殺技を会得しているんだ。それがあるからこそ俺達は今まで戦って来られたんだし、人間よりもサイズの大きな魔物を相手にする時は通常攻撃だけじゃとても手に負えないよ」
「だったら、あんたの必殺技って言うのに興味があるから見せてくれないか?」
自分も武術を習っている身として、ニールは少なからずその必殺技とやらに興味があった。
「良いけど、今日はもう疲れたし町中じゃ出来ないから、その遺跡の近くに行ったら見せてあげるよ」
そう約束をして、ユフリーの手配した宿の一室に5人が集まる。
女2人、男3人の別室で部屋を借りてからシリルとミネットの集めて来た情報を共有する展開になった。
事前に色々情報を集められるだけ集めておき、それから向かうだけでも大分心情的に楽になる。
「さて、俺達はギルドの支部と酒場の2つで情報を集めて来た訳だがな。その遺跡の最深部まで辿り着いた者は今まで居ないと言う話だ。従って、最深部に何があるのか分からない。魔物が居るのかも知れないし、何も無いかも知れない」
そこで言葉を切ったシリルは、目と顎でミネットに合図を出して続きを促す。
「あ……ええとそれから封印があるかどうかについてなんだけど、全部で3つの封印があってどうやら2つまでは破られたらしいの。でも3つ目の封印がかなり強大なもので、それは水が上がって来るのと合わせて今まで破られていないらしいのよ。だからまずはその封印まで辿り着くのが目標ね」
そこでユフリーから手が上がる。
「はい、質問」
「何だ?」
「その遺跡なんだけど、魔物とかの情報があれば詳しく教えてくれる?」
ユフリーのその質問は自分も知りたいものだったので有り難い、とニールは心の中で思いつつシリルかミネットからの答えを待つ。
だが、2人から出て来た答えは曖昧なものだった。
「それについてなんだが、魔物の足跡が複数あった事から出入りしている形跡はあるみたいなんだ。だけど……実際に中で魔物の姿を見た者は誰も居ないらしいんだよ」
「え?」
それはまた不思議な話だな……とニールは思うが、ユフリーはすぐにもっともらしい答えを導き出した。
「ああ……魔物も水に飲み込まれて溺死しちゃったって事かしらね」
「その可能性が高いな。いずれにせよ人間も獣人も、それから魔物も容赦無くその命を喰われてしまうって事だろう」
まだ実際にその遺跡を見た訳でも無いのに、今の段階から身震いをしてしまうパーティメンバー達。
集めた情報が全て本当だとすれば、名前負けとは無縁の悪名高い遺跡であるのは間違い無いらしい。
「……退却の手順は考えているんだろうな?」
意を決してニールがそう口に出せば、真面目な顔のシリルが頷く。
「勿論だ。俺達だってわざと死にに行く訳じゃねえからな。水が上がって来るって分かって、これ以上奥に進むのが無理ってなればさっさと引き返すんだ」
(大丈夫なのか、そんなアバウトで……)
不安な気持ちがますます大きくなるニールだが、それでもリーダーの決めた事なのでここは彼に任せる事にしてその日は早々にベッドに潜り込んだ。




