173.パルクール
「……魔術防壁が消えた」
「さっきから警報が鳴り響いてるのを見ると、ニールの奴……やってくれたみたいだな」
見張りの気を逸らしていたのは僅か5分位の話。
「ここに知り合いが居るから呼んで来て欲しい」と無理矢理な理由をつけ、どんな知り合いなのかと尋ねられたら適当にはぐらかし続けて、限界が来たと悟った瞬間に「じゃあもう良いよ、帰る」と半ばキレ気味で帰って来たイルダーとエルマン。
その後は少し離れた場所から他のメンバーと共に様子を窺っていたのだが、いきなり研究所の中から鳴り響いた警報に驚きを見せるメンバー6人。
エリアスが魔術防壁の緑の膜が消えたのを確認し、それを聞いていたシリルが口元に笑みを浮かべるが、その2人の横からポツリとミネットが一言。
「……それってどっちの意味の「やってくれた」?」
「勿論成功の方さ」
まさか「やらかしてくれた」の意味の方か? とシリルが問えば、ミネットが素直に頷いたので苦笑いをこぼしつつ、バスタードソードを抜いてシリルが歩き出す。
「行くのか?」
「当然だ。見張りも何処かに行っちまったし、さっさと踏み込むぞ」
シリルを先頭に一気に魔術研究所に向かって駆け出す6人だが、思わぬ伏兵が近づいて来ているとはこの時まだ気付いていないのだった。
正面玄関から突入した6人は、殺さない程度に見張りの警備兵や魔術師達を退けながら内部を散策して行く。
帝都の魔術研究所と言うだけあって、3階建てのその建物はなかなか横に広い構造だ。
「俺とセバクターは1階を探す。エリアスとミネットは2階、イルダーとエルマンは3階だ!!」
「了解!!」
「分かった」
エリアスとイルダーの返事を聞き、シリルはセバクターと共に1階のあらゆる個所を現れる敵を倒しながら見回って行く。
それは2階担当のエリアスとミネット、3階担当のイルダーとエルマンも同じだ。
だが、2階担当のミネットがその耳で騒がしい足音と怒鳴り声が近づいて来るのをキャッチする。
「ねえ、上から何か来るわね」
「え? ……あ、向こうだな」
今しがた制圧した部屋の中に身を隠し、ドアの隙間から通路の様子を覗いて状況を把握する。
かなり大勢の足音が聞こえて来るのだが、それと同時に微かに聞こえて来る怒鳴り声からするとどうやら誰かを追い掛け回しているらしい。
「向こうに行ったぞ、とか素早い奴だとか聞こえないか?」
「うん……しかもあれだけ大勢で追い掛け回しているのに、翻弄されているみたいね……」
その怒鳴り声と足音が、自分達の隠れている部屋の前の通路に辿り着いたらしいので更に息を潜めてチェックしようと覗き込む2人。
だが、その騒ぎを引き起こしている原因を見てエリアスとミネットは思わず息をのんだ。
「お、おい……あれって……!?」
「冗談でしょ……」
何と、通路を全速力で駆け抜けて来るのは自分達よりも先にこの魔術研究所に潜入したニールだったのだ。
彼の後ろからは足音と怒鳴り声の主である、魔術師と警備兵達が彼を追い掛けて通路を駆け抜けて行く。
2人が見ている限りでは、ニールはシャツとズボンだけと言う身軽な服装なのに対して後ろの警備兵は胸当てや肩当てを装着し、魔術師達はローブを着込んでいる為にスピードの差で引き離されているらしい。
だが、2人にとってはスピードの差や服装よりもかなり気になった点がニールに見受けられた。
「今さ……ニールが通り過ぎたと思うんだけど、何か奇妙な物を持っていなかったか?」
「ええ。私も見たわ。記憶違いじゃなかったら左手に持っていたのは前に遺跡から回収した盾で、右手に持っていたのもその前の遺跡から回収した剣よね?」
ここに潜入する前までは、そのお宝はあのユフリーに取られたままだった。
それが彼の手にあると言う事は、やはりこの研究所の中にその2つがあったと仮定して良いだろう。
とにかく、このまま彼が追い掛け回され続けるのは好ましくない状況なので、ニールを援護するべくその足音と怒鳴り声を追い掛けてエリアスとミネットも通路に飛び出した。
通路を駆け抜けていた、その追い掛け回されているニールは3階で何とかドアの陰に隠れて警部兵や魔術師をやり過ごしたのも束の間、警報を聞いて部屋から出て来た魔術師の1人に見つかってしまったのだ。
魔術師は彼の姿を見つけて叫び声を上げようとしたものの、先制攻撃でハイキックを繰り出したニールによって頭部を蹴られて気絶させられる。
しかし、その警報を聞いていたのは気絶させた魔術師だけでは無く、その他にもまだ警備兵や魔術師達がワンサカ居たのでこうして逃げ回っているのだった。
(くそ、ここまで来てこんな展開か!!)
何であのスイッチをバンバン押してしまったのだろうか、と後悔してもう遅い。
とにかく地下水路までまずは逃げる。
地下水路に繋がるあの扉の先は確認した通り階段になっているので、その階段に後ろからの追っ手を落としてしまえば幾らか戦闘不能に出来る。
それに追っ手を水路の中に投げ込んでしまえば、地上よりも身動きが取り難くなるのは目に見えているので、その戦法で行こうと決意しながらニールはパルクールアクションを駆使して逃げ続けた。




