128.再会と脱出
「あんた……何者だ?」
「そう身構えなくても良い。少なくとも、今の俺はあんたと敵対する様な関係じゃない」
やけに落ち着いた口調のこの男。
だが、彼から滲み出ているこの威圧感は一体何なのだろうか?
ニールは無意識の内に身体のそこかしこに力を入れ、まだ警戒態勢を解こうとしない。
それを見て、目の前の若い男は自らの身分を明かし始める。
「……なら、俺の身分を明かそう。俺はセバクター。エスヴァリーク帝国からやって来た騎士団所属の人間だ」
「騎士団?」
この男はたった今、騎士団と確かに言った。
しかし、その騎士団は騎士団でも所属している国がどうやら違うらしい。
「……あんた、ソルイール帝国の騎士団員じゃないのか?」
「俺はエスヴァリーク帝国騎士団所属だ。とりあえずここに居たらまた魔物に襲われかねないから、さっさと下まで降りよう」
話を中断したこのセバクターと言う男は、そう言って自分が乗って来たワイバーンに向かって踵を返す。
しかし、ニールはそうもいかない事情がある。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はこのタワーの中を通って戻りたい」
「え?」
鋭い眼だけで「何故だ?」と理由を尋ねるセバクターに、ここは正直に理由を告げるニール。
「俺と一緒にここまで来たパーティのメンバーが、まだ後5人下に居るんだ。生きているのか死んでいるのか分からないのも居る。だからその5人を見捨てて行けないんだ!」
ニールの必死の訴えに対し、セバクターは無表情のまま頷いた。
「分かった、ならその5人の元に案内してくれ」
「ああ」
まずは20階と19階を繋ぐ階段で戦っている筈のシリルの元へ向かった2人だが、既に階段には戦闘音が響いていない。
まさかシリルがやられてしまったのか? と静かになっている階段に差し掛かってニールは思わず足を速めるが、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。
「シリルっ!!」
「う……ああ、何とかこっちはやってやったぜ。……あれ、その人は?」
「何だか知らないけど、突然現れて俺を助けてくれたんだよ」
しかし、そのワイバーンの持ち主(?)の姿を確認したシリルが、驚きの表情で呟いた。
「で、伝説の傭兵……セバクター・ソディー・ジレイディール!!」
「え?」
今、自分は何を聞いたんだ?
この後ろからやって来た若い男が、伝説の傭兵?
「伝説の傭兵……?」
「そ、そうだよ……確かにセバクターだ!!」
「まぁ、そう言われていると言えば言われているが……今の俺はエスヴァリーク帝国騎士団員のセバクターだ」
そう呼ばれるのが嫌だとでも言う様な口振りだが、ニールにとってはそんな事はどうでも良い。
「って、そうじゃなくて今は他のメンバーを助けないと!!」
「あ、ああ……そうだな」
色々と積もる話は他のメンバーを助け出し、無事にこのタワーから脱出して離れてからにすると決めてまずはエルマンから救出に向かう3人。
「ところでシリルは、あの魔物の大軍を耐え切ったのか?」
「ああ。この狭い階段を利用していたから1匹ずつ相手していれば良かった。だが流石に同時に色々な方向から来られたら、幾ら俺でも体力が持たなかっただろうがな」
最後の部分は自分の体力の多さを自慢する様な言い方ではあるものの、実際にタフな男なのでニールは何も言えない。
そんな話をしながら、3人はエルマンの捕まっている交差点の鉄格子の元に。
「あ、無事だったのか……あいつはどうなった!?」
「すまん、逃げられた」
「そうか……あれ、お前は……!?」
ニールとシリルの後ろから着いて来たセバクターの姿を捉え、エルマンが明らかに驚きの表情になる。
そしてその表情に負けない位の驚きのリアクションで、鉄格子越しにセバクターに詰め寄ろうとするエルマン。
「何だよ……何でお前がここに居るんだ!? いや、久しぶりだなぁ!?」
「落ち着け。まずはそこからどうやって出れば良いのかを考えるぞ」
エルマンを冷ややかな眼差しで見つめながら、冷静な口調で脱出の手筈を考えようとするセバクター。
だが、その傍らでニールがある事を思い出した。
「そう言えばここ……シャワールームがあったよな?」
「ああ、あるけどそれがどうかしたか?」
「だったら1つ方法がある。俺に任せてくれ」
そう言いながら自分の赤いTシャツを脱いで上半身裸になり、シャワールームへと走って行ったニール。
「何する気だ、あいつ……」
「さぁ?」
しかし、この鉄格子の周囲には魔術防壁が展開されている為にニール以外は近付く事が出来ない為、ここは彼が戻って来るまで待ってみる。
そして約3分後、戻って来た彼の手には水が滴る程に濡れているさっきのTシャツが。
「どうしたんだそれ?」
「シャワールームで水浸しにした。これを使うんだ」
そう言ってニールは鉄格子の間に捻ったシャツの端を通し、2本いっぺんに束ねる様にしてまた別の鉄格子の間から出し、袖同士を結んでグルグルと更に捻って縛る。
こうして2本の鉄格子を包み込む形にしたシャツを、それ以上に限界まで捻って絞り上げて行く。
「こんなんで大丈夫なのかよ?」
不安そうな目で見つめるエルマンと、不思議そうに見つめるシリルとセバクターだったが、その3人の目の前でギギ、ギギッ……と金属の嫌な音が聞こえ始めた。
「……!」
「お、おお……」
「……ああ、成る程な」
エルマンもシリルもせバクターもそれぞれリアクションの程度は違えど、自分の目の前で何が起ころうとしているのかは理解出来た様だ。




