132.ヒロイン? いいや、御前は敵だよ!!
(ユフリー……!!)
愛用の槍を構えて猛スピードで迫って来るその姿を見たニールは、今の自分が戦っているこの16階の崩れている渡り廊下の周辺ではリーチとスペース的に不利になると判断し、背中を向けて逃げ出す。
「逃げるんじゃないわよ!!」
そう言われても、自分が不利になりそうだったら一旦退くのも立派な戦術である。
ユフリーとその仲間の騎士団員達から逃げ、通路のそばにある大きめの部屋へと辿り着いたニールは素早く出入り口のドアを閉め……た筈だったのだが、何故かそのドアは閉まる所か思いっ切り内側に開いた。
「ぐお!?」
ドアが自分の身体に直撃し、その衝撃で握っていたショートソードが2本とも手から地面に落ちて遠くに転がって行ってしまった。
「もう……、魔術が効かないと言うのは厄介な話ね」
イライラした様な口調で、槍を構えながらユフリーが仲間の騎士団員達と共にその部屋へと入って来た。
「今、ドアに触れてないのに勢い良く開いたんだが……何をした?」
「決まってるじゃない。ドアを閉めて部屋をロックされるのを風の魔術で防いだのよ。さぁ、貴方もどうやらここまでみたいね?」
そう言い終わると同時に、ユフリーは首を振って部下に指示を出す。
「くそっ!!」
もうこの女は完全に敵だ。こんな所で立ち止まって居る訳には行かない。
しかし、ユフリーと戦うにはまず彼女の部下から倒さなければ、彼女の元に辿り着けそうに無かった。
あの時、路地裏で自分が敗北した原因は上手く敵の真ん中に誘い込まれた形になってしまったからだ。
人間はあいにく目が前にしか無いので前しか見る事が出来ない。
気配等で敵の攻撃の気配や、耳で武器を振るう音を幾らかキャッチ出来たとしても、やはり目がもたらすその情報は他のどんな情報よりも膨大だ。
結果として目に疲労が溜まりやすいのも、その情報量の多さを処理しようとするのが原因だからだ。
なので今のこの部屋……物品を保管する為に多くの木箱が積まれている場所でのバトルに関して言うと、その至る所に積み上げられている木箱が上手く壁になってくれている。
先程武器を落としたのが原因で素手になってしまい、もう2本の武器も抜くタイミングを与えて貰えないニールは、挟み込まれない立ち回りを念頭に置いてユフリーの手下の騎士団員と戦う。
近くの木箱の陰に飛び込み、前から向かって来た騎士団員の槍が振られると同時にニールはしゃがんで槍を回避。
そこから馬のポーズの歩幅で、思いっ切り騎士団員のみぞおちにパンチ。
そのパンチで怯んだ騎士団員の胸倉を掴んで背負い投げ。
その背負い投げで吹っ飛んだ騎士団員は、ニールを後ろから挟み撃ちにしようとしていた別の騎士団員に直撃。
その様子にニールは目もくれず、今度は木箱の陰から飛び出してユフリーに向かって走る。
だが横から別の部下の騎士団員が向かって来たので、その騎士団員のロングソードが振られる前にニールは左の肘を的確に騎士団員の喉に突っ込んで撃退。
そこに足払いを掛けて転倒させようと、ユフリーが槍を下段から回して来たのでタイミング良くジャンプ。
ユフリーは槍を振り切って隙だらけなので、彼女の腹を目掛けてニールは前蹴りを食らわせる。
「ぐえっ!」
ユフリーが倒れたのを視界の端で見届けながら、これ以上の増援が来ない様に素早く入り口のドアを閉めてドアのそばのかんぬきで施錠。
再びニールは自分に向かって来た騎士団員達に対抗して行く。
(伊達に20年培って来た、地球の全ての武術の基礎になったと言う話もあるカラリパヤットのテクニックを見くびって貰っては困る!!)
ニールは鬼人の様な速さとキレで、ユフリーの部下の騎士団員達を1人、また1人と倒して行く。
(まずいわ……このままじゃあ……)
自分以外の騎士団員が全てやられてしまうと感じたユフリーは、ニールが他の騎士団員を相手にしている間に素早く木箱が積み上げられた場所の陰に隠れる。
そこでニールの動きを観察しながら、ジャケットの懐からある物を取り出した。
(流石にこれは効くみたいだしね)
その取り出した物体に目を1度やり、ニールが段々こちらに近付いて来た所でタイミングを見計らう。
(まだだ……まだまだ……我慢……!!)
ニールが積み上げられた木箱の前で、最後の騎士団員を回し蹴りで倒した時。
(今だっ!)
ユフリーは懐から取り出した2本の投げナイフを、木箱の山と木箱の山の間からニールに向かって投げつける。
「っ!?」
いきなり飛んで来たそのナイフを何とかギリギリ……避け切れなかったニールの脇腹を1本のナイフが掠り、痛みが走る。
それに気を取られ過ぎたニールは完全に反応が遅れ、次にユフリーが体当たりで崩して自分の元に崩れて来た木箱の山から逃げ切る事が出来ずに、何と足が木箱と地面の間に挟まってしまった。
「ぐぐ、う……」
何とか足を引っこ抜こうと躍起になるニールの元にユフリーが駆け寄り、槍を彼の顔の前に突き付ける。
「ここまでの様ね。私がまだ居るんだから油断は禁物よ。流石の貴方もこれだけの人数には敵わなかった様ね。……このまま私と一緒に来るなら良いけど、来ないならどうなるか分かるわよね?」
垂れ目の中のオレンジ色の瞳に狂気的な光を宿し、満足気な笑みを薄く口元に浮かべるユフリーを見上げるニール。
しかし、ここでニールは1つの作戦を思いついた。




