14.チェイスバトル
「ぬおおおおっ!!」
叫びながら屋根のひさし目掛けてジャンプし、一旦バウンドしながらも空中で身体を上手く回転させてから地面に着地して走り出す。
そうして宿屋の2階から決死のジャンプを何とか成功させたニールだったが、当然まだ逃走シーンは終わった訳では無い。
むしろ始まったばかりと言えるこの状況からしてみると、まずは何処に逃げるかが問題であった。
しかしその前に別の問題が浮上する。
それは今こうして飛び下りた事によって、予定していたあのユフリーとの合流が出来ていない事だった。
幾ら今の追っ手が少ないとは言えども、こっちの人数は見ての通り自分1人しか居ない。
その上、この世界は魔術と言う地球ではあり得ない現象を当たり前に起こしてしまう画期的なシステムがあるので、自分達も魔術を使って追い回される事が簡単にイメージ出来てしまう。
気が付けば、ニールは追っ手を撒きやすそうな人混みのある方向に向かって逃げていた。
(くそっ、何でこうもまた追い掛け回されなきゃならないんだ!?)
心の中でそう毒づきながらも止まる訳には行かないニールは、朝の喧騒で賑わうストリートを人混みを上手く回避しながら全力疾走する。
時々人にぶつかったり、何かにつまづいて転びそうになりながらも、捕まってしまえばそれで終わりなのでストリートをカラリパヤットで鍛えた身軽な動きで走り抜けて行くニール。
(ユフリーの酒場はどっちだ!?)
謎の追っ手達によって包囲網が敷かれる前に、さっさとまずは逃げ切ってユフリーと合流したい。
ニールはそう考えているものの、この朝の喧騒に紛れる形で酒場へのルートを完璧に見失ってしまったので、このまま追っ手を撒いてスムーズに彼女と合流するのは厳しそうである。
(仕方が無い。こうなれば……)
宿屋にてユフリーが言っていた前日のセリフを思い出して、その時の記憶を手繰り寄せながらニールは走る。
『そうだ、ここから私達が食事をしたあの酒場へのルートは分かるかしら?』
『いいや、さっぱり分からん』
『じゃ、目印が酒場の屋根の上にあるから分かるわ。大きな鳥のオブジェが設置されているから、町中からでも割と見つけやすい筈よ』
確かそんな事を話していた筈だ、とニールは思い出していた。
(ううむ……だったら何処かにそれらしき場所がありそうな気がするのだが、何処かに身を隠してほとぼりが冷めるまで待ってから探した方が良いな)
昼間だからこそ、チラチラと後ろを振り返ってみれば「それ」が良く見える。
地球では空想上の存在でしか無い魔術を使い、空中からまるでカーチェイスのヘリコプターの様に自分を追いかけて来ている人間達の姿が……。
あれも恐らく魔術の一端なのだろうが、ニールには得体の知れない恐怖の対象でしか無い。
(とにかくあの連中を何とかしないと、俺は何時まで経っても逃げ切れない!!)
何人追いかけて来ているのかは分からないが、空中から追い掛け回されているとなれば地上で幾ら頑張った所で殆ど無意味だ。
翼を持たない人間が、大空を飛ぶ事の出来る鳥の機動力に勝てる訳が無い。
それはこの世界でも同じだな……と思いつつ、ニールは舌打ちを1つしてまずは何処かに身を隠す事にした。
空と陸からの追撃をかわしながら逃げて行くニールの重力を感じさせない様な彼の動きは、まるでハリウッド映画のCGの如く。
そんな動きを繰り返しつつ、ニールは人混みでごった返す下道を避けて裏路地へと飛び込み、その先にある階段を使い4階建ての建物の屋上へと登って行く。
(止まったら終わりだ!!)
追っ手の人数としてはあの最初の山道の時に出会った盗賊達と同じ位かも知れないのだが、ここは自分が知らない町である為、ニールにとっては完璧なアウェイ状態だ。
そのアウェイ状態でも、ゲームみたいにリセットは出来ないのでとにかく逃げる。
魔術を使って階段の横に浮かび上がって来る追っ手を思いっ切り蹴り飛ばして墜落させたり、後ろから追い掛けて来る追っ手を階段の下に投げ落としたりとかなり忙しいが、その甲斐もあって1人、また1人と追っ手は確実に減って来ている。
そのままさっさと逃げ切りたいニールだが、それでも敵もなかなかしぶとい。
(お、俺って何か悪い事したっけ?)
理不尽にこうして追い掛け回される様な事になったのを、今までの出来事の中で何か思い当たる節が無いかどうか考え直してみてもやっぱり思いつかない。
そうすると、ギルドのあのトップであるエジットに直談判しに行っても良いかも知れないと思いながら走るニールの目の前に屋上の端が見えて来る。
(くそ……っ!!)
このままここで追い込まれてしまえばまずいのだが、その先に見える別の建物の屋根を見て距離を目測で測る。
(高低差は1階分、距離も隣り合っている建物だからそんなに無い!!)
だったらもう迷う必要は無い。
今まで培って来た経験とテクニックを活かし、ニールは迷う事無く屋上の端を蹴って本日2回目、この世界に来て3回目の大ジャンプを繰り出した。




