37.ライオンのポーズ
もはや恒例(?)となった、野宿の疲れと座りっぱなしの姿勢で固まった身体を解す為にするカラリパヤットのトレーニング。
そして、8つのカラリパヤットのポーズもいよいよこれでラスト。 最後はライオンのポーズであり、まさに百獣の王と呼ぶべきライオンの迫力を表したものになっている。
このライオンのポーズは戦いのポーズでもあるのだが、素手の戦いよりは武器術のレクチャーを受ける上で非常に重要なポーズになる。
と言うのもカラリパヤットの武器術はこのライオンのポーズを基にした構えが非常に多い為に、ライオンのポーズをマスターする事で武器の構えのポーズになるし、武器をしっかりと構えて相手を迎え撃つ事が出来る様になる。
ライオンのポーズのやり方はいたってシンプル。
まずは最初のガードのポーズから始まり、どちらかの足をまずは90度外側に向ける。
次にもう一方の足をイノシシのポーズ等とは違ってワンステップよりももう少しだけ前に踏み出すが、馬のポーズ程の歩幅の広さは必要無い。
ガニ股よりももう少しだけ歩幅を広めに取って、股関節だけを目一杯広げる感じで、膝をそこから曲げてどっしりと安定するポーズを意識してみるとやりやすくなる。
この時に前に出している方の足は真っすぐで、もう一方の曲げている足を視界から外さない位の広さに足の歩幅を保っておくのがポイントだ。
そうして足をどっしりと安定させる事が出来たら今度は上半身のポーズを作る。
前に踏み出している方の足と同じ方向で……つまり右足が前に踏み出すポーズであれば右腕を、左足が前なら左腕を前に出して行き、腕は軽く曲げて指も軽く曲げる。
何かを引っかく様なイメージを頭の中で作っておくとイメージしやすいかも知れない。腕はただ単に前に出せば良いので、顔の前に持って来る必要は無い。
そしてもう一方の反対側の腕は後ろなのだが、この腕は少し曲げて手を脇腹の横に持って来る。同じく指も軽く曲げておきながら、目線を真っすぐにして身体を前に出し、背中をほんの少しだけ反らせばライオンのポーズの出来上がりだ。
このライオンのポーズは股関節を開いてどっしりと安定させなければいけないので、必然的に股関節の柔らかさがアップする。
それから足を曲げて安定させているので、太ももの筋肉とふくらはぎの筋肉の強化にも効果があるし、身体を前に出して背中を反らせるので背中のストレッチにも役に立つ。
そして何より、ライオンのポーズは木製のロングスティックの構えのポーズを始めとして木製のショートスティックの構え、鉄製の槍の構え、剣と盾の構えと言う様に足を踏ん張って低い重心で武器を構える事の基礎中の基礎のポーズになるのだ。
逆に言えば、このライオンのポーズがしっかり出来ていなければ武器をしっかりと構える事が出来ないので、カラリパヤットの最初のトレーニングメニューとして型の練習が設定されている理由がここにある。
やはりニールも、師匠からはライオンのポーズをマスターするまで武器には進めないと言われていたので、それはもう必死になってこのポーズで重心の低さと安定感を身につけるトレーニングをしていた。
それに伴ってこのライオンのポーズのトレーニングの効果が現れる様になると、何だか役者の仕事の歩くフォームやガソリンスタンドの仕事の時に疲れていても身体全体が安定しているので安心感をニールの心にもたらしてくれていた事が彼の記憶に残っているエピソードの1つだ。
武器以外にも勿論、素手の格闘術の構えの時にもしっかり安定した身体を作る事で相手に威圧感を与える事になるし、何よりなかなか倒れてくれなさそうと言うイメージを相手に植えつけられるだけでも、心理戦と言うポイントで優位に立つ事が出来る。
実際にその日の夜、野宿をした時に集めて来て貰った薪を武器代わりにしてニールに構えて貰ったユフリーだが、この世界ではまずお目に掛かる事が出来ない様な面白いシルエットの構え方である。
「かなり独特な構え方をするのね」
「ああ。本当はこの身体の前に突き出している手の方に盾を持つんだ。自分から見て手前の手に剣を持ち、奥の手で構えるのはこの世界でも同じじゃないのか?」
「ええ、左利きだったら逆になるけど、基本は同じね」
また、ユフリーが気になるのはその武器の振り方もだ。
「例えば剣術だったらどうやって剣を振るの?」
「カラリパヤットの場合だと、まずはこうやって手首の動きを使って剣をグルグルと回して相手をけん制するんだ」
手首のスナップを駆使しで、薪をまるで生き物の様に軽快に縦に回転させるニール。
対するユフリーもナイフを構えてみたので、そこにニールが飛び込む。
とは言ってもこれは手合わせでは無いので、実際に武器を持った相手にどう対抗するのかをレクチャーしながらの剣術のショーだ。
「カラリパヤットだと盾を持った相手に対して剣術のトレーニングをするから、斬ると言うよりも剣を上から下にこうして叩き付ける事が多い。勿論それで怪我をするのはつきものだ」
ニールも実際に相手の剣が自分の頬を縦に抉り、大量出血をして病院で治療を受けた事もある危険なトレーニングだ。




