140.闇の魔術師
そのニールの心境をよそに、セバクターによる魔術師の話は続く。
「そして俺は旅に出た。とは言っても、最初の内はその魔術師が犯人だと言うのは分からなかったし、何とか生きていかなければならなかったからギルドの冒険者として登録して、傭兵として活動し始めたんだ」
「そこから伝説の傭兵と呼ばれる様になるまで、世界各地を回った訳だな?」
ニールの確認に対してセバクターは頷くものの、その呼び方に対して余り良いイメージは持っていない様だ。
「伝説なんて、他人が勝手に作り上げた偶像だ。俺は傭兵のセバクターであり、今はエスヴァリーク帝国副騎士団長のセバクター・ソディー・ジレイディールなんだ」
そこにはあえてそれ以上突っ込まず、適当に流しながらニールがその先を促す方向に持って行く。
「……なら、その傭兵のセバクターが世界各地を回って名を上げたと。そしてその過程で魔術師が主犯だと言う事も知ったと?」
「そうだ。その事実を知ったのは旅に出て2年後だった。俺がシャール王国の……あ、シャール王国は今の俺が住んでいるエスヴァリーク帝国の北の端にあった国でな。そこからまず北のカシュラーゼに船で逃れ、カシュラーゼから西に進んで左回りのルートで進み、最終的に俺はエスヴァリーク帝国に戻って来たんだ。そして、魔術師と出会って俺は王国の仇を取ろうとしたんだが……」
「が?」
ニールの問い掛けに、それまで真顔だったセバクターの表情が曇った。
「俺は……俺は、傭兵家業の中でそいつに勝てなかった。俺の未熟な武術では通用しなかったって言うのもあるが、それ以上に奴の操る魔術は強力なものだったのが理由なんだ。奴の展開する魔術防壁はどんな物理攻撃も、それからどんな魔術も防いでしまう。魔力も恐ろしい程の量が体内にあるらしいから、魔力切れを起こす前にこっちの体力が持たないし、強力な攻撃魔術を幾らでも使える男だったんだ」
だから俺は伝説なんかじゃない、とセバクターが改めて宣言して更に続ける。
「その魔術師の名前はディルク・デューラー。俺が旅をする中で独自に調査を続けていたんだが、奴は子供の頃から魔術に関しては天性の才能を発揮していたらしい。しかもそれに加えて才能を無駄にしない様に努力を重ねていたとあって、全ての属性の魔術を使える魔術師と呼ばれていた。だが……問題はその性格だった」
「性格?」
「そうだ。奴の天性の才能に目を付け、擦り寄って来る者は後を絶たなかったと言う話だ。個人だけで無く怪しい団体、果ては国にまで目を付けられていたとあって、国の役に立つなら本当は嬉しいのだろうが……奴にもプライドがあったらしくてな。自分の才能と努力の結晶である魔術をそうそう簡単に他人に教えられないと言って、擦り寄って来る連中はおろかこの世界の住人が嫌いになったらしい」
だんだん話が読めて来るニール。
「まさか……そうやって他人が嫌いになったから、シャール王国を滅ぼしたと?」
本当にまさか、そんなシンプルな理由で一国を滅ぼす訳が無いだろうと思ってストレートに聞いてみたニールだったが、セバクターの表情が更に曇って「あ、しまった」と思った時にはもう遅かった。
「まさに、その通りだ」
「えっ……」
「自分に擦り寄って来るこの世界の住人が嫌いになり、無差別に殺人を繰り返しているらしい。そして……あんたにも繰り出したあの魔物の召喚魔術も会得しているから、自分の手を汚す事無く魔物を操り、それでまた殺人を繰り返す危険な男としてつけられたあだ名が「闇の魔術師」だ」
先程、セバクターが言っていた「生かしておいてはならない存在」。
それがあの「闇の魔術師」のディルクだとしたら、確かにそんな無差別殺人を繰り返す様な男を生かしておく訳にはいかない。
「大体事情は分かった。話がそれるけど、俺としてもあのタワーで結局アイテムの類が手に入ってないって事もあるから、もしかしたらそのディルクって男がアイテムを持ち去った可能性もあるな」
「ああ、それはあり得るだろうな」
彼が何故あそこに居たのか、何をしようとしていたのか、そしてあのタワーは一体何なのか。
最低でもこの3つを聞き出す為に、もう1度ディルクに会わなければならないだろう。
「だけど、あの魔術師が何処に向かったかの見当もつかないんだろう?」
「そうなんだ。そこが問題なんだよ」
横から口を挟んで来たシリルに、ニールは困った顔で頷いた。
「他の皆に心当たりは……無さそうだな」
ニールはチラリと他のメンバーにも目を向けてみるものの、期待している答えは無さそうである。
「まぁ……俺からしてみれば、その魔術師のディルクって奴が他人を嫌いになる理由も分からない訳じゃない。そうやって擦り寄って来られたら不愉快になる人も沢山居るからな。だが、だからと言ってそれで無差別殺人を引き起こされたんじゃたまったもんじゃない」
実際に自分もそのディルクと対峙し、そして彼が召喚したケルベロスによって危うく殺されかけているのだからこそ言えるセリフだった。




