166.リベンジバトル
町外れの宿屋から更に離れ、草がぼうぼうに生えて空き地になっている区画まで移動した2人と、それを見届ける為について来たエリアスとミネット。
「あの2人、止めなくて良いのか?」
「こうなっちゃったら私達じゃもう無理よ。せめてこの先に待っているかも知れない戦いに向けて、大怪我だけはしない様にして欲しいわね」
既に諦めモードのアイクアル王国騎士団関係の2人を尻目に、アイクアル王国騎士団員のシリルと地球のアメリカ人俳優ニールのバトルが幕を開ける。
「それじゃ、エリアスに審判を頼む」
「分かった。えーと……それじゃまず向かい合って」
エリアスの指示に従い、少し離れた位置でお互いが向かい合って構える。
しかし、ここでニールはまずい事に気が付いた。
「あ……しまった、武器を持って来るのを忘れた……」
その呟きを聞いたシリルが、構えを一旦解いてニールに宿屋の方を指差しながら口を開く。
「なら取って来ても良いぞ?」
「……ん……別に良いや」
「何だと?」
武器は要らないと言うニールの発言に、シリルの口元が引きつった。
「それはあれか、俺相手に武器を使わなくても良いって事か?」
イライラした口調のシリルに対し、ニールは首を横に振る。
「そうじゃない。武器も確かに使えるが、あんたの方が武器の扱いには手馴れているから俺は不利だ。それからもしこの先で武器を使って戦う事になっても、その武器を失った場合は必然的に素手で武器を相手にしなければいけなくなる。そして俺は素手の方が慣れているからこっちの方がまだ本来の実力を出せるし、あんたに1度負けている分そっちの出方は分かっているつもりだ」
彼の言い分を聞いて、シリルも「分かった」と再度バスタードソードを構えてエリアスに顎で合図を送る。
「それじゃ始めるよ。相手を倒して戦闘不能にするか、相手に武器を……あんたの場合は拳を突きつけたら勝ち。ただし殺すまではやらないでくれよ」
ルール説明に2人が頷いたのを見て、エリアスは声を上げる。
「では始め!!」
だがニールはその瞬間、シリルの後ろに向かって大きく手を振って声を上げる。
「おい、みんな来てくれ!!」
「!?」
みんなと言う単語に、シリルは元よりエリアスもミネットもニールの視線の先に気をそらしてしまう。しかしそれがニールの作戦であり、シリルにとっての命取りだった。
何も変化が無い事に気がついたシリルがニールの方に視線を戻した瞬間、目に入ったのは青いニールのズボン。
「ごっ!?」
間髪入れずに物凄い衝撃がシリルの上半身から顔面を襲う。
シリルが視線をそらした瞬間にニールは走り出し、助走をつけたジャンプから空中で身体を上下逆に捻ってそのままシリルに逆さ飛び込み膝蹴りを繰り出したのである。
「うぐぅ……」
全く反応する事が出来なかった事で悔しがりながら再度バスタードソードを構えるシリルに、ニールはポツリと一言呟く。
「戦場ではルール無用だろう?」
「面白れぇ、リベンジしたいんならこっちも全力で返り討ちだぜ!!」
今度はルール無用と言うその言葉通り、駆け出したシリルはニールの股間を狙ったり、バスタードソードを地面に突き立ててそれを軸にして、まるで棒高跳びの様に飛び蹴りを仕掛けたりとトリッキーな攻撃でニールを翻弄する。
「っ! うわ!」
そんな彼に対してニールは懐に飛び込んでブロックしようかと思ったが、そうはさせないシリル。
「無駄だぜ」
飛び込んで来たニールに対してそう小さく呟いたシリルは、逆に彼の赤いシャツをむんずと左手で鷲づかみにし、シャツごとニールの腕を力任せに引っ張る。
「うおう!?」
思いっ切り引っ張られたニールはバランスを少し崩してしまい、前のめりになった所にシリルの右膝蹴りをみぞおちに食らう。
「ぐふ!」
そのまま間髪入れずにシリルは左手でニールの髪を掴んで引っ張り上げ、バスタードソードの柄の部分で鈍い音をさせてぶん殴った。
「がへっ!?」
更に続けて左の回し蹴りをシリルはニールの頭にクリーンヒットさせて、さっきの開幕早々の飛び蹴りのお返しが決まった。
「ぐぅ、あっ……」
「大人しくしておけっ!」
頭を抑えて苦しむニールをうつぶせにひっくり返し、そのまま地面に背中から押し付けて勝負を決めようとする。
……が。その時ニールの記憶がフラッシュバックする。
それはかつて、いじめられていた時にいじめられっ子に暴力を受け、地面に情けなく転がった自分が見ていた、雨の降る灰色の空模様。
「ふんぐ!」
その苦い経験を乗り越えるべく、頭の痛みを抑えてありったけの力でその拘束を仰向けの姿勢になりながら解きつつ、倒れ込んだ状態からシリルの脇腹にキックする。
「くっ!?」
獣人なので人間と比べれば大したダメージでは無いが、それでもシリルは若干よろけてしまう。
「ちっ!」
その間に体勢を立て直して立ち上がりかけるニールが、完全に体勢を立て直して襲い掛かって来る前にもう1度地面に押さえ込みたいシリルは、小さく舌打ちをしつつニールの腹に右のミドルキック!!
……をしたのだが。
ニールはその右キックを繰り出した右足を両手でキャッチして、足首を捻り上げた。
「うおあああっ!?」
そのままニールは自分の方に思いっ切りシリルを引っ張る。
するとシリルが自分の方に向かって飛ぶので、素早く両手を離して飛んで来る彼に目掛けて腹にジャンプしながら膝蹴りを入れる。
「ぐふぉ……」
丁度みぞおちにそのニールの膝蹴りが入る事になってしまったシリルは、上手く息が出来ずに悶え苦しむ。
だがそれでも何とか立ち上がったシリルの目に見えたのは、こちらに向かってテコンドーの様にアクロバティックなスピンジャンプしながら飛び込んで来るニールの姿。
そして次の瞬間、そのスピンジャンプで勢いを付けた右のエルボーがシリルの脳天に直撃して、彼はそのまま意識をブラックアウトさせた。




