147.忘れられないその姿
「……あいつは……!!」
忘れる訳が無い。
それを見たのは本当に偶然であり、ニールの心拍数が一気に上昇する。
腰まで届く程の黒い長髪に、金色の縁取りが施されているローブと胴衣。
更に手に持っている不気味なワンドと来れば、あれは間違い無く闇の魔術師ディルクだった。
(何であいつがここに……!?)
何故、彼がこのベルフォルテの町の出入り口から入って来たのかは分からない。
だが、ここであの因縁の相手を見掛けてそのままスルーする訳にもいかないニールは、無断でこの場を離れてしまう事を心の中で他のメンバーに詫びてからこっそりとディルクを尾行し始めた。
(すまない、みんな……)
港町で賑わっているとは言え、人混みは余り身を隠せる様な規模では無いので適度に距離を保ちつつ、まるでドラマや映画でたまに見かける尾行のシーンを思い出して苦笑いする。
(スクリーンの中でやる分にはカメラとかがあるから緊張感があるけど、こうやって実際にやってみるとなると別の意味での緊張感が凄いな)
脇役や端役ばかりのニールに取って、そうした役回りの経験は20歳から15年のキャリアでも両手で数える程しか無い。
それでも経験があると言えばあるし、これでも俳優の端くれなのでエキストラとして背景に溶け込むトレーニングもしているだけあって、今の状況でも周りの雰囲気に合わせる努力はしている。
ディルクはベルフォルテの町の出入り口から続くメインストリートを歩き、魚介類を売っている市場で食料品の品定めをし始めた。
(あいつも物を食うのか……)
そりゃそうだ、人間だもんなと当たり前の話で思い直しつつ、大きな魚を買った彼はそれを入れた袋を肩に担ぎ、ワンドを片手に持って再び歩き出す。
生鮮品を買ったと言う事は何処かで料理をするのだろうか? と思いながら尾行を続けるニールだが、彼はそのまま魚とワンドをそれぞれ片手に持ちつつ今度は港の方に歩いて行った。
(船に乗るのか?)
港って言えば船に乗る位しか思い付かないので、もしそうだとしたら自分も船に乗って追いかけ続けなければならないだろう。
だが、その予想は外れて彼は周囲の人目を窺いながら港の外れに向かう。
勿論、それに気が付かれない様にニールは適度な距離を保って尾行を続行。
(何だ……何をしようとしているんだ?)
魚の入った袋を片手に、人目を気にしながら港の外れに向かうその姿は明らかな不審者だ。
それで無くてもあの服装は目立ちやすいだろうに、とニールがいらぬ心配をする視線の先で、彼は1つの古びた木製の倉庫らしき場所に辿り着いた。
2階建てのその建物は外観こそ所々が黒ずんでいて小汚いが、入り口のドアの横に武装した筋肉質な男が1人、まるでホテルや高級クラブのドアマンの様に背筋をピンと伸ばして立っている事からただの建物では無いのが見て取れる。
その男に、ディルクは先程買った大きな魚の入っている袋を手渡した。
すると男も手慣れた様子でドアを開け、中に彼を誘導してまた元の位置に戻る。
(あの中で何かが行われているのは確かみたいだな……)
この時、ニールは2つの選択を迫られていた。
1つはここまでで尾行を中止して一旦町の出入り口に戻り、他のメンバーと合流した上で再度ここに来る方法。
もう1つはあのドアの横に立っている男を何とかして、建物の中に入って何をしようとしているのかを直接ディルクに問いただす方法。
しかし、今までの事を考えれば後者は余り望ましいものでは無いだろうと考えたニール。
(ドアの横の男の実力は分からないが、例えあの男をやり過ごして中に入ったとしても他にも仲間が居る可能性が高いだろうな」
問題としてはそれに留まらず、ディルクはあのタワーで初めて出会った時の様に魔法陣を使って魔物をあれだけ大量に呼び出す事が出来るし、仮に呼び出されたとして自分があの魔法陣の上に乗ればフタになれるだろうが、それだと戦うスペースが制限される上にディルクを追い掛ける事も出来ない。
なのでここは一旦退いて、自分達の方も態勢を整えてからもう1度ここに来る方法で行こうと決断したニールが踵を返そうとしたその時、自分の右肩に何者かの手が置かれた。
「っ!?」
反射的に振り向きながらその手首を左手で掴み、身体を相手の外側に回り込ませて手首から左手を放し、右腕も使って相手の肘と肩の関節を極めて逆方向にグイっと力を込める。
「あぐぉおおおっ!?」
「え、あれ?」
「ちょちょちょ、ストップストップ!!」
良く見てみれば、肩に置かれた手は人間のものでは無い。
更に周りを見渡してみれば、自分がアームロックを仕掛けているのは何とシリルで、それを止めているのはエリアスとミネットだった。
「おおっと……すまん」
すぐにそのロックを解除したニールは謝罪をするものの、そのシリルの叫び声によってどうやらさっきのドアマンの男に気づかれてしまった様である。
「勝手に何処かに行かないでくれよ、頼むから……」
「待て、今はそれ所じゃないんだ……来るぞ!!」
そう言いながらニールは様子を窺っていた別の建物の陰から飛び出して、さっきの男が近づいて来たその足元にスライディングで滑り込んだ。




