35.ニワトリのポーズ
ニールのトレーニングするポーズは8つの内の残り2つ。
その内、ここで見せる1つ目がニワトリのポーズだ。
このポーズは足を振り上げる、いわゆるキック技のトレーニングになる。と言ってもこれもまた普通のキックのトレーニングでは無い。
一体どんなキックなのかと言えば、その足の上げ方もそうなのだが、つま先の形が普通のキックとはちょっと違う。
普通のキックは足を振り上げた時につま先を真っすぐにしてキックするか、足の裏で蹴ったりする。確かにカラリパヤットにもそうしたキックのトレーニングは存在しているし、基本的なキックのトレーニングとしてニールもやって来た。
このニワトリのキックトレーニングは、足を振り上げた時はつま先を「親指だけ」上に向けて上にキックする。
何の為にそうしたキックになるのかと言えば、その振り上げた足の親指で相手の喉やアゴを狙い打ちしてつま先で突き刺す為だからだ。
では実際にどうやってトレーニングするのか?
まずはいつものガードポーズからスタートする。そこから片方の足を少し曲げ、斜め上に向けてキックする。
この時に足を曲げるのと同時に、足の親指だけに力を入れて上向きにするのを忘れてはいけない。
それと、顔もやや斜め上に向けて目線は蹴り上げたつま先を見る様にするともっと良い。
足を振り上げたら今度は下ろすのだが、ただ下ろすのでは無くてゆっくりと足を曲げて折り畳みながらつま先から地面に向けて下ろし、イノシシのポーズと同じ様に小さいステップでやや前に下ろす。
何故かと言うと、ニワトリのキックポーズからのテクニックの1つではこの後にジャンプするからだ。
それ以外にも、足を前に下ろす事でその次の動作に移行しやすくなるのも理由だ。
この後のジャンプでは、キックする前からずっとクロスさせたままのガードポーズをしている腕を下ろし、下ろした勢いを使ってキックした足とは反対の軸足で踏み切り、腕を下ろしたその勢いも利用して大きくやや斜め前に向かってジャンプする。
そのポーズは相手に飛びかかるのは勿論の事、相手への牽制にも使う事が出来る。
また、この後に練習する最後のポーズのライオンの構えにも繋げる事が出来るし、ライオンのポーズの後に馬のポーズをする事も出来るので、工夫次第で色々なポーズに繋げて行けるのがこのニワトリのポーズだ。
と言ってもこの8つのポーズの中では、唯一のキックのトレーニングが出来るポーズとされており、足を振り上げる事によって股関節の柔軟運動と、足の筋力アップが出来るから素早いキックを可能にするのだ。
また、必然的に片足でバランスを取ってキックしなければいけないので、こうした直立のポーズの時のバランス感覚を養うトレーニングも同時に出来る。
このニワトリのポーズのキック以外にもカラリパヤットには色々なキックがあり、両腕を上に上げてバランス感覚を養いながら、右足と左足で交互に足を上げて上に真っすぐキックするストレートキックがある。
更にそのストレートキックを自分を中心に1周回りながら、ピザの切り方の様に360度の中で右足だけ、もしくは左足だけで8回行うキックであらゆる方向からの敵襲に対応出来る。
また、キックした後に素早く尻から座る「シットダウンキック」、キックしてから素早く180度後ろにターンしてもう1度キックし、そこから180度逆にターンして元の位置に戻る連続キックのトレーニングも存在している。
いずれもカラリパヤット独特のキックトレーニングの方法であり、背中を真っすぐにして顔は正面を見て行うので背筋のトレーニングとバランス感覚のアップ、そしてニワトリポーズのキックと同じく足の筋力アップも出来る。
それからターンキックを練習する事で、素早いターンからの攻撃が出来る身体作りに繋がるのだ。
カラリパヤットのキックは自分の顔の横まで足が上がる事が当たり前なので、身体が柔らかくなければキックのトレーニングは難しい。
しかし、ニールだって最初は自分の腰の辺りまでしか足が上がらなかった。
それから20年以上も股関節を柔らかくする様に心掛けて来た事で、今では当たり前に顔の横まで足が上がる。
「ちょっと……俺を羽交い絞めにしてくれないか?」
「ん、こうか?」
シリルに頼んでその屈強な腕で自分の両肩を羽交い絞めにして貰うニールだが、シリルにとってこの後かなり挑発的な一言が彼の口から吐き出される。
「ここから投げ飛ばしても構わないか?」
普通の会話と変わらないトーンでそう尋ねるニールに対し、シリルの中で密かに対抗心の炎が燃え上がる。
「……ああ、良いぜ。やれるもんならやってみな」
「そうか。では……ふっ!!」
息を吐くと同時にニールはそのニワトリのポーズの応用で、自分の後ろで羽交い絞めにしているシリルの顔面に右足の甲で軽くキックを入れる。
「うお……?」
呆気に取られて一瞬力が緩んだシリルの隙を逃さず、ニールはそこから今度は馬のポーズの応用で一気に身体を下に下げ、その勢いを利用してシリルを前へと背中から地面に叩きつけた。
「ぐほっ……!?」
何が起こったのか分からないシリルは、澄み渡る青空をそのままキョトンと見上げる事しか出来なかったのである。
ステージ2 完




