21.流派の違い
「……で、何故いきなりこんな事をしたんだ?」
人が言われた通りに野宿の準備をしているにも関わらず、まさかナイフを持って後ろから襲われると言う体験をする破目になるとは思っていなかったニールは、その体験をさせたユフリーを見据えたまま尋問する。
「い、いや……特に深い意味は無かったの。ただ貴方が渋るから……」
「だからと言って急に襲って良いと思っているのか。それも武器を振りかざしてまで!」
素早く彼女に圧し掛かって再度地面に後ろ手に組み伏せ、その組み伏せている手に力を込めて更にきつく尋問をするニール。
「い、痛ああああい!!」
「当たり前だろう、力入れてるんだからな」
ナイフを持って襲われる様な事までされる覚えは無いので、とにかく事情を聞き出したいニールはそのままの姿勢で問う。
「誰かに俺を殺せとでも頼まれたのか?」
「そ、そんなんじゃないわよ。ただの興味本位よ!!」
「ふうん、興味本位で人間を襲うのか。そいつは驚いたな」
しかし、ここで彼女を問い詰め過ぎてしまえばこの先の協力が得られないかも知れないと考えたニールは一旦拘束を解いて忠告しておく。
「次に同じ様な事をやったら……殺す。分かったな?」
無言でコクコクと頷くユフリーを見て、ニールは再度薪を集め始めた。
修羅場はあったものの、何とか気を取り直して焚き火を囲みながらニールはユフリーに済度カラリパヤットの説明をし始める。
「カラリパヤットは流派が大きく分けて3つに分かれているんだ。俺が習っていたのは北の地域で行われているカラリパヤットだな」
北派とはまた別のトレーニング形態がある南派のカラリパヤットについてだが、この南派のカラリパヤットでも基本的にトレーニングする内容そのものとしては北派のカラリパヤットと大きな違いは無い。
しかし、大きく違うのは北派がまずポーズの練習から入るポーズを重視した流派である事に対して、南派のカラリパヤットでは実戦重視、戦いに使う事の出来るトレーニングが多い。
すなわち、この南派のカラリパヤットにおいてはポーズのフォームに関してはそこまで重視されておらず、いかにして相手を倒すかと言う事が良く考えられている実戦形式のカラリパヤットになっている。
練習する順番に関しては最初のポーズの練習こそ変わらないものの、その次に素手での格闘戦のトレーニングをする。
その素手での格闘術をマスターしてから今度は木製の武器、それから鉄製の武器術と言う様に素手での戦いから武器のトレーニングへと変化するのが特徴だ。
従って、こっちの南派のカラリパヤットの方が例えばそれこそ空手やカンフー、ムエタイ等と言った型の練習を通じての素手での格闘術と共通する練習スタイルの為に、他の格闘技を習得した人間が多いのが特徴的だ。
もっとも、道場によってこれも微妙に違いがある為に一概には言う事が出来ないのだが。
それから、北派のカラリパヤットと南派のカラリパヤットでは練習する場所も大分違う。
北派のカラリパヤットでは半地下に造られている道場の中、つまり屋内での練習が一般的な空手や柔道と同じで大部分を占めるのに対して、南派のカラリパヤットでは戦闘する事をイメージして屋外でのトレーニングが多い。
北派では道場の地面が土になっているのだが、南派では草の上でやったりするのでここも違う所と言えよう。
ただ、どっちが優れているとか強いとかでは無くて、どちらのカラリパヤットでも極めたマスターは身体の事を知り尽くしている人間に成長している為に強いと言った方が正しい。
練習方法に違いがあるだけで、基本的なポーズ等に差ほど大きな違いは無い。
やっている事自体に余り変わりは無いので、どちらのカラリパヤットを選ぶかと言うのは自分自身が決めるのだ。
自分の身体のバランス感覚を養ったり、しなやかな身体作りを重視したいエクササイズとして考えるのであれば北派のカラリパヤットに行けば良い。
実戦的な格闘術や武器術を優先して学びたいのであれば、南派のカラリパヤットがお勧めである。
そしてその2つの中間のカラリパヤットもある。
それはこの2つの流派を混ぜたスタイルであるが、北派のカラリパヤットではヒンドゥー教徒が多いのに対し、南派のカラリパヤットではイスラム教徒やキリスト教徒が多い。
なので中間のカラリパヤットではどっちも学びたいと言う人間が多く存在している。
シヴァの神を崇める北派、聖仙アガスティアが始祖とされている南派と信仰する対象も違う為、どちらも学びたい人にとって中間のカラリパヤットはうってつけだ。
ニールはどちらも学んだタイプであるが、彼自身は無宗教なのでキリスト教もヒンドゥー教もイスラム教も信仰はしていない。
ただ単に、師匠のインド人がワダッカンスタイルもテッカンスタイルも習得済みだったので、知っているカラリパヤット全てのテクニックとオイルマッサージのテクニックを教えて貰ったのだ。
基本的なポーズの練習ではワダッカンスタイルのカラリパヤットを使う事がニールは多いので、テッカンスタイルのカラリパヤットは殆ど使う場面が無い。
とは言えども護身術としての使い道は十分にあるので、そちらのトレーニングも欠かしていない。




