41.探り
その男は連絡を待っている。
何か変わった事があれば何時でも連絡をして貰える様に、カシュラーゼが開発したとされる携帯用の魔術通話機を持っているのだ。
その通話機を手元に置いたまま夕食を摂っていた彼の元で、通話機の呼び出し音が鳴った。
「ん……俺だが?」
『俺だ。色々とキナ臭い情報が出て来たんで報告するぞ』
「分かった。記録する物を用意するから少し待て」
通話機の向こうから聞き覚えのある声が響き、その男は手元の料理を口に運ぶのを止めて何時でも記録出来る様に用意しておいた紙とペンを手に取った。
「良し、報告してくれ」
電話の向こうからの報告は余り長いものでは無かったが、それでもその通話機で通話している男がかなりの驚きを受け取るのには十分なものだった。
「ほう……魔力が無い男が居ただと?」
『ああ、間違い無い。魔力が無い男は自分が異世界からやって来たとか何とか言っていたのもはっきり覚えている』
それを聞き、男の口元に微笑が浮かぶ。
「分かった。だったらその男は帝都に向かったんだな?」
『そうだ。俺達も後を追うつもりだ』
しかし、通話を受けた男からは通話機の向こうの男に質問があるらしい。
『待て。御前は何処からどうやって俺に通話をかけて来た?』
「俺か? 俺は今鉱山の町グラルラムから御前に通話してんだ。ここにどうやら何かしらの手掛かりがあるみたいなんだが……まずい事になってる」
『まずい事?』
通話を受けた男の方は話の流れがまるで掴めないと言った口調なのだが、ともかく通話機の向こうの男は最後まで話をしてみようと考えた。
「ああ。鉱山の町グラルラムまで来たのは良いんだがな、厄介な奴等が居るのが分かって迂闊に捜索出来ねえんだよ。それを知らせようと思ったんだが……御前の方こそ何処に居るんだ?」
『俺は……』
通話機の向こうの男に質問された男が、その通話機に向かって今までの事を掻い摘んで話すと、通話機の向こうの男は少し考えてプランを変更した。
「……そうか、なら落ち着いたらこっちに来てくれ。いや……待てよ、帝都で合流した方が早いな」
『分かった。それじゃ何か目印になる場所を決めておこう』
「街のシンボルみたいな場所があれば、そう言う場所の方が良さそうだが」
『あー、だったら黒曜石の神殿って場所があるからそこにしようぜ。それなりに目立つ建物だから帝都の人間に聞けば場所はすぐに分かるが、帝都の入り口からは確か距離があるから早めに来てくれよ』
こうして合流地点は確保出来たのだが、通話機の向こうの男からこんな質問が出て来た。
『そう言えばあいつは一緒に居るのか?』
「あれっ、そっちが一緒じゃないのか?」
『ん?』
「え?」
不安が一気に襲い掛かって来る通話機越しの2人。
『おいおいちょっと待て、それならあいつは何処に行ったんだ?』
「俺に聞かれても困るぜ。だったら何処かで単独行動しているんじゃないのか?」
『そう……だとしたら、どっちにしても先に帝都に向かった方が良いか?』
「ん……そうだな」
これはもう少しプランの変更が必要な様である。
自分達の仲間の行方が分からないとなれば彼の行方も当然捜さなければいけないし、そもそもその男とは昔からの付き合いなので色々と情報交換もしなければならない。
どうしたもんかな……と頭を抱える通話を受けた男だったが、通話機の向こうの男にはその男の行きそうな所に1つだけ当てがあった。
『もしかしたらなんだが……あいつは東の方に妙なものがあるって噂をキャッチしたって言ったから、俺達と離れて東に向かったんじゃないのか?』
「東か……分かった、それじゃ俺は帝都には向かわず、東の方に先に向かった方が良いか?」
『ああ、それならそれで良いな。こっちは俺達だけで何とかなりそうだし』
プランを大きく変更し、この国の中で別行動をする事に決めたこの2人。
そしてこの2人が最も気にしているのは、その魔力が無い男の行方である。
「で……その魔力が感じられない男と言うのはどんな背格好とか分かるか?」
『ああ、実際に近くで見ているからな。年齢は30代中盤から後半、鼻の下に髭を生やしていて、赤いシャツに青いズボン、黒い靴を履いている茶髪の男だ』
しかし、その格好も何時までその男がしているか分からない。
金さえ持っていれば服を買い、それで幾らでも変装が出来てしまうからだ。
おまけに魔力が無い人間でも、魔力を持っている人間や獣人達と一緒に行動したりそう言う人混みの中に紛れ込んでしまえば、魔力が無い事はその男の隣にでも居ない限り分からないだろう。
「ふむ……それならその男の捜索は任せるぞ。また何か分かったらすぐに連絡をくれ」
『分かった。そっちも何かあれば』
通話はそこで終了したが、厄介な事が増えてしまった……と溜息を吐く男。
(くそっ、俺達の計画にこのままだと支障が出てしまうかも知れないな。だとしたらその魔力が無い男をあいつ等がしっかり捕まえてくれるのを信じるしか無いだろう)
ここは一先ず目の前の食事を平らげるのが最優先だと思い、男は再び食事を摂り始めるのだった。




