42.思わぬ事実
川下りを終えたニールは、その川から続いている帝都の地下に広がっている地下水路を歩いていた。
魔術で照らされているランプが等間隔に壁に掛けられており、明かりは問題ないのだがこの臭いだけは如何ともし難い。
(ドブ臭い所だな……)
中世ヨーロッパ風の世界にしてはこうした下水設備もきっちりしているので、もしかしたら自分がイメージしている以上にテクノロジーが進んでいるのかも知れないと考えるニール。
科学技術が発展している地球とは対照的に、この世界では魔術が発展しているだけあってこの世界でも仕事と済む場所と人権を確保出来れば、自分が死ぬまで住むのには困らないのかも知れない、と思ってしまう。
しかし、それでもやはり住み慣れた地球の方が良いと思い直しつつその地下水路をしばし歩くと、やがて地上に続く階段が現れた。
その階段を上ってみると、何処かの倉庫らしき場所で見張りが居眠りしている横をゆっくりと通り過ぎて横のドアから帝都の中に潜入する事が出来た。
(ここが帝都か……)
ニールは勿論初めて来る場所なのだが、夕暮れから夜になろうとしているにも関わらず人通りがまだまだ多い。
その分、自分の姿を隠すのはそれなりに簡単そうなのが救いだった。
(さて、まずは黒曜石の神殿と言うシンボルが何処にあるのかを聞かなければな)
合流場所としてセッティングしている黒曜石の神殿を目指し、ニールは手近な人間に場所を聞いてみる。
すると確かにシンボルと言われる場所だけあり、すぐにその建物を発見する事が出来た。
その建物を見上げ、ニールは自分の頭の中で思い描いていたイメージと違うじゃないかと思わず考えてしまう。
(神殿って言うから横に広い建物なのかと思ってたんだが、近くで見ると全然違うじゃないか)
メインストリートから脇道に入り、少し進んだ場所にあるのがその神殿なのだが、明らかにタワー型の建物なのでニールのイメージとは違ったのだ。
地元のアメリカであればシカゴのシアーズ・タワー、イタリアならピサの斜塔、フランスならパリのエッフェル塔、マレーシアならペトロナスツインタワー、イギリスであればビッグベンと言う様に、タワー状になっている各国のシンボルはニールが思いつくだけでもこれだけ出て来る。
そんなシンボルとして存在するタワー状の建物が、この異世界エンヴィルーク・アンフェレイアのソルイール帝国の帝都ランダリルにも存在していた。
(もっとこう……ギリシャのアテネのああ言うのみたいなのをイメージしてたのに、これじゃかなり違うな)
同じ様なセリフを頭の中で繰り返したニールは、すぐに合流場所が見つかったのは良いが、問題はここからであると確信した。
(余りこの辺りをうろつく訳にも行くまい)
そう、自分は魔力が身体の中に無い人間。
ユフリーの様に近くに居ればそれだけで魔力が無いと分かるのもそうなのだが、魔術師が相手だった場合はもしかしたら遠くからそう言う透視魔術的なものを使って、自分の身体に魔力が無いのが分かってしまうかも知れない。
もしそうなったらここはアウェイもアウェイなので、さっさと退散しなければならなくなってしまう。
だけどコンピュータゲームの様に、そうそう都合良く隠れられる様な場所がある訳でも無い。
(どうすりゃ良いんだ……どうすりゃ……)
ここに居続ければ何かしらの情報が手に入るのかも知れないが、自分の特異体質のせいで居続けるのはリスクがどんどん大きくなってしまう。
(とにかく、集められそうに無いって分かったらさっさと何処か違う町とか村で情報収集だな)
一旦目立たない様に何処か物陰に身を隠そうとしたニールだったが、その時ニールのズボンの後ろポケットからカタン、と何かが地面に落ちた。
「ん?」
何だ……と思って地面を見下ろせば、そこには自分がプライベートで使っているスマートフォンが。
(何だよ、大事な時に落ちやがって……)
はあーっと溜め息をついてスマートフォンを拾い上げるニールだったが、スマートフォンに限らず今時の電子デバイスは少しの衝撃でも壊れてしまう程に超精密な機器として知られている。
壊れてねーだろーな……と思いながらスマートフォンの電源を入れて画面をまじまじと見つめるニールの目に、ある情報が飛び込んで来た。
(あれっ、時間が進んでいない……!?)
ディスプレイに表示されている時計を1分、2分と見続けるニールだが、明らかに体感時間ではそれだけの時間が経っているにも関わらず表示は1分も進まない。
これも異世界にやって来たからなのだろうか?
この世界に来る前の時間を良く確認していなかったから正確な時間までは分からないのだが、確かガソリンスタンドの仕事を終えたのは夜の20時かそこ等だった筈だと回想する。
ディスプレイの時間が「20:33」と表示されているので間違い無いだろう。
それからアンテナが立っていないので圏外なのも分かった以上、スマートフォンはこの世界では使えそうで使えない、と言うのがニールの考えだった。




