172.呼び寄せた修羅場
タワーからエジットとセレイザがワイバーンで大急ぎで帝都に戻って来ている頃、ニールはようやくそれらしきスイッチを研究所内の3階で発見した。
(これ、か……?)
3階のフロアの端で見つけた、今までの実験部屋とは明らかに雰囲気が違う部屋。
石造りの壁の雰囲気がムンムンと漂っている研究所の中で、その部屋だけ壁も床も木目なのだ。
(この部屋は休憩所として使われているのかも知れないけど……何か違う……)
ニールの第一印象はそれだったのだが、その木目調の部屋の奥に大きな魔法陣のイラストが描かれた紙が貼ってあるのを見つけた。
その魔法陣のイラストの上には、注意事項として『魔術防壁用魔法陣。紛失厳禁、持ち出し禁止!!』と異世界の文字で描かれている。
ニールが何故読めるのかと言うと、最初に目に入った時の文字はまるで読めないものの、それが英語のアルファベットにスーッと残像を残しながら変化して行くのだ。
だからニールも読める様になったのだが、この研究所を探索し始めた時に見つけた訳の分からない文字は読めなかった。
これは自分の推測でしか無いのだが、この世界の文字は異世界パワーか何かで読める様に変換してくれても、魔術特有の文字までは変換出来ないのでは無いかと思うのが妥当な線だった。
それはそれで良いのだが、読めない文字があるとモヤモヤしてしまうのが事実だしその紙に描いてある魔法陣も見えていない……のだと思う。
その魔法陣の紙の手前には、何かのエネルギー装置らしき黒いボックスが置かれている。
ボックスの側面にかなりの数のボタンが取り付けられているので、もしかしたらこれが魔術防壁用のマシンなのかも知れないと考えるニール。
(今までの部屋にはこんな物は無かったし、明らかにこれだけは地球のオフィスのサーバー室にある様な物だし、これだけ沢山の数のボタンが付いているのが何よりも違和感を覚えるんだよな……)
何にせよ、黒光りしているこれだけ怪しいマシンを目の前にして何もしないのも気になってしょうがない。
(くそ……ここは用心するべきなんだろうが、このままここに居ても見つかるリスクが高いし……行っちまえ!!)
何もせず引き返して見つかるリスクと、ボタンを押す事によって起こるリスクを天秤に掛けた結果、ニールの手は持っていたロングソードを一旦床に置いてそのボタンの山を片っ端から押す方向に舵を取った。
ボタンの上や下に、これが何のボタンなのか説明も書いていないのでとにかく片っ端から押して行ってみる。
すると、どのボタンを押したか分からない状態でガタガタと魔術研究所自体が揺れ始めた。
「うおおっ!?」
それだけでは収まらず、今度はニールの耳にけたたましい警報がウォンウォンと鳴り響くのが聞こえて来る。
この状況になると、ニールにもこの後の展開が簡単に予想出来た。
「何だ、どうした!?」
「魔術防壁が解除されたぞ!!」
「警報も鳴らされた!!」
どうやら魔術防壁解除のボタンと一緒に、研究所内の警報のスイッチまで一緒に押してしまった様である。
(くっ、やってしまった!!)
舌打ちをしつつロングソードを拾い上げ、ニールは階下に飛び降りるべく紙の横に設置されている窓を開けて下を見る。
しかし、その窓の下には自分が着地出来そうな場所が見当たらない。(ダメだ、高くて飛べない!!)
2階ならまだチャンスはあったかと思うが、3階のこの高さとなると何かクッションでも無い限りタダでは済まない。
仕方が無いので、ニールは咄嗟の手段を取る。
ドアが内開きだったのが不幸中の幸いと言うべきか、半開きになりっ放しだったそのドアをグイっと引っ張って、ドアと壁の間に上手く自分の身体を挟み込ませる。
上手く行くかどうかは賭けであるが、細身の部類に入る自分の体躯ならさっきの窓の時と同じ様に何とかなるかも知れないとニールは期待していた。
(ダメだったらその時は……)
身を隠し、ロングソードを構えて何時でも攻撃出来る様に息を潜めながら、この部屋に向かって慌ただしく向かって来る複数の足音とその気配に注意深く耳を傾ける。
「ドアが開いているぞ!!」
バタバタと言う足音、ガチャガチャと言う金属音から足音の主達は武装しているのだろうと予想しながら、ニールはドアの陰から様子を窺う。
「……誰も居ないみたいだな」
「でも、この部屋って魔術の封印が掛かっていなかったか?」
「あ、ねえ、窓が開いているわよ!?」
「くそ、あそこから入って来たのか!?」
「浮遊魔術でも使ったのかしらね?」
男の声と女の声がそれぞれ複数入り混じっているのが聞こえるとなれば、4~5人でここまでやって来たらしい。
セキュリティシステムが作動した事もあり、大騒ぎになるのは当たり前だろう。
「窓の外に逃げたのか?」
「だったら外を探してみましょう!! それからこの研究所の中もね!」
「くっそ、誰がここに侵入したんだ!?」
再びバタバタと慌ただしく足音が遠ざかって行くのが聞こえ、ドアも勢い良く閉められる。
そのドアの陰で息を潜めていたニールは、何とかやり過ごせて良かった……と潜めていた息を吐いて安堵した。




